第127話 黒い扉のその奥は

 それから暫く歩くと洞窟に交差するようにいくつもの横穴が現れるようになり、上や下へと続く穴なども現れて、まるで迷路のようになってきた。そんな道をボロックさんは地図を確認する事もなくスイスイと進む。彼に続いて横穴に入り、階段を上り、十字路を左に曲がって縄梯子を下りる。もう既に僕一人ではあの巨大スライムがいた空間には戻れないと思う。


「ボロックさん、ここは……何なのですか?」

 縦横無尽に張り巡らされた人工的な洞窟に疑問を感じた。

「ここはのう、古い坑道じゃよ。今は既に掘り尽くされて廃坑になっておるがな」

 なるほど、鉱山だったのか。それならこの無駄に入り組んだ迷路のような構造にも納得出来る。……でも、だとすれば、彼は何故そんな場所に居たのだろうか? 疑問は残るが、それを言ってしまうと僕だって人の事は言えない。なので続く疑問は飲み込んだ。

「よし、着いたぞ」

 そう言いながらボロックさんは前方を軽く指さした。

 その指の先にあったのは大きな扉。高さ二メートル程の両開きで、真っ黒い金属製に見える。見るからに頑丈そうだけど、あんな黒いスライムがいるなら当然かもしれない。

 ボロックさんが扉に歩み寄り、付けられた輪っかのような金属を手前に引っ張ると、ギチギチと音を立てて扉が開いていく。これでようやく外に出られるのか、なんて考えながらその光景を眺めていると――


「ようこそ、ドワーフの里へ――という感じかの」

 ボロックさんが少しおどけるように言った。

 黒い扉から続く幅三メートル程の大通り。その両脇に建ち並ぶ石造りの家々。

 なるほど、ここが……ドワーフの里、か……。そう思いながらボロックさんに続いて扉をくぐり、里の中へと入っていく。そして暫く歩くと神殿のようなものが見えてきた。何となくだけど見たことがあるような気がして少し考え、納得する。似ているのだ、巨大スライムがいた場所の神殿に。


「……」

 さて……大きな問題が二つある。まず最初に、ここがまだ洞窟内という事だ。ここは巨大スライムがいた場所と同じ、大きな空洞内に作られた里。てっきり扉の先は外だと思っていたのにまだ洞窟内で落胆している自分がいた。

 そしてもう一つ……。

「あの……ボロックさん。……何だか人が誰もいないように感じるのですけど」

 僕がそう聞くとボロックさんは歩きながら肩越しにこちらを振り向いた。

「さっき言ったじゃろ、ここは既に廃坑になっとるとな。ここに住んどるのはわしだけじゃよ」

 それだけ言うとボロックさんはまた前を向く。

 この里には最初から人影が一つも見当たらなかったのだ。というか、扉を開けた時、灯りがどこからも漏れていない真っ暗な空間だったので驚いたのだけど。まぁ確かに、鉱山を掘り尽くしたならこんな場所に里を作っておく必要はないかもしれないね。

 ……というか、一人しか住んでいないのに里と呼んでもいいのだろうか?


「ふむ……少し淀んでおるの」

 暫く進むと、そう言いながらボロックさんが立ち止まった。そしてすぐに呪文を詠唱し始める。

「風よ、この手の中へ《微風》」

 彼は右手を上げ、何かを吹き散らすように周囲に風を送り、暫くそうした後、「こんなもんかの」と言ってまた歩き始めた。

「今のは何ですか?」

「ん? 知らんのかの。洞窟で淀みが溜まれば人は生きられんようになるからの。適度に微風で散らしてやらねばならんのじゃ。地下に潜るドワーフなら誰でも知っとる話じゃよ」

 なるほど。う~ん……空気の淀み、か。確かに洞窟の中だと空気は淀みやすいだろうけど……微風程度の弱い風で散らしてどうにかなるようなモノなのだろうか?

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