第211話 騎士靴の足音と黄金竜の正体

分けない方がいいかなと思ったので3話分ぐらいまとめてます。


――――――――――――――――――――



「ふぁ……ん? なんだか騒がしいな」


 その日は朝からクラン内部が騒がしかった。

 ベッドから起き上がり、いつものように浄化をかけてから部屋の外に出て、階段を下りる。


「すみません。なにかあったのですか?」


 忙しそうに動いている事務の男性を呼び止めて話を聞くと、彼は少し口ごもり「すみません。私も確かなことはなにも分かってないんです」と答え、そして去っていった。


「どうなってるんだ?」


 誰か話が出来そうな人を探して食堂に行き、そこで食堂のオバちゃんにさっきの質問をして「知らんわい」と返され、資料室に行き、やっとルシールを見付けた。


「よかった、ルシール、クランの中が騒がしいけど、なにがあったか知らない?」


 ルシールは本から目を離さずに答えた。


「……グレスポ公爵が兵を動かしたという噂が出てる」

「兵を動かす……って、どこに、なんの目的で?」


 ルシールは「さぁ」と言った後、こちらを見る。


「黄金竜の素材のことかも」

「えっ」

「グレスポ公爵はシューメル公爵と仲が悪い。黄金竜の素材を渡すよう、昔からずっと要求していた。今回の黄金竜の移動でシューメル公爵が黄金竜の落とし物を得たという情報ぐらい、グレスポ公爵なら掴んでいてもおかしくない」


 確かに、仲の悪い貴族同士、相手の領地に間者の一人や二人ぐらい潜り込ませているだろうし、そういった情報は手に入れていてもおかしくない。


「それだけならまだいい。もし、黄金竜の巣を調査したことがバレていたら?」

「……よろしくないね」


 そうだったら最悪だ。ただでさえ神聖教会が絡んでややこしくなりそうな話なのに、グレスポ公爵まで絡んできたら余計にややこしくなる。しかし、現時点で僕らにはどうしようもない。

 そう考えていると、資料室の扉が勢いよく開かれ、サイラスさんとシームさんが入ってきた。


「ここにいたか! マズいぞ、グレスポ公爵の兵がこの町に向かっているらしい!」

「それは、本当に?」

「あぁ、そのことでクランマスターが俺達を呼んでいる」


 四人で揃ってクランマスターの部屋に行くと、そこにはミミさんとゴルドさんとボロックさんも揃っていた。


「来たな。少々面倒なことになってきた。グレスポ公爵がこちらに兵を差し向けたらしい」


 クランマスターはそう言った後、腕を組み、話を続ける。


「……それで、念の為の確認だがよ、お前達……親父もだが、例の話は誰にもしていないよな?」

「当たり前じゃわい」

「言ってねぇよ」

「勿論です」


 僕も含め、全員が否定していく。

 元々、余計な話なんてするつもりはないけど、アレは誰かに話しても損が大きすぎるし言うはずがない。


「そうか、ならいい」

「ふむ、黄金竜の素材が目当てかの? しかし、いくら黄金竜の素材が欲しいと言うても兵で脅しをかけるほどかのぅ……」

「まだ分からねぇ。だがタイミング的にそれを考えちまう」

「難儀なことじゃのぅ。国の中で正面切って表で争うなんぞ、他国に付け入られるスキを与えるだけじゃのに。愚かなことじゃよ」


 そうしていると、ドアがコンコンとノックされ、一人の男性が入ってきた。


「クランマスター、お手紙です」

「あぁ、ご苦労だった」


 男性が退出した後、クランマスターが手紙を確認してため息を吐き、手紙をミミさんに渡す。


「公爵家がクランにも大至急、人手を出すように言ってきた」

「まぁ、公爵家との繋がりを考えると仕方ないのぅ」

「あぁ……近場にいるクランメンバー全員に、北門に集まるよう伝達しろ」

「分かりました」


 そう言ってミミさんが部屋を出ていった。


「お前達にも出てもらう。……まだ、どうなるか分からんがな」


 出てもらう、って……ということは、人と人との戦い?

 ここまで来ても現実味がなくて状況が飲み込めない。


◆◆◆


 クランハウスを出て皆と北門へ走る。


「戦闘になるのかな……」

「さぁな」


 なんとなくつぶやいた言葉にサイラスさんがそう返す。

 町の中は喧騒に包まれているけど、ランクフルトであったスタンピードの時ほどではない。荷馬車がそこら中を走り抜け、荷物をどこかに運んでいたりするけど、ランクフルトの時のように家財道具一式をまとめてどこかに避難しようとする人はいない。


「……まぁ恐らく戦闘にはならないさ。なっても適当なところで手打ちになるはず」

「そう、なんだ?」

「向こうさんだって本気での潰し合いは望んでないはずだ。本気で潰し合えば、またカナディーラ王国の最後みたいな状況になるのは流石に分かっているだろう。必ずどこかで引いて話し合おうとするはず」


 確かに、そう……なのかな?

 まぁでも、町の人々に無駄に危害を加えることはないと踏んでいるからこそ、町の人々がスタンピードの時のようなパニックにはなっていないのかも。

 北門に着くと既に鎧を着た兵士っぽい人が多数集まっていて、門の外に柵を立てたり壁を造ったりしていた。このあたりはスタンピードの時とあまり変わりがない。


「大地よ、この手の中へ《操土》」


 ローブを着て高そうな杖を持った老人が魔法を使うと、その足元の土がボコリとうねり、土の山と穴が出来た。


「大地よ、我を守る壁となれ《ストーンウォール》」


 そしてもう一度、魔法を使うと、土の山が盛り上がって壁になる。

 老人はそうやって周囲に石の壁を造っていく。

 操土の魔法で土の山を造った後の方が壁を造りやすいとか、あるのだろうか?


「来たぞぉぉ!」


 そうこうしていると、門の上から大きな声がした。

 その声に道の先を見ると、遠くの方に人の群れが見えた。

 周囲の人々がざわめき、鎧を着た兵士達が整列して横に長い陣形を組んでいく。


「おいおい……えれぇ数を連れて来やがったな」

「グレスポ公爵は本気なのかのぅ」


 いつの間にか後ろにいたクラマスとボロックさんがそう言った。その後ろには冒険者ギルドの面々が続々と集まってきていた。

 こちらに向かってきている軍団はまだ遠くてよく見えないけど、パッと見た感じでは一〇とか二〇の数ではないだろう。一〇〇とか二〇〇の単位で人がいるように見える。

 馬に乗った兵士に馬車。歩兵も見える気がする。

 これは本当に脅しなんだろうか?

 ザワザワとした空気の中に、次第に沢山の馬の蹄の音、鎧が擦れる金属音が混じってくる。

 場の空気がどんどん重くなっていく。

 が、その空気を吹き飛ばすように、最前列で立ってたモス伯爵が叫ぶ。


「止まれぇい! ここをシューメル公爵が治める領土と知っての所業か!」


 すると相手側の中央、馬に乗っている壮年の男が右手をサッと上げ。それと同時に相手の軍団が停止した。


「我が名はガエル・バトゥータ伯爵! グレスポ公爵の名代である! 至急、シューメル公爵にお目通り願う!」

「そのように兵を率いて目通りとは笑止! まず兵を引き、然るべき手順を踏むのが筋であろう!」

「我はグレスポ公爵の名代であるぞ! それを通さぬと申すのか!」


 バトゥータ伯爵と名乗った男がそう叫んだ瞬間、その後ろの騎士が一斉に腰の剣に手をかけた。


「用があると言うならシューメル公爵の名代である我が聞こう」


 モス伯爵がそう言って腕を組む。

 いきなり始まった応酬に頭がついていかない。

 周囲を見回すと、二人の伯爵以外は誰も口を開く者はいない。

 全員、下手に動くことも出来ず、緊張が伝わってくる。

 冷たい汗が額を流れる。


「これまで、度重なるシューメル家からの侮辱行為には目をつぶってきた。しかし我が息子、ギエル・バトゥータ男爵がシューメル家に辱めを受けた件。まったくもって許し難く、これに正式に抗議し、謝罪と賠償を要求する!」


 バトゥータ伯爵がそう叫ぶと、後ろの兵士が「そうだ!」「賠償金を払え!」と囃し立てた。

 ギエル・バトゥータ男爵? 聞いたことがない名だ。バトゥータ伯爵が『我が息子』と言っていた以上、その人はバトゥータ伯爵の息子で間違いないのだろうけど。

 周囲を確認してみても、クラマスやボロックさん、サイラスさんも少し困惑したような表情で、周囲からは「誰だ?」とか「なんの話だ?」といった言葉が漏れている。

 モス伯爵はチラリと後ろを振り返る。後ろにいた一人の騎士が困惑した顔で小さく首を横に振った。


「そのような話、聞いたこともないわ! それ以上、喚くのであれば公爵閣下への侮辱とみなすぞ!」

「とぼける気か! 我が息子、ギエルは今も臥せっておるのだ! その賠償として、謝罪と、黄金竜の鱗一〇枚、毛一〇〇本。そして、黄金竜の巣までの地図を要求する!」


 その言葉に続いて、またあちら側の陣営から野次が飛んだ。


「やっと本音を吐きおったのぅ。……しかし、余計なことまで言いおって」

「ちっ、結局それかよ。大方、適当な理由を付けて黄金竜の素材を奪う気だろうぜ。しかし……地図とはな。最悪、他は飲めてもそれだけはダメだ」


 ボロックさんとクラマスが小声でそう話している。


「ふ、ふざけたことを言うんじゃない! 黄金竜の鱗一〇枚だと! そこらの貴族の年間予算以上のモノを渡せとは、ふざけるのも大概にせい! そもそも、黄金竜の鱗一〇枚なんぞ持っておらぬし、黄金竜の巣までの道など知らぬわ!」

「嘘を吐くな! お前達が黄金竜の鱗を手に入れておることぐらい、既に把握しておるわ!」


 バトゥータ伯爵のその言葉に周囲がザワつきだした。

 やっぱり僕達が黄金竜の巣に行ったことがバレている?

 しかしこの流れはマズい感じがする。『黄金竜の巣までの道があるかもしれない』という情報は、ただの可能性の提示であっても後に大きな問題を引き起こしかねない。


「ないモノはないとしか言えぬ!」


 モス伯爵はそう言いつつも、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 ボロックさんとクラマスはなんとも言えない顔をしている。


「そうか、どうあっても黄金竜の素材を渡さぬと言うのだな。おい――」


 バトゥータ伯爵が横の騎士になにかを言うと、その騎士がすぐに後ろに走っていき、馬車の中から大きな豪華そうな箱を持って戻ってきた。


「……なんだ? なにをする気だ?」


 誰かの声が聞こえる。

 僕も心の中でそう思っている。

 バトゥータ伯爵は騎士が持つ箱を開けると、中からなにかを取り出した。


「あ、あれは!」

「まさか……武凱の軍配か! こんなモノを持ち出すとは、グレスポ公爵は本気でことを構える気なのか

!」


 誰かが叫ぶ。

 バトゥータ伯爵が手に持ち掲げるそれは、五〇センチぐらいの大きさで真っ黒な団扇のような形をしたモノ。相撲で行司さんが持ってそうなアレだ。


「武凱の軍配?」

「あれは昔、北の国のダンジョンで発見されたアーティファクトだ。グレスポ公爵が大枚はたいて手に入れたと言われていたが、こんなところに出してくるとは、グレスポ公爵は気でも触れたのか!?」

「アーティファクト……あれが」


 アーティファクトということは、なにか効果があるはず。形状から考えて物理的な攻撃効果とは思えない。

……よね? どこぞの世界線の諸葛亮みたいに軍配からビーム出して無双したりはしないよね?

 そう考えるとバフかデバフか、あるいは……。


「あれにどんな効果が?」

「詳しくは知らねぇがよ、自分が率いる軍勢の能力を上げるって噂だぜ」

「ということは……」

「超、戦争向きのアーティファクトだな」


 クラマスは肩にかついでいた巨大な戦斧のカバーを投げ捨て「つまり最悪ってぇことだ」と続けた。

 周囲を見渡すと、騎士団、従士団、魔法使い、冒険者、その多くが『準備』を始めていた。

 カチャリカチャリと金属鎧が擦れる音が響き、騎士達が盾を構え、陣形が整っていく。

 魔法使い達が杖を掲げる。

 黄金竜の爪の冒険者達は、それぞれの得物をギリリと握りしめる。

 僕を残し、回りの全てがある一点を目指して収束していく。


「なん、だ? 始まるのか? 戦争が……」


 答えが分かりきっている問いが口から漏れる。

 どうすればいい? 何故こんなことに? 僕はなにをすればいい?

 様々な言葉が頭を駆け巡る。

 横にいるサイラスさん、シームさん、ルシールの緊張感が伝わってくる。


「これが最後の警告だ。黄金竜の素材を渡せ!」

「くどい! そんなモノはない!」


 バトゥータ伯爵とモス伯爵が言葉を交わす。


「ならば仕方があるまい」

「……」


 バトゥータ伯爵が武凱の軍配を高く掲げた。


「武凱の軍配よ! 我らに力を!」


 その言葉と共に武凱の軍配から赤紫のオーラがモワモワと溢れ出したかと思うと、バトゥータ伯爵側の騎士達に赤、緑、黄色、青と輝きが降り注いだ。

 そして――


「全軍、突撃!」

「ウォォォォォ!」


 唸るような雄叫びと共に騎兵が、騎士が、突撃してくる。

 空気がビリビリと震え、地響きが起こり、砂埃が舞う。


「怯むな! 魔法部隊、前へ!」


 モス伯爵が叫ぶと同時に騎士の間から杖とローブの魔法使いが二〇人ぐらい進み出て、杖を構えた。

 モス伯爵は剣を引き抜いて前に突き出す。


「放て!」

「風よ、我が敵を切り裂く刃となれ《ウインドスラッシャー》」

「火よ、弾けて燃えて、敵を屠れ《ファイアバースト》」


 いくつもの魔法の雨が乱れ飛び、数体の騎兵が馬ごと横倒しになり、数人の騎士を足止めした。しかしほとんどの攻撃は騎士の盾と鎧に弾かれ消える。


「魔法部隊、下がれ! 騎士団、従士団、前へ!」


 魔法使いが下がり、鎧を着た騎士団・従士団が前に出てきた。


「全軍、迎え撃て! 奴らを叩き潰せば、褒美は思いのままだぞ!」

「俺らもいくぞ! 準備しろ! お前ら! ここが稼ぎ時だぞ!」


 モス伯爵の掛け声に合わせてクラマスも声を上げる。そして辺りの騎士や冒険者達からも雄叫びが上がる。

 周囲の多くの冒険者達はギラギラと目を輝かせながら叫んでいる。


「ここで武勲を上げ、騎士になる!」


 サイラスさんも剣を握りしめながらそう言った。

 それらの異様さに圧倒されながらも、僕も慌てて腰から闇水晶の短剣を抜いて構えた。しかし。


「ルークは下がっておれ! 回復を頼むぞ!」

「で、でも!」

「回復魔法持ちは少ないんじゃ! やられては困る!」


 ボロックさんに石壁の後ろに押し戻されてしまう。

 ボロックさんは大きなハンマーを肩に担ぎ直すと、敵に向かって猛然と走りだした。


「我こそは、ボロック・ワークス! 死にたい奴からかかってこぉい!」


 そう叫びながら敵側の騎士に突進し、ハンマーを横薙ぎにフルスイング。殴られた騎士は錐揉みしながら吹き飛んでいった。

 そして両軍がぶつかりあう。

 あちこちで騎士や冒険者が斬り結び、金属と金属がぶつかり合う音が響き、鉄の臭いが広がっていく。


「ルーク! こいつを頼む!」

「うっ……はいっ!」


 一人の冒険者が壁の裏に運び込まれてきた。

 名前は知らないけど、どこかで見たことがある顔。

 腹から出血していて、腕がありえない方向に曲がっている。


「光よ、癒やせ《ヒール》」


 淡い魔法の光の玉が傷をお腹の癒やしていく。だが、腕が治らない。


「クソッ!」


 バレるとかどうとか考えて出し惜しみしてる場合じゃない!

 もうそんな状況じゃないんだ!


 ――神聖なる光よ、彼の者を癒せ《ホーリーライト》


 ホーリーライトを無詠唱で発動。

 変な曲がり方をしていた腕がボコボコと動き、正常な位置にガチリとはまる。


「もう大丈夫です!」

「ありがとよ! これならまだ戦える! もうひと稼ぎだぜ!」

「悪い! こいつも診てくれ!」

「はい!」


 次々と来る冒険者や騎士を必死に治療し続けた。

 治療して。治療して。治療して。

 もう何分経ったかも分からない。

 一分なのか、一〇分なのか、一時間なのか。

 サイラスさんの言葉が頭をよぎる。

 ――まぁ恐らく戦闘にはならないさ。なっても適当なところで手打ちになるはず。

 本当に?

 これは本当に適当なところで手打ちになるのか?

 本当に、終わるのか?

 魔力がなくなって、ふらつきながらも立ち上がり、壁の向こう側を見る。

 地形が変わり荒れ果てた世界。ボロボロになりながら斬り結ぶ騎士達。そして転がる身体。

 まだ戦いは続いていた。

 ふと思い出し、魔法袋の中を漁る。

 そういえば先日、ウルケ婆さんの店でたまたま買わされたアレ。魔力ポーション。


「あの時は使うことなんてないと思っていたけど、役に立つとは」


 やっぱり僕は運が良いのだろうか? 運が良いならこんなことには巻き込まれないか。

 瓶の蓋を開け、中身をグイッと飲み干す。草の苦味と風味でお世辞にも美味しいとは言えない。

 瓶を投げ捨て辺りを見渡すと、もはや陣形などなく、混戦のような状態。

 目を彷徨わせ、知っている顔を探す。

 そして連携しながら戦っているルシールとシームさんとサイラスさんを見付け、ホッと息を吐く。

 遠くにはにはボロックさんやゴルドさん、モス伯爵がいて、別次元の戦いを繰り広げていた。


「あれが、Aランクの本気の戦い……」


 黒い光を帯びたゴルドさんの大剣が空中に黒い光の線を描き、ボロックさんのハンマーが大地をえぐる。

 問題は、アーティファクト武凱の軍配の効果があるにせよ、あれだけ強いと思っていた彼らと互角に戦える人が相手側にもいることだ。

 やはり国の上位にはAランク相当の実力者がそれなりにいるということ。

 と、目の幅に映ったシームさんが肩を抑えてうずくまった。


「シームさん! 助けないと――」


 次の瞬間、後ろから伸びてきた腕に首を絡め取られ、締め上げられる。


「うぐっ!」

「キュ!」


 驚いたシオンが肩から飛び降り威嚇する。


「き、貴様がシューメル家の回復魔法使い! さ、最後に貴様だけは……潰しておく!」

「は、なせ!」

「キュ! キュ!」


 振りほどこうにも、物凄い力で外せない!

 垂れてくる相手の血で滑って振りほどけない!


「死ねぇぇ!」


 こんなところで!


「死んで、たまるかっ!」


 左手で闇水晶の短剣を引き抜き魔力を注ぎ、思いっきり後ろに突き刺した。


「っぐがっ!」


 ズプリと刃が沈み込む感触。落ちてくる赤い飛沫。

 力が弱まった腕を跳ね除け、地面に転がって受け身を取る。


「シオン! こっちに!」

「キュ!」


 シオンを抱きかかえ、後ずさる。

 黒い短剣も、白いローブも、白いシオンにも、赤が広がっていく。


「ハァ……ハァ……」


 ……僕は何故、こんなことをしている? そう、ふらつく頭で考えてしまう。

 ランクフルトのスタンピードの時も突然で、否応なく戦うことになったけど、あれは町のピンチで、僕も町を守りたかったし、結果的に守れて良かった。

 確かに黄金竜の素材は非常に重要で貴重なアイテムだし、黄金竜の巣までのルートは広めるべきではないと思う。しかし……。

 これは、誰のための、なんのための戦いだ?

 開け放たれた町の門から中を見ると、町の中でこちらの様子を伺っている冒険者達が見える。この戦いに参加しないことを選んだ冒険者だろう。国の中での貴族と貴族の争いで、どちらにつくか、もしくはどちらにもつかないかを選ぶのは自由だ。……しがらみがない場合は。

 これは町を守るための戦いではない。

 これが、武勲を上げるということなのだろうか?

 これが、名を上げるということなのだろうか?

 僕を殺そうとした騎士は、地面に転がったまま動かない。

 様々な感情が沸き起こってくる。

 この戦いを否定するための言葉も、肯定するための言葉も出てこない。これがこの世界では当たり前で、僕の世界では当たり前ではなくて――

 そう思い、考え直す。

 いや、もうこの世界は『僕の世界』じゃないか。僕はもう、この世界の一員なんだ。

 と、その瞬間。轟音と共に前方の地面が吹き飛び、石礫が飛んでくる。


「今度はなんだってんだ!」


 シオンを守りながら地面を転がって受け身を取り、爆心地を見た。

 そこにあったのは――黄金の翼。

 その翼をはためかせ、四本脚で地面を掴み、黄金色の鱗に包まれた身体をくねらせる。


「お、黄金竜?」


 それまで戦い続けていたその場の全員が動きを止め、その一点を見つめている。

 まるで全ての時が止まったように。

 さっきまでそこが戦場だったとは信じられないほどに。

 しかし僕は黄金竜の別の一点に目が釘付けになった。


『聖獣エンシェントドラゴン』


 黄金竜を見た瞬間、頭の中にその言葉が浮かんだ。





―――――――――――――――――――――



もう0.001%ぐらいの人しか覚えてないと思いますが、アーティファクト『武凱の軍配』は以前にも登場しています。

さて、どこで登場したでしょう!

(追記・すみません。登場したのは書籍版1巻でした。最近WEB版と書籍版の記憶が混ざってしまってますね)

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