第244話 シオンのもんじゃストーム

 翌日。今日も四階で狩りをしていく。


「神聖なる光よ、彷徨える魂を神の元へ《ターンアンデッド》」


 グールが地面に崩れ落ちた。

 ポケットから紙と鉛筆を取り出して○の記号を書き入れる。


「かなり成功率が上がってきたね」


 正確なところまでは分からないけど、現時点では八割に近い成功率だと思う。

 女神の祝福も二四回で、ターンアンデッドがなくてもグールと普通に戦えるところまで来てる。

 良い感じに成長してると思うし、既にこの階は問題なくなっている。さて次は……。

 と、マギロケーションに反応があった。


「お、次のお客さんだ!」

「キュ!」


 素早くグールの処理をして次の敵に向かう。

 そして森の中を慎重に移動し、木の裏に隠れながら敵を観察する。

 森の中に佇んでいるのは……スケルトン。どうやら剣は持っていないタイプのようだ。

 エレムのダンジョンにいたスケルトンはほぼ同じ見た目だったけど、ここのスケルトンには個体差がある。服装などの見た目にも差があるし、武器を持っていたりなかったりするし、持っていても種類は様々だ。それにスケルトンだけでなく、ここではグールやゴブリンでさえ個体差がある。

 実に個性的。今の時代、個性は重要な要素だ。個性がなければ就職も出来ない。無個性なスケルトンは入ダンジョン試験で弾かれてるのだろう。


「スケルトンだな。よしっ! シオンの出番だ!」

「キュキュッ!」

 

 スケルトンなら特に問題はない。

 素早く接近し、ミスリル合金カジェルでスケルトンの片足をすくってバランスを崩す。

 僕はシオンが倒しやすい環境を整えるだけ!


「シオン!」

「キュ!」


 僕の左肩にいるシオンはそう鳴くと、いつものように輝く水の玉を――ん?

 いつもとは違ってシオンが大きく口を開けると、顔の前に魔法陣が展開した。

 そしてその魔法陣から青い閃光がほとばしる。


「キュー!」


 その可愛らしい咆哮と共に直径一〇センチぐらいの青い閃光がスケルトンの頭を撃ち抜いた。


「は?」

「キュ!」


 スケルトンはガシャガシャと崩れ落ち、シオンは『どんなもんだ』と言わんばかりに声を上げる。


「……って、ブレスかよ!」


◆◆◆


「マスター、葡萄酒で」

「はいよ」


 酒場で夕食と葡萄酒を注文してカウンター席に座る。

 そしてテーブルに置かれた葡萄酒を飲みながら今日の狩りについて考える。

 まさかシオンがブレスを吐けるようになるなんて……。あの黄金竜のブレスって黄金竜がドラゴンだから吐いているのだと思ったけど、違ったのだろうか? まぁ同じ聖獣である黄金竜が吐けるのだからシオンが出来てもおかしくないのか? ……よく思い出してみると黄金竜が吐いたブレスと似てるよね? 色と大きさが違うだけで。

 黄金竜のブレスは白色で、シオンは青色。ということは、黄金竜は光属性でシオンは水属性なのだろうか? シオンは聖水という『水』を作れるし。


「う~ん」


 また一口、葡萄酒を飲む。

 しかし今日の狩りは楽しかった。

 シオンがブレスを吐けるのが面白くて、ついつい自分では戦わずに『ゆけっ! シオン!』の一声だけで戦闘は全て任せるスタイルに変更し、モンスターを捕獲出来る謎ボールが欲しくなるぐらい楽しんだ。

 でも、あのブレス――とりあえずウォーターブレスと呼ぶけど――の威力はズルい。まさか頭とか急所に当たればグールでも一撃で倒せるなんて……。これが種族の差なのだろうか?

 ……そう考えると僕のクォーターエンジェルも普通の人間よりは優遇されているのかな? まぁターンアンデッドでグールを簡単に葬る僕も誰かのことをズルいとか言えたものじゃないか。

 そう考えながらシオンを撫でる。


「これからどうしようか……」


 無言で目の前に置かれたいつものスープを手元に引き寄せ、食べていく。

 塩味だけはしっかり効いている相変わらずの味で、代わり映えしない。

 このまま安定している四階でレベル上げを続けるか、それとも六階に行くべきか……。

 五階でレベルを上げるという選択肢はない。あまりメリットを感じないからだ。なので進むなら一つ飛ばして六階。そこならターンアンデッド戦術が通用するので僕の特性を活かせる。

 今はまだ四階でも十分レベルは上がるけど、ペースは確実に落ちてきている。普通ならこのタイミングで先に進むなんてリスクは取らないけど、ターンアンデッドという『最強の矛』があるからモンスターはやり方さえ間違えなければ確実に倒せちゃうし、欲が出ちゃうんだよなぁ……。

 でもせっかく黒字化が見えてきたのに六階行ったらまた大幅赤字になるんだよね……。

 そう考えながら葡萄酒を飲み干した。


「マスター、もう一杯」

「はいよ」


 そうこうしていると、酒場の入口から数人の足音が聞こえてきた。どうやら団体さんが来たらしい。

 少し気になってそちらを横目で確認してみると……ポーリ達がいた。

 その姿を他の冒険者も確認したようで、一瞬で酒場が静まり返る。

 彼らはそんな酒場の空気などお構いなしにズンズンと奥まで歩いてきて、奥にある席の前に立つ。


「どけ」


 門の前でヒボスさんに斬りかかろうとした大男がそう言うと、そこにいた冒険者が「あぁ……」と小さく言い、その場から消えていった。

 あいつら、なんでここに来たのだろう? 昨日は来なかったのに……。


「おい、酒をもってこい。それと肉だ」

「分かりました」


 大男の命令に酒場のマスターが丁寧に応え、葡萄酒を用意していく。

 そんな中、何人かの冒険者がそそくさと酒場を後にする。

 どうやら余計な騒動に巻き込まれたくないのだろう。

 ぶっちゃけ僕も関わりたくないので早く部屋に帰りたいけど……さっき葡萄酒を注文したばかり。仕方がないので葡萄酒を飲み続ける。

 そうしていると次第に酒場に音が戻り始めた。沈黙に耐えられなくなった冒険者達が喋り始めたのだ。

 それでも、その中で遠慮なく喋っているのはポーリ達だけで、必然的に彼らの声がよく耳に入ってきた。


「ここにはこんなモノしか置いてないのか」

「ダンジョンの中ですから、我慢してください」


 ポーリの言葉に魔法使いっぽいローブを着た女性が返す。

 彼らの関係性はよく分からないけど明確に上下関係があることは分かる。

 どうせだし、ここで彼らの話から情報を得てやろうか。


「明日からは六階に行く。手筈は整っているな?」

「はっ、五階村に駐留している従士団を使えるよう話は付けてありますし、物資も公爵家から順次輸送されてくる予定となっております」


 ポーリは満足そうに頷いた。

 なんとなく『ズルいよなぁ……』と思ってしまう。

 ……なんだか、彼らのダンジョン探索って本格的……というか、公爵家全面バックアップというかさ……。凄いサポートが付いている感じがする。まぁ、ズルさに関しては僕が他人をどうこう言えないけどね。

 ポーリは木製のコップを高く掲げ、ギラギラとして野心溢れる目で言葉を放った。


「私が、このダンジョンをクリアする」


 その掲げられたコップに他の四人がコップをカツンとぶつけ、五人は軽く頷きながら葡萄酒を呷った。

 その光景に周囲の何人かの冒険者が少し驚いたような顔をする。


「……」


 なんだろう……。なんとなく彼には負けたくない。そう思った。

 冒険者に登録してすぐにCランクになったとか。彼の人を人とも思わない態度とか。圧倒的に恵まれた彼の環境とか。それらが全部、積み重なって負けたくないという気持ちになっている。

 別に彼より先にダンジョンをクリアしたってしょうがないかもしれないけど。もし仮に僕が先にクリアしたとしても、彼にそれを見せつけることは出来ないだろうけど。

 それでも――


「負けたくないな」


 そう思った。

 やっぱり、少し六階を見ておこう。そしてそれから判断するとしよう。

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