第212話 聖獣
「グォォォガァァァァァァッ!」
そして時が動き出す。
「黄金竜だぁぁぁぁ!」
「黄金竜が戻ってきたぞぉぉぉぉ!」
「逃げろ!」
「何故こんな時に!」
ある者は腰が抜けたように、その場にへたりこみ。ある者は脇目も振らずどこかに走り去り。ある者は、さっきまで戦っていた敵そっちのけで剣を黄金竜の方に向けた。
たまたま黄金竜の近くにいた者達は黄金竜に剣を向けたままジリジリと後ろに下がろうとする。
聖獣エンシェントドラゴン……ということはシオンと同じ聖獣、ということでいいんだよね? だとすると、シオンのように大人しくて賢いのでは?
「グガァァッ!」
……賢いかどうかはともかく、大人しい性格ではない気がする。いや、大人しいのかもしれないけど、少なくとも今は怒っているように見える。
シオンを抱き上げ、その目を見る。
「キュ?」
同じ聖獣とはいえ、シオンが聖獣リオファネルだったので別の種族なんだろうけど、似た要素があるようには見えない。
黄金竜に視線を戻す。
あれが本当に聖獣なら、もしかしたら話が通じるのでは?
生まれたばかりのシオンですらここまで意思の疎通が出来ているんだ、その可能性はある。
「ひ、怯むな! 黄金竜の方から出てくるとは好都合だ! 奴の討伐に力を貸すならこれまでのことは水に流して誰にでも金貨二〇〇枚出すぞ! グレスポ公爵様へもとりなしてやろう!」
「うぉぉぉ!」
「やるぞぉ!」
バトゥータ伯爵の『金貨二〇〇枚』発言に男達が湧き、それを聞いたモス伯爵が「……なにを言ってやがる。黄金竜の怖さを理解してないのか!? クソッ! これだから北の人間は!」と吐き捨てた。
さっきまで二つの勢力に分かれて戦っていたのに、今は敵味方が入り混じり、逃げる人もいれば戦う人もいるし、その場で動かない人もいて、誰が敵で誰が味方で誰がどんな目的を持って動いているのかまったく分からない状態になった。
「黄金竜を倒した者には白金貨五枚と男爵位を約束する! 全員、かかれ! かかれぇえい! 武凱の軍配よ! 我らに力をっ! 行け!」
「よしっ! 俺がやる! その首、貰ったぁぁ!」
「グガッ!」
さっきまでゴルドさんと剣を交えていた相手側の騎士が黄金竜に飛びかかる。しかし黄金竜は長い尻尾を一閃。騎士は吹き飛び、森の中に消えていった。
「う、嘘だろ……」
Aランクのゴルドさんと互角に戦っていたということは、あの騎士もAランク相当。それが一撃。
元々、黄金竜はSランク以上とは聞いていたけど、これはSランクなんて余裕で超えているんじゃないのか? これに近づいて話し合い?
「ハハッ……」
冗談キツいよ!
仕事しろよ〈幸運Ⅲ〉……いや、本当にもうちょっと仕事して……。
「トムソンが一撃で……」
「嘘だろ……」
相手側の男達に動揺が広がっていく。
恐らくあの騎士はグレスポ公爵領では強者として名を馳せた人物だったはず。それが一撃。彼らじゃなくても絶望感しかない。
「怯むな! 突撃! 突撃!」
「つってもよ……」
「本当に、倒せるもの……なのか?」
その間にも黄金竜の尻尾に、一人、また一人と吹き飛ばされていき、全員ジリジリと後退していく。
「なにしてる! 逃げるな! 倒さなければ褒美はないぞ! 突撃――グボッァ!!」
バトゥータ伯爵が突進してきた黄金竜の爪に触れ、ボロ雑巾のように地面に転がった。
「あ……無理だ……無理だぁぁぁ!」
「逃げろ! 逃げろ!」
「この町はもうダメだ! 逃げろ!」
無理だ……って、どうすればいいんだ? 逃げるしかないのか? それとも本当にここから話し合いを目指すべきなのか?
考えていると、黄金竜の顔がこちらを向いた。
爬虫類特有の縦長のゴールデンアイが僕を捉え、その瞳孔が大きくバカリと開く。
ヤバい! なんだか分からないけど、こっち見てる!
蛇に睨まれた蛙のごとく、一瞬、身体が硬直して動かなくなる。と、シオンが僕の手の中から飛び降りて走り出した。
黄金竜の方へ。
「ちょっ! シオン、待て! そっちはダメだ!」
一体どうしたんだよ! 何故こんなタイミングで!
シオンを追いかけ走り始めた瞬間――
「グガガガガッ!」
黄金竜が大きく吠えたかと思うと、翼を大きく広げ、四本の脚を大きく広げて地面を掴むように爪を立て、口を大きく開いた。
そして、その口の前に白く光る大きな魔法陣が現れる。
あれは、なんだ? なんだか分からないけどヤバい気がする! なんとか……なにか手はないか!?
「ヤベェぞ! ブレスだ! ブレスを吐く気だ! 全員、射線上から離れろ! 回避しろ! 回避!」
「でも! 後ろには町が!」
「んなこと言っとる場合か!」
クラマスやボロックさん達の声が聞こえるが、それどこじゃない。ヤツの目は、しっかりとこちらを捉えている。あれは……逃げられない。
「クソッ!」
なんだってこんなことに! 毎回のように災難に遭っているじゃないか!
魔法袋に手を突っ込み、ありったけの聖石を掴み出し、それを握りしめて黄金竜の方に突き出し、呪文を詠唱する。
「神聖なる光よ!」
魔力を循環させ、ありったけの魔力を呪文に乗せていく。
あぁ、ウルケ婆さん、魔力ポーションが高いと言ってごめんなさい。あなたの作ったポーションの効き目は素晴らしいです。これのおかげでこの魔法が使えそうです。命拾いしたかはまだ分かりません。それにしても、魔力ポーションって、即時回復じゃなくて回復速度アップ系の効果なんですね。初めて知りました。
「全てを拒む盾となれ!」
右手に集まった魔力が手の中の聖石を溶かし、輝くオーラに変えていく。
もしかしてあの時、例の白い場所で〈天運〉を削除し忘れたんじゃないだろうか? 次また機会があれば今度はポーズを取りながら指差し確認で『ヨシッ!』っと三重チェックで削除してやるからな!
どうでもいいことが何度も頭に浮かぶ。
……でも、もう二度と転生なんて御免だからさ……頼む! 本当に、本当に全てを阻んでくれよ!
「グガァァァァァァァッ!」
黄金竜の叫びと共に口から放たれたのは光。全てを飲み込む光の柱。
魔法陣から生まれたその光の柱は、真っ直ぐ僕に向かって伸びてくる。
それに呼応するように、僕も発動句を叫ぶ。
「《ディバインシールド》!!」
現れたのは虹色に輝く丸い盾。
目一杯の魔力と握れるだけの聖石を使い生み出されたそれは、以前の倍以上の大きさがあった。
そしてぶつかり合う白と虹。轟音と、一面の白く輝く世界。
一瞬とも数分とも思える長い時間の後、白い世界が消え去り、虹色の盾もパリンと割れて霧散した。
「……耐えきった?」
心地よい疲労感と安堵感から崩れ落ちそうになるも、なんとか耐えて前方に走る。
ここで倒れたら全てが水の泡になる。大事なのはこれからだ!
黄金竜の近くで伏せているシオンに走り寄って抱き上げる。
「キュ!」
やっぱり、シオンは無事だ! 黄金竜にシオンを傷つける意思はないはず。
シオンを黄金竜の方に向けて掲げ、叫ぶ。
「黄金竜よ! 話を聞いてほしい! この子を向こうの山で見付けた。僕はこの子を、親の元に返してあげたいんだ!」
黄金竜の黄金の眼が僕を見つめる。そして閉じられた口の端から、ため息でも吐くようにフシューと蒸気が漏れ出た。
「キュ」
シオンがそう一声、鳴く。
黄金竜はこちらを見たまま動かない。沈黙の時間が続く。
「グガッ」
「キューン」
黄金竜がなにかを発したと思ったら、シオンがそれに答えた。
どうしたんだ? 会話している?
すると黄金竜は西の方角を向き、口を開く。その口にまたさっきの魔法陣が形成されていった。
失敗した!? もう魔力が残ってない! ディバインシールドは使えない!
と思っていると、黄金竜は西の空にさっきよりも小さなブレスを吐く。
ゴッと白い光の柱に空気が切り裂かれ、進行方向上の雲の中央が吹き飛んで大穴を開ける。
その威力に驚いていると、黄金竜は「グガッ」と鳴き、翼を大きく広げて空中に飛び上がり、あっという間に巣の方に向けて飛び去っていった。
その姿を見送り、その場に座り込む。
「助かっ……た?」
あぁ、助かったんだ。
今回も本当に危なかった……。シオンが人の言葉をある程度分かるなら、同じく聖獣である黄金竜も分かるかも、という予想。それに賭けて正解だった。
騎士を倒した時の返り血で真っ赤に汚れたシオンを見る。
「……あぁ、そうか」
黄金竜がいきなり僕を見た、と思ったけど、あれは僕を見ていたのではなく、シオンを見ていたのか。
シオンはシオンで、黄金竜と話を付けようとしてくれていた。
黄金竜は、人間の中に血だらけの聖獣の子供を見付け、それを追いかけていた人間にブレスをぶっ放した。
ただの推測でしかないけど、それならシオンの行動含めて納得出来る部分も多い。
「そう考えると、僕はなにをしたんだろう、っていう話になるんだけどね……」
まぁいいさ。それで上手くいったのなら。
終わりよければ全てよし、ってね。
「キューン! キューン!」
シオンは黄金竜を見送るように、僕の肩の上でずっと鳴き続けていた。
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