第149話 レッサードラゴンステーキと

 テーブルの上には黄金色のスープが入った皿と拳サイズのパンが三つ置かれた皿。それらに手を付ける前にラッパ型の陶器のカップをグイッと傾け、葡萄酒を口に含んだ。

 強めの渋みが口に広がり、フルーティーな香りが鼻から抜ける。いつも飲んでいるような葡萄酒より味が濃い。これが高い葡萄酒の味なのだろうか? でも渋みが強い葡萄酒はあまり好きじゃないかな。安い葡萄酒に舌が慣れてしまったのかもしれない。

 カップをテーブルに置き、木の匙でスープを飲む。

 半透明な黄金色のスープは一見すると普通のコンソメスープのように見えた。しかしその味はビーフスープに近い。……いや、ビーフスープとチキンコンソメの間ぐらいだろうか? 塩味は薄めだけど、とにかくしっかりとした旨味が出ていて美味しい。

 美味しくて、美味しくて、ついつい一口、また一口と手が進んでいく。


「キュ!」

 膝上からの抗議の声で我に返る。

 危ない危ない、忘れるところだった……。いや、忘れていませんよ? 本当ですよ? ちょっと夢中になってただけでね……。

 テーブルの上をチラッと確認し、シオンに与えられそうなモノを考え、とりあえずパンを小さくちぎって与えてみた。


 食事をしながら周囲をチラリと確認する。

 いつもの酒場より大きいこの場所には十数人程の客がいて、それぞれのテーブルで食事をしながら誰かと談笑していた。広いけど客の数は少ないようだ。それだけ少なくてもやっていける値段設定なのだろう。

 彼らの服装――豪華そうなヒラヒラが付いたドレスや、派手なカラフルな服とか、白い羽根付き帽子とかを見る限り、その多くが商人か、あるいは身分の高い人なんだろうと思う。剣を持ったラフな格好の人も何人か見えるので冒険者もいるのかもしれない。

 そんな冒険者っぽい彼らに親近感を覚えながら僕が場違いではないと安心しつつ、葡萄酒を片手に周囲の雑談に耳を傾ける。


「最近、この近辺では麦の値が上がっているとか」

「流石ですな。もうお耳に入っておりましたか……。ここだけの話ですが、実は他にも値上がりの予兆がありましてな」

「ほう……」


「そろそろダンジョンに行きたい。西に行こう」

「おいおい、ダメだと言っているだろう。まだ契約があるんだぞ」

「破棄すればいい」

「簡単に言うなよ……。ここでお偉いさんの機嫌を損ねたら西のダンジョンよりもっと遠くに行くしかなくなるぞ」

「……」


「北の方でそろそろ――らしい」

「本当か? しかしそれでは――」

「シューメルが――でついに――」


「……」

 いつもの酒場のバカ話など一つもなく、どこも内容のありそうな話ばかりだ。やはりこの客層がそうさせるのだろうか。

 少しの寂しさを覚えつつ葡萄酒をグイッと流し込んだ。


「お待たせしました。レッサードラゴンのステーキになります」

 メイドさんにより、目の前にコトリと置かれた皿。その瞬間、口の中に唾液が溢れかえる。

 むせ返るような脂の香り。茶色く綺麗に焦げ色が付いた表面。膝の上ではシオンが「キュルキュル」と鳴き、その前足をテーブルに乗せた。僕のお腹も一緒に「キュルキュル」と鳴いている。僕も両手をテーブルに乗せた。


 用意されていた小型のナイフとフォークっぽい二股のカトラリーを持ち、フォークで軽く押さえながらナイフを滑らせる。手に伝わる感触は独特。ささみ肉に近い、繊維を切断する感覚が指に残る。少し硬くて切りにくい。

 ボロックさんから貰った闇水晶の刃を取り出してズババッと細切れにしてやろうかと頭の中に浮かぶけど、ギリギリの所で思いとどまる。流石にそれは目立ちすぎ。マナー違反だ。

 色々と考えながらも手を動かし続け、切り取った肉片をフォークに刺して口の中へと運ぶ。そして一度二度と咀嚼していく。

 咀嚼する度に弾力のある繊維質な肉がほぐれ、口の中に旨味をまき散らす。

「旨い、な」

 ドラゴンだからだろうか。筋繊維がはっきりしていてささみ肉のようで、味は鶏と牛の中間のような感じ。今までに食べたことのない不思議な味だ。

 それを断腸の思いで胃袋の奥へと流し込み、新たなる希望を胸に次の肉片を口の中へと運ぼうとしたところで下から伸びてきた白い手が僕の手をバシバシと叩いた。

「キュゥア! キュワ!」

 危ない危ない、忘れるところだった……。いや、忘れていませんよ? 本当ですよ? ちょっと夢中になってただけでね……。

 だからそんなに威嚇しないで……。


 こうしてレッサードラゴンステーキの夜が更けていった。



◆◆◆



 翌朝、フカフカなベッドで目を覚まし、身支度、浄化を済ませて宿を出た。

 もう暫くはこんな高級宿には泊まれないだろう……。今回が特別だったのだ。

 しかし、元々どこでも寝られる体質だけど、あんなフカフカのベッドを久し振りに体験してしまうと、もう草を敷き詰めただけのベッドに戻れなさそうで怖い。それにあのレッサードラゴン料理。あんな贅沢はもう出来ない。

 ……いや、あんな生活が出来るだけのお金か身分を得るために頑張るべきなのかもしれないな。

 それにはまず――


 足を止め、目の前にある大きな建物を見上げた。

 男達が活きるため、そして成り上がるために集まる場所。

 冒険者ギルドだ。

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