第126話 ドワーフのボロック

「えっ?」

 そのいきなりな言葉に動揺してしまう。さっきは黒い巨大スライム相手に無茶な戦いを挑んでしまったけど、それをこのドワーフは知らないだろうし……どういう事なのだろうか。

 困惑していると、その様子を見たドワーフが口を開いた。

「ふむ……その様子じゃと、ここがどんな場所なのか知らぬようじゃの」

 彼はそこで一旦、言葉を切り、ゆっくりと顎髭を撫でながら話を続ける。

「ここはの、死の洞窟と呼ばれとる場所じゃよ」

「……死の、洞窟ですか」

「そうじゃ。ここではどんな生き物も生きては行けん。勿論、人間もじゃ」

 そう言って彼は洞窟の壁に寄り、グローブをした手で壁をガリッと引っ掻いて黒い汚れをすくい取る。そしてそれをこちらに見えるように掲げて言葉を続けた。

「この黒いモノをの、ワシらは死の粉とか闇の粉などと呼んでおる。これは生き物にとっては毒なのじゃよ。触れれば体を蝕み、やがては死に至らせる」

 彼は手の上の黒いモノを地面に落とし、パンッと手を叩く。

「じゃからの。この洞窟に入るなら、最低でもマスクとゴーグルは必須じゃ。素肌でも触れぬ方がええからの、全身覆える服もあった方がええじゃろうな。……ところで――」

 そこで彼は一旦、間を空け、そして言葉を続けた。

「――お前さん、死にたいのかの?」

「っ!」

 その言葉の意味をようやく理解し、体中に付いた黒い汚れ――死の粉をバサバサと落としていく。そして魔法袋から綺麗な布を取り出して鼻と口を覆うように巻いて頭の後ろで止める。ゴーグルも欲しいけど、生憎とそんなモノは持ち合わせていない。


「ふむ。今はそれでええじゃろ。……さて、お前さん、出口は分かっとるのかいの?」



◆◆◆



 ジャリジャリと洞窟の中に二人分の足音が響く。ランタンの灯りと光源の光に照らされ、複数の影が壁で揺れる。

 あれから暫く洞窟を歩くと、洞窟内の黒い汚れ――死の粉が少しずつ薄くなっていき、やがて黒い汚れは見られなくなった。死の洞窟とやらを抜けたのだろうか?


 前を歩くドワーフを見る。

 彼はボロックと名乗った。その彼が出口まで案内してくれると言うのでここまで着いてきたけど、良かったのだろうか? 彼は洞窟の奥へと進もうとしていたのだし、何か洞窟の奥に用事があったはずだけど。

 そう考えていると彼は立ち止まり、こちらを振り向いた。

「そろそろええじゃろ。さて、お前さんは微風が使えるかいの?」

 微風とは風属性の生活魔法。その名の通り風を生み出す魔法だ。

「いえ、覚えていないです」

「ふむ、じゃあわしがやってやろう。死の粉を外に持ち出すのはちとマズいからの」

 そう言って彼は微風の魔法を発動し、右手から出る風を僕に向ける。業務用のドライヤーのような強さの風が白いローブをパタパタと揺らし、死の粉を吹き飛ばしていく。その後、彼は自分にも微風を使い、「さて、出口はもうすぐじゃからの」と言ってまた歩き始めた。

 それを早足で追いながら話しかける。

「あの、ボロックさん。良かったんですか? 洞窟の奥に用事があったのでは?」

 僕がそう聞くと彼は肩越しにちらりとこちらを見て答えた。

「別にかまわんよ。急ぐ用事でもないしの。それにの、わしはお前さんに興味が湧いた。今はそちらの方が面白そうじゃしの」

「興味、ですか……」

「そう、興味じゃよ」

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