第227話 はじめてのおとまり
それからもう一度、グールを探して戦ってみることにした。
周囲に他の冒険者がいないことを確認しつつ、グールが単体でいる場所を探し、グールに気付かれないように慎重に近づく。こんなことが出来るのも全てマギロケーションさんのおかげです、はい。
そして見付けた一体のグールに狙いを定め、遠くから魔法を放つ。
肉弾戦はまだ少し不利っぽいことは分かったので、今回は最初からターンアンデッドを使って上手くいくかを探っていく。
「神聖なる光よ、彷徨える魂を神の元へ《ターンアンデッド》」
両手で掴んだミスリル合金カジェルの先端をグールの方に向け、魔法を発動。しかし――
「ん?」
体内にあった魔力が正常にゴッソリ抜けていく感覚はある。しかしなにも起こらない。
まるで怪しい通販ショップで注文してお金も払ったのに商品が届かないような感覚。消費者庁に通報したい。
それはさておき、これはどういうことなのだろう?
念の為、もう一度ターンアンデッドを使ってみる。
「神聖なる光よ、彷徨える魂を神の元へ《ターンアンデッド》」
魔法の発動と共に魔力がゴッソリと抜け、今度はグールの周囲に光の輪が出来上がり、グールは昇天した。
「どういうことだってばよ?」
思わず口調が変になってしまうぐらい不思議だ。
グールの死体に近づき金目の物を漁りながら考える。
一回目と二回目のターンアンデッドに違いはなかったはず。しかし一回目には効果が出なかった。つまり――
「発動率が一〇〇%ではない?」
そう考えるのが妥当だろうか?
いや、これまでにゾンビやスケルトンを相手に何度か試したけど、そこでは一〇〇%発動だったはず。ということは、相手によって発動率が変わるってことか?
「というより、自分と相手によって変わる、ってのが適切なのかも」
単純に自分と相手の力の差によって変わるとか。一番考えられるのはパラメータの差だろうか。術者の魔法攻撃力とターゲットの魔法防御力の差で変わる的な。……この世界にそんなゲーム的なパラメータが存在しているのかは分からないけど。
それとPIEの数値は関係していそうな気がする。
背負袋の中からメモの束を取り出してパラパラとめくり、探していたメモを見付ける。
えーっと……PIEは信心に関する適性で、耐性や魔法成功率、補助魔法などに影響する、か。やっぱりこれは関係してそうだよね。そもそもクォーターエンジェル自体がPIEの数値が高い種族だったと記憶しているし、神聖魔法はPIEの影響が大きい魔法な気がする。
なんにせよ女神の祝福の回数が増えれば成功率は上がっていくはず。
それにもしかするとPIEの数値を上げる方法があれば成功率が上がるかもしれない。
……だが今はそれよりも重要なことがある。
「この魔法、もしかして発動に失敗したら攻撃判定がない?」
いや、正確に言うと、魔法が成功しなければ発動しない、かな。
とにかく、一回目のターンアンデッドが失敗した時、グールはなにも反応しなかった。つまり攻撃判定が生まれていないはず。
それはつまり……相手に気付かれないように魔法を使い続ければ理論上いつかは倒せることになる。
その瞬間、頭の上にピカリと電球が光り、素晴らしい悪巧みを思い付いた。
「これは……ひょっとしたらとんでもない可能性があるかも」
◆◆◆
それから暫くターンアンデッドを試した後、三階の野営地に戻ってきた。
まだ試行回数が少なくてはっきりとは言えないけど、現時点での成功確率は大体三〇%から四五%ぐらいだと思う。そこまで確率が低いわけではないけど五〇%まではいかない、ぐらいの感じだ。
太陽が沈み始めて空が赤くなってきた。野営地にはさっきより人が増え、煮炊きの煙や人々の声も増えている。
今日はこの野営地に泊まる。
色々と考えたけど、五階を目指すならどこかで一泊する必要があるし、グールが闊歩する四階エリアで野営するのは自殺行為。ならここで一泊するしかない。
後は……パーティを組んでみるという手もあるけど、今の僕は簡単にパーティを組めない体になってしまっている。ダン達の風の団に入った頃とは事情が違っていて、言えないことが多すぎて不自然に思われることも多くなるだろう。
それはまさに疑惑のデパート状態だ。そのうち疑惑の総合商社にランクアップしてしまうだろう。
とにかくこのダンジョンでは浄化魔法とシオンの聖水あたりは絶対に欠かせないから、パーティを組むメリットよりデメリットの方が大きくなってきてるんだよね。それに今日はターンアンデッドの有効性も分かったしね。
野営地を適当に歩いて壁際の空き地を見付け、周囲の冒険者に軽く挨拶をし、そこに外套を敷いて腰を下ろす。そしてシオンを下ろして一息ついた。
周囲からは少し探るような目線が少し飛んでくるけど、特にそれ以上はなにもない。
「ご飯にしようか」
「キュ」
背負袋から乾燥肉と器を二つ、それに薄い葡萄酒を取り出す。
水滴の魔法を覚えてからは水を飲むことも増えた。けど、ここではオリハルコンの指輪は使いにくいので飲めない。それに浄化出来るとはいえ真水は腐りやすいので水筒に入れて持ち運ぼうとは思えない。特に今はまだ暑い時期だし。
そういえばここの冒険者の中には聖水を井戸水やダンジョン内の小川の水に混ぜて飲み水にしている人もいると聞いた。これなら試してみてもいいかもね。
そんなことを考えつつ一人と一匹で乾燥肉をガジガジしてると太陽が沈んで辺りが暗くなっていった。
いくつかのパーティが出した光源の魔法の光と焚き火の灯りが周囲を照らしている。
地面に敷いていた外套を羽織り、壁に背中を預けてあぐらをかき、その上にシオンを乗せる。
今日はここで一泊するけど、ここで寝るつもりはない。要するに、ここがソロでは避けた方がいい場所だったとしても、寝なければ対処出来るのだ。この体はまだまだ若いし一日ぐらい寝なくても問題ない。
そうして数時間経った頃。
「……やっぱり暇だ」
既に熟睡中のシオンを撫でながら呟く。
寝ないのはいいけど暇なのは辛い。そういや、こうやって一人でやることもなく時間を潰すのも久しぶりな気がする。この世界ではやらないといけないことも多かったしね。でも今後のために暇潰し方法を考えてみてもいいかもしれない。ボードゲームとかカードゲームとか作ってみるのもアリだ。
……いや、ボードゲームとかカードゲームを一人で暇潰しでやるってのもかなりヤバい絵だな。止めよう……。
などと考えながら目を閉じる。そして丹田に意識を集中させていく。
これは所謂『瞑想』と呼ばれているモノ。
武術を習っていた頃は練習前後にいつもやっていたけど、最近はめっきりやらなくなっていた。
暇すぎて思わずやってしまったけど、たまにはこういうのも悪くないかもしれない。それに地球では集中して気分を落ち着かせるぐらいの効果しか意識してなかったけど、この世界では実際に丹田に魔力があり、それを感じて動かすことも出来る。なのでここではもっと意味があるような気がしないでもない。
丹田にある魔力を引き出して動かして、回転させたり体を巡らせたりしていく。そして普段は魔法を使わない左手に集めたり足に流してみる。
地球での瞑想はぶっちゃけタイミングによっては眠気との戦いになるけど、この世界での瞑想は体内の魔力を感じるだけに、それを動かしているとお手玉をしているような感覚になってちょっと面白いかもしれない。
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