第242話 燻製を作らない!

 翌日。朝から魔力ポーションを受け取って、それから鍛冶屋に向かう。

 昨日はアドルの母親を治したけど、彼女は眠ったまま目覚めなかった。なのでそのまま帰ってきたのだけど、彼女はちゃんと回復したのだろうか?

 まぁ、僕はやれるだけのことはやった。後は彼女の回復力に期待するしよう。


「おはようございます」


 店の扉を開けて挨拶すると、いつもの親方とは違う若い男性がカウンターに立っていた。

 朝はこの人が担当なのかもしれない。


「昨日、親方に頼んでたモノがあるんですけど、出来てます?」

「あぁ、出来てるよ」


 そう言いながら彼が出してくれたのは二センチぐらいの青白い釣り針。

 注文通り、針の先にはカエシが付けられているし糸を通す穴もある。これなら上出来だろう。

 一つ手に取って確認してみる。

 針の太さは一ミリもないぐらい。しかし軽く力を加えてみても曲がるような感じはしない。

 やっぱりミスリル合金で作って正解だったと思う。この細さだと普通の鉄では強度的に心配だったのだ。

 この店で使われている鉄がどういったモノなのかは分からないけど、これまで様々な武器屋とかで見てきた限りでは、地球で釣り針に使われているような頑丈で錆びにくい鉄が作れるとは思えなかった。


「確認しました。それじゃあこれは貰っていきますね。残りは大体七日ぐらい先になりますけど、大丈夫ですよね?」

「あぁ、それも親方から聞いている。作って置いておくからいつでも取りに来てくれ」


 鍛冶屋を出てダンジョンに潜る。

 いつものように一階、二階、三階と抜け。三階で一泊してから四階を抜けて昼過ぎには五階に到着した。

 レベルが上がったからか、この階に慣れたからか、四階を抜ける速度が格段に上がっている。


「う~ん……時間もあるし、釣りでもしようかな」


 このまま五階村に入ってしまうと外に出にくくなってしまう。

 この五階村は入村する度にお金を取られるボッタクリ仕様だからだ。

 ……まぁ、どこかのネズミの国のように一日中出入り自由になるパスとかを発行してたら管理が面倒すぎるしね。そこは仕方がない。

 湖を時計回りに西に進み、適当な場所を探しながら餌になりそうなモノを探していく。


「……アレにするか」


 適当に歩いているとマギロケーションに引っかかるモノがあった。

 ミスリル合金カジェルを握りしめて一気に加速。木々の間を高速ですり抜け、一気にその脳天に叩きつける。


「グェゴ!」


 手に伝わってくる、なにかを砕いたような感触。

 アシッドフロッグはピクピクと痙攣しながら地面に伏している。

 今回は打撃武器で倒したのでヤバい液体は漏れていない。アシッドフロッグはこうやって倒すモノなのだろう。やっぱりアシッドフロッグだけでなく、このダンジョンは全体的に打撃武器が正解なのかもしれない。

 アシッドフロッグの腹を割いて魔石を取り出し、足の肉を取り出す。そして肉を一センチ角ぐらいの大きさに切り分けていく。


「こんなモノでいいかな?」


 それらの即席の『餌』を持って湖の近くに移動。そして良さそうな場所を探す。

 すると湖の中から岩がいくつも飛び出しているような場所を見付けたので、その手前で仕掛けを作っていく。

 といっても、糸と針をドッキングするだけだけど。

 背負い袋から糸と針が入った袋を取り出し、その中から糸を取り出す。そして針も……。


「……」


 案の定、釣り針が袋に刺さって大変なことになっていた。

 やっぱりプラスチック製の釣具ケースが欲しいけど、そんなハイカラなモノは存在しない世界なので、アルッポに戻ったら木製の入れ物でも探すとしよう。

 どうにかこうにか針を取り出して糸を通し、針の先端にアシッドフロッグの肉を装着する。


「よしっ! とりあえずこれでやってみよう!」


 木の板から糸を五メートル分ぐらいほどき、それを纏めて手に持って岩の上をピョンピョンと渡って奥の岩の上に乗る。

 その音と衝撃で周辺の魚が逃げていくのが見えた。


「……魚が戻ってくるまで待つか」


 岩の上に片膝を突き座り、音を立てないようにして待つ。

 そして暫くして魚が警戒を解いた頃、数メートル先に釣り針を投げ入れた。

 ポチャンと湖に落ちた釣り針はゆっくりと沈んでいく。

 冷たい風が湖上に吹き、水面が揺れる。

 釣り針が湖底に着かないようにゆっくりと糸を巻いていくと――


「来た!」


 指先にピンピンと反応した瞬間にグッと合わせて糸を引く。


「乗った!」


 針が上手くかかったようで、糸がグイグイ手に食い込んでいく。

 それをゆっくりと手繰り寄せ、足元まで引いてきたところで湖から引き上げた。


「よしっ!」

「キュ!」


 シオンも嬉しそうに声を上げる。

 ビチビチと跳ねる魚を岩の上に置き、よく観察していく。

 そんなに魚に詳しいわけじゃなかったけど、形は鮭……というよりマスに近い感じ。大きさは三〇センチぐらいで肉厚。体には斑点のような模様があり、太陽が反射して緑っぽい色に輝いている。


「ん~……ダンジョンにいるマス……。ダンジョンマスって感じかな?」


 ダンジョンマスターではなく、ダンジョンマスだ。

 この魚に正式な名前があるのか分からないけど、とりあえずそう呼んでおこう。

 しかし、ある程度は予想していたけど、意外と簡単に釣れてしまった。どこかの噂で聞いた話だけど、人がいない地域の野生動物は人間を怖がらないとか、釣り人がまったく来ない場所の魚は警戒心が薄くてよく釣れるらしい。恐らくそういうことなのだと思う。


「よしっ! どんどん釣ろう!」


 そうして釣りを続け、一時間もしない間に合計四匹のダンジョンマスを釣り上げた。

 もっと続ければもっと釣れるだろうけど、これ以上は釣っても処理出来ない。これぐらいの量が丁度良いだろう。


「う~ん……」


 とりあえず湖で魚が釣れることは確かめられた。

 次は実際に食べられるかどうか、だよね?

 例えば一部のフグのように全身に毒がある魚だって存在しているはずだし。バラムツのように、食べられるけど食べたら全てがシモから流れ出る便秘知らずな魚もいるかもしれないし。オニオコゼのように毒針さえ除去すれば食べられる魚もいるかもしれない。

 さて、この魚はどんな魚なのだろうか?

 まぁ、オーガが食べてたんだし恐らくは大丈夫だと思うけどね。


「とりあえず捌いてみよう」


 魚を捌いた経験は少ないけど、大体のやり方は覚えている。

 な~に、とりあえず腹を割いて内臓を出しとけばいいのさ!

 ナイフで魚の腹を割り、内蔵をブチブチッと引っ張り出す。


「次は……。ん~、そのまま塩焼きでいいかな?」


 今はそれぐらいしか調理法がないしね……。

 油の乗った白身魚を甘辛く煮付けた魚の煮付け。ほんのり甘酸っぱいシャリに合わせられたマグロ。いつかそんなモノが食べられるようになれば嬉しい。けど、魚の煮付けはともかく、寿司は寄生虫とか怖すぎだしもう二度と食べられないかも。

 そう考えると少し寂しい気持ちが湧いてくる。

 恐らくもう二度と、日本のあの飽食とも言える食文化は体験出来ないのだろう。

 そういった日本の食を再現していくことを目標の一つに加えてもいいかもしれない。でも……。


「そもそも、根無し草の冒険者生活では制限が多いしなぁ……」


 こうやって釣った魚だって今ここで食べるしかないのだ。

 調理器具だって色々と持ち運ぶのは難しいし、加工しようにも時間がかかる作業は難しい。

 四匹全ての内臓を抜き、全体的に塩をまぶしていく。


「燻製……とか出来ればいいけど……」


 燻製が出来ればこのダンジョンマスも日持ちするし、乾燥ファンガスみたいに保存しておいて別の機会に使えるかもしれない。

 でも、それは難しいのだ。

 日本にいた頃、自分で燻製が作りたくなって燻製器から手作りしたことがあった。ダンボールの箱で作る簡易的なヤツだ。そしてチップを買ってきて実際に作ってみた燻製を保存しようとして――腐らせたことがある。

 後から調べると、そういった簡易的な燻製の作り方ではほとんど保存性は上がらないということが分かった。どうやら本来の燻製とは一ヶ月の単位で燻し続ける必要があるらしく、その時、素材に熱が通らないように煙を冷却する大規模な設備が必要だとかなんとか。

 そんなモノを冒険者が宿屋に作るわけにもいかない。もし仮に作ったら、ブチ切れた宿屋の親父の頭から出る煙でこちらが燻製にされるだろう。

 ……いや、そもそも簡易的な方の燻製設備でも冒険者生活では大きすぎて持てないか。

 あんなもの所持するなら背中に燻製器を背負って冒険者をしなくてはならなくなるぞ。二宮金次郎じゃあるまいしさ……。


「それは流石にね……」


 周辺から枯れ木や倒木を集めてきて火を着けた。


「火よ、この手の中へ《火種》」


 うん。生活魔法は本当に便利だ。

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