第243話 五男ってそれはないでしょう

 焚き火のに腰を下ろし、何本か丈夫そうな枝を見繕ってナイフで一方を尖らせていく。そして魚の口から尖った枝を突っ込んだ。


「あ~っと……どうするんだっけ?」


 確か前にテレビとかで見た感じだと、魚を波打たせるように曲げて刺していたような……。

 ちょっとよく分からないので試行錯誤しながら刺していく。けどあまり上手くはいかなかった。

 まぁ、これは要練習ってところかな。そのうち上手くなるでしょ……。

 ちょっと不格好な形で串刺しになっている魚を焚き火の横の地面にぶっ刺し、適度に角度を変えて全体的に満遍なく焼いていく。

 そして二〇分か三〇分ぐらい経った頃、魚がこんがりと焼き上がった。

 途中、魚を刺している木の枝が燃えて折れるというアクシデントもあったけど、とりあえず完成だ。

 まぁ最初だし、こんなものかな。


「さて、と……」

「キュ!」


 シオンが『もう待ちきれねぇぞ!』と言うようにダンジョンマスに飛びかかろうとしているのを手で制す。


「ちょっと待って」

「キュ?」


 シオンが不満そうな顔になった。


「これが本当に食べられるか分からないからさ、念の為にね」

「キュ……」


 焼けたダンジョンマスを皿に取り、皮を剥いてから身の部分を軽く舌に当てる。

 舌先に若干の塩味を感じた気がした。


「……」


 確かこんな感じだったような……違ったっけ?

 昔、どこかで見たドキュメンタリー番組でやっていたサバイバル知識。初めて見た物体が食べられるかどうかを自らの肉体で男識別する方法だ。

 よくあるローグライクゲームでやるアレだね。名前不明で効果も不明なアイテムを識別したいけど方法がないし、アイテムが一杯でもう持てない。仕方がないから頭カラッポにしてとりあえず口に放り込んで識別しようとするけど――大体は毒になるかレベルが下がって後悔するヤツ。

 いや、違うか……。

 えぇっと、確かまず皮膚で触れてみて、異常がなければ舌に当て、異常がなければ少量を口に含んでみて、異常がなければそれを飲み込む。それから暫く様子を見て、体に異常が出なければ食べてOK的な感じだったと思うけど、うろ覚えでどこまで合っているのかは分からない。

 曖昧だけど念の為にやっておこう。まぁ流石に今回はそんなに酷いことにはならないと思うけど。なったらなったで魔法で解決すればいいしね。

 暫く様子を見て身の部分を少量だけ口に含んでみる。

 白身魚特有の蛋白な身。若干の脂身。少し癖のある風味。

 悪くはない。

 特に異常は感じられないので飲み込んで暫く様子を見てみる。


「……大丈夫、かな?」


 某サバイバル番組によると、毒などの有害物質があると肌がただれたり、舌や口の中が痺れたり、胃が熱くなったりといった異常が出る場合があると言っていた気がする。勿論、これで全ての有害物質を識別出来るわけではないだろうし、ごく少量でも死に至る猛毒ならアウトだけど。

 焼きダンジョンマスに大きくかぶりつき、ゆっくりと味わっていく。


「うん、旨いな」


 塩と動物性の旨味がガッツリと合わさって普通に旨い。贅沢を言うならスパイスかハーブで臭みを少し消したいところだ。


「キュ!」

「あっ、忘れてたわけじゃないから! シオンも食べていいよ!」


 許可を出すとシオンはガツガツと食べ始めた。

 そもそもシオンが食べられると思っているのなら安全なのでは?

 ほら、野生の勘というか動物の嗅覚というか、聖獣の不思議なパワーというかさ。この前も美味しい乾燥フルーツを見付けてたし。

 ……いや、シオンに野生なんてないか。

 焼きダンジョンマスを食べ終え、火の始末をした後、大きく深呼吸する。

 目の前には大きな湖が広がっていて、澄んだ空には大きな山脈。周囲には青々とした木々が風に揺れ、サラサラと音を奏でている。


「やっぱりここは……いいね!」


 もしここがダンジョンの中でなくモンスターが少ない場所なら貴族や金持ちの避暑地や別荘地になっていたのではないかと思うぐらい環境が素晴らしい。

 もし叶うなら、ここにロッキングチェアを置いてゆっくりと昼寝でもしてみたい。

 まぁ、ここで実際にやったらオーガの昼飯になるんだろうけど……。


「そろそろ戻ろうか」


 そうはなりたくないので後片付けをして五階村に向かう。

 それにしても、午後はゆっくりとリフレッシュ出来た。次回もここまで早く来れるように頑張ろうかな。

 ダンジョンマスが入った腹も問題なさそうだし、恐らくダンジョンマスは食べられると判断しても問題ないと思う。今後はダンジョンマスの活用方法も考えていきたいけど、頑張っても塩漬けか一夜干しぐらいしか今は思い付かない。

 これは追々、考えていくとしよう。

 五階村に向かって森の中を進み、村の近くまで来たところで四階側の裂け目の方から馬が走ってくるような音が聞こえた。

 森から出てそちらの方を見ると、五匹の馬とそれに乗った五人の姿が見えた。

 馬……いや、あれはワイルドホースか。普通の馬より一回り大きいし、普通の馬ではここまで入ってこれない。

 彼らはそこそこのスピードで村の前まで来ると、そこでスピードを落とし、そのまま門から村の中に入ろうとする。


「待て。入るなら入村料を払ってもらおうか」


 いつものように村の門番をしていたヒボスさんが彼らの行く手を阻み、入村料を要求した。

 すると一団の中から大柄な男が前に出てくる。


「貴様! 道を遮るとは無礼だぞ!」


 男は馬上でそう吠えた。

 なんだか分からないけど良くなさそうな状況なのは分かる。

 門から少し離れたところで止まり、出来るだけ目立たないように草むらに隠れた。


「無礼だろうが関係ない。この村は冒険者ギルドの管轄だぞ。入村料を払わないヤツは通さねぇよ」

「ほう……。貴様、我々とことを構える気か?」


 大柄な男はワイルドホースを下り、一歩一歩ヒボスさんの方に近づいていく。

 そしてその右手が腰の剣に伸びた。

 それを見たヒボスさんは一瞬驚いた顔をした後、すぐに苦虫を噛み潰したような顔をする。

 これは……どうなんだ? どうすればいいんだ? 助けに入る?

 ……いや、無理だ。会話の内容的にあの一団は貴族とか身分が高い人のような気がする。それにあの男……。


「強い……」


 雰囲気とか動きとかからして、恐らく。

 あれは人に理不尽な言い掛かりをつけて襲おうとして返り討ちに遭うような典型的な雑魚キャラじゃない。普通に実力者だ。

 辺りが緊迫した空気に包まれる。

 ……どうする? ここで僕が出ていってもなんとか出来るような気はしない。

 それは分かっているけど……しかし。


「やめたまえ」


 そう、声がした。

 馬に乗った一団の中、ローブのフードを深く被り顔が見えなかった一人がそう言いながらフードを外して顔を見せた。


「……あれは」


 前にも見たはず。確かアルメイル公爵の五男で、冒険者ギルドへの登録時にいきなりCランクになった人だ。

 貴族も貴族。この国では上位十数人に入る身分の人物だろう。

 彼は乗っているワイルドホースをゆったりと前に進めると、腰のポーチに手を入れてなにかを掴み取り、それを地面に放った。

 ここからでも聞こえるジャラリという音で僕にもソレがなにか分かる。お金だ。お金が入った袋。それも、あれが全て金貨なら五階村の入場料よりもかなり多い額の。


「これでいいだろう」


 公爵の五男はそれだけ言って、馬を前に進める。

 それを見たヒボスさんは道を譲り、軽く頭を下げた。


「ふんっ……」


 大柄な男が不機嫌そうに馬にまたがり、公爵の五男を追う。

 そして他の者がそれに続いた。


「やれやれ、もう少し紳士的に収めることを覚えたまえよ」

「ポーリ様……。はっ! 以後、気を付けます」

「まったく……。殺すのもいいが、誰がその事後処理をすると思っているのだ?」

「はっ……」


 公爵の五男と大柄な男がそう話しながら村に消えていった。

 それを聞きながら背中に冷たいモノが流れ、尻餅をつく。

 なんて……ヤバい奴らなんだ……。これが一般的な貴族というヤツなのか? それとも高位貴族限定なのか……。

 ダリタさんとかシューメル公爵家の人々との関わりが長かったおかげで感覚が麻痺していたかもしれない。やっぱり、あんな貴族に目を付けられたら終わりだな……。

 草むらから出て門に向かう。

 ヒボスさんは公爵の五男――ポーリが投げ捨てた袋を拾い上げ、紐を解いて袋を開いている。


「……大丈夫ですか?」

「ん? あぁ、なんとかな。……命拾いしたぜ。あいつら、フードを深く被ってて貴族と気付かなかった。……ったく、どこの貴族だ」


 そう言いつつヒボスさんは袋の中を見る。


「あれはアルメイル公爵の五男らしいですよ。ほらっ、この前、いきなりCランクになった」

「なにっ! アレがか……」


 ヒボスさんは「ちっ! 面倒なヤツが来やがった」と吐き捨てるように続けた。

 そして手に持っている袋をこちらに差し出す。


「見てみろよ」

「えっ?」


 ヒボスさんの手の中にある袋を覗いてみると、中には金貨が詰まっていた。全部で四〇枚か五〇枚はあるだろうか?


「……凄いですね」

「あいつらにとっちゃこれぐらいはした金なんだろうぜ。結構なこった」


 僕はなにも返せる言葉がなく、ただ村の中を見つめた。

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