第241話 治療とこの世界の医療

 それから錬金術師の店に行って魔力ポーションを注文した。

 いつもは三〇本買っていたけど今回は一五本に数を減らしてある。

 もうグールは普通に戦っても勝てるようになってきたし、ターンアンデッドの成功確率もかなり高くなってきたので前よりは数が必要なくなっている。それにそろそろ黒字化させないとマズいしね。

 錬金術師の店から戻る途中、いつものように教会に寄ることにする。

 ダンジョンからこの町に戻る度に教会で祈りを捧げているけど、現時点では特に大きな変化はない。

 意味があるのかないのか……。まぁ、ちょっと祈りを捧げただけで効果が現れるなら誰でも大僧正になって、この世は坊主だらけになっているだろう。気長に考えよう。

 そんなことを考えつつ教会の前に来ると、奥の礼拝堂の前で一人の子供が聖騎士に詰め寄ってるのが見えた。


「お願いします!」

「残念だが無料の治療は順番待ちだ。治療を受けたがっている民は沢山いる。順番は変えられん」

「そんなの待ってたらお母さんが死んでしまう!」

「規則は規則だ」

「ぐっ……」


 聖騎士と言い合いをしていた子供が泣きながらこちらに走ってきて、僕の横を通り過ぎて走り去っていく。

 その時、チラッと見えた彼の顔に見覚えがあった。


「……あの子は、アドル?」


 ダンジョンの一階で冒険者が残したマッドトードを解体してた子供の一人だった気がする。

 確か最近、ダンジョンでは見掛けなくなっていた子だ。


「……」


 教会の方を見て、そして走り去るアドルを見る。

 ……やっぱり、放っておくわけにも……いかないな。

 袖振り合うも他生の縁という言葉はあるけど、多少なりとも知ってしまっていて、自分にそれを助けられそうな力があるのなら……やっぱり無視するのは簡単ではない。というか単純に『その後』のことを考えてしまうと寝覚めが悪いんだよね。

 また教会の方を見ると、さっきの聖騎士は顔色も変えず、ただ扉の横に立ち続けていた。


「……」


 それを横目で見ながらアドルを追った。


◆◆◆


 暫く走っていると、ようやくアドルの背中を発見する。

 アドルは一軒の店の前まで来ると、その扉を勢いよく開けて中に走り込んだ。

 速度を落とし、歩いてその店に近づくと――


「出ていけ! 貧乏人に用はない」


 店の中から男の怒声が響いてくる。


「お願いします! 薬をください! お金はいつか払いますから!」

「煩い! 出ていかんか!」


 店の中からアドルが勢いよく蹴り出され、続いて黒いローブの男が出てくる。


「店の前からとっとと失せろ! 貧乏人が!」


 錬金術師の男は吐き捨てるように言うと、店の扉をバタンと閉めた。

 青い空の下、いつもの町の風景が広がっていて、そこに一人の少年が倒れている。

 周囲を歩いている通行人は誰一人こちらを気にかけない。精々、一瞬チラリと目をやるだけだ。


「……」


 これが……この世界……なんだろうな。

 今まで治安が悪い地域には近づかないように気を付けていたからあまりこういうモノは見てこなかった。しかし、これが現実なのだ。ただ僕が見てこなかっただけで、今まで通ってきた町でも似たようなことはあったのだろう。


「……大丈夫?」


 アドルの隣に片膝を突き、彼に声をかける。


「……お兄さん?」

「とりあえず場所を移そう。ここは人も多い」


 アドルを立たせ、町の南側に向かって歩く。

 そして彼から事情を聞いていった。


「お母さん、前からずっと調子悪かったんだけど、最近は立てなくなっちゃって、今日は朝になっても起きてこなくて……」

「その……お母さんが調子悪くなった原因って分かる?」

「たぶん、仕事で怪我して、それから……」


 仕事で怪我をして、治療も受けられなくて、それが元で体を壊したということだろうか。


「だから教会で治療を受けるためにお金を貯めてたんだけど……」


 それが間に合わなかったと……。

 改めてこの世界の現実を思い知る。怪我をしてもお金がなければ適切な治療を受けられないし、治療が受けられないと普通に命に関わることもある。そういう世界なのだと。


「原因は怪我、なんだよね? だったら……治せるかもしれない」

「えっ! 本当!?」

「絶対に治せると約束は出来ないけど……。これでも、旅のヒーラーだからね!」


 僕の持っている回復魔法は、傷を治すホーリーライトやヒールと、状態異常を治すホーリーウインドがあるけど、これらがどこまでの傷を治せるのかは分からない。怖くて実験も出来ないしね。だから約束は出来ない。


「お兄さん、お願いします! お母さんを治してください!」


◆◆◆


 アドルに連れられ町を東側に進んでいくと、建ち並ぶ家々が少しずつみすぼらしくなっていった。

 いつもなら絶対に入らない貧困街に近づいているのだろう。


「ここ!」


 そう言いながらアドルが一軒の家に入っていく。

 その家はこの地域の家にしてはマシな佇まいで、隙間なんかもない普通の家っぽかった。


「お邪魔します」


 アドルに続いて家の中に入る。

 家の中は殺風景で、暖炉があって机とイスがある、それだけの部屋だった。

 アドルが家の奥の部屋に入っていくので、それに続いて奥の部屋に向かうと、ベッドに女性が寝ているのが見えた。

 その女性は見た感じ三〇歳前後。頬はこけ、顔色悪く、長い髪からもツヤが失われているのが分かる。恐らくこの人がアドルの母なのだろう。


「お母さん……」


 アドルの呼びかけにも、その女性は応えない。眠ったままだ。


「アドル。怪我はどこにあるの?」


 そう聞くと、アドルは女性の足元を隠しているシーツを遠慮なくガバッとめくり、女性のスカートもガバッとめくった。


「ちょっ! いきなりめくるのは――」


 と言いかける前に女性の右太腿に目が移る。

 そこは大きな裂傷の痕があり、傷自体は塞がっているものの、そこを中心として太腿の半分ぐらいが黒く変色していた。


「これは……酷い」


 僕はそんなに医療には詳しくないけど、黒い部分が壊死していることは分かる。

 しかし幸か不幸か、この怪我が原因なら恐らく治療は可能だ。ヒールではダメだろうけど、ホーリーライトならいける。

 ミスリル合金カジェルを両手で握って前に出し、意識を集中させていく。

 そして無詠唱で魔法を発動させた。


 ――神聖なる光よ、彼の者を癒せ《ホーリーライト》


 魔法が発動し、女性に光が降り注ぐ。

 そして太腿の傷に光が集中していき、やがて光が消えると足の黒いシミが消えていた。

 ただ太腿にある大きな裂傷の痕は残ったまま。ホーリーライトでは古い怪我までは治せないのだろう。


 ――神聖なる風よ、彼の者を包め《ホーリーウインド》


 念の為にホーリーウインドで状態異常の回復もしておく。

 するとこころなしか女性の顔色が良くなり、呼吸が安定したような気がした。


「ふぅ……」


 恐らく、これで成功したはず。後は彼女の生命力に賭けるしかない。

 まだ目を覚まさない彼女を見ながらそう思う。


「お兄さん……どうなったの?」

「あぁ、成功した……と思う。後はお母さんが目を覚ましたら美味しいモノでも食べさせてあげて」


 そう言いながら、さっき見たこの家の台所を思い出す。

 確か台所にはマトモな食材はなかった。恐らくアドルが最近ダンジョンに入ってなかったのはお母さんを看病するためで、その間、仕事は出来てなかったはず。


「……まぁ、仕方がないか」


 財布の中から銀貨と銅貨をいくつか抜き、アドルに握らせた。

 もう乗りかけた船だし。せっかく回復魔法で治したのに栄養失調で体調を崩したら元も子もない。そうなってしまうと全てが無駄になる。


「こ、こんなの貰えないよ! 俺が代金を払うつもりだったのに」

「なら出世払いでいいよ。今はお母さんに食べさせることを優先してあげてね」


 出世払いでいい、なんてカッコいい言葉、いつか使ってみたかったけど、こんな異世界で使うことになるとは。


「お兄さん……。ありがとうございます」

「あぁ、気にしなくていいって……」


 その真っ直ぐな瞳と感謝の言葉に気恥ずかしくなってしまい、なんとなく天井を見上げた。

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