第220話 ダンジョンに入る子供とダンジョンに沈む太陽
「あ~……まぁそうだね」
いらないということはないけど、今の僕には特に必要はない。
「いらないなら貰っていってもいいかい?」
「かまわないけど……」
目の前にいる男の子を観察する。
歳は僕より少し下。小学生ぐらい。お世辞にもキレイとはいえない服。胴体には木の板が巻きつけられている。そして彼と同じ年頃の子供達が男女合わせて他に四人。全員、木製の棍棒を握りしめている。
あぁ、これは……。
なんとなく察する。これまでも大きな町ではたまにこういう子供達を見ることがあった。
エレムのダンジョンでは入場が厳しく制限されていて、入場料もあったからダンジョン内で見ることはなかったけど、ここには制限も入場料もない。だから入ってきているのだろう。
「ここで解体を見せてくれるならいいよ」
「よしっ! 交渉成立だ!」
子供達はテキパキと解体組と見張り組に分かれ、素早く解体に取り掛かる。
まずマッドトードを仰向けにし、古びたナイフで腹を縦に切り裂いた。
「お兄さん、まだ魔石も取ってないね。魔石も貰っていいの?」
「あぁ、いいよ」
「よっしゃ!」
男の子はマッドトードの体内に腕を突っ込み、中でグチャグチャと探るように手を動かし、そして引き抜くと、その手には血にまみれた魔石が握られていた。
それからマッドトードの首の近くとお尻の近くにナイフを滑り込ませ、内蔵を両手で外にかき出す。
周囲になんとも言えない臭いが広がる。
……やっぱり動物の解体は何度見ても気持ちの良いモノではない。出来れば解体作業はしたくない。でも、誰かがこれをやらなきゃ肉は手に入らない。必要な仕事なのだ。
男の子はマッドトードの脚の付け根の部分を手で触りながら確認し、ある一点にナイフをガツンと差し込み、それから脚に一周、ナイフを通すとマッドトードの脚がキレイに切断された。男の子はもう片方の脚も同じように切り落とし、次にマッドトードの腕部分にナイフを入れていく。
「そこも取るんだね」
「ここはあんまり肉がないし、美味しくないから売れないけど、食べられるからね」
そうしているとこちらに近づいてきているマッドトードがマギロケーションで確認出来たので素早くそちらに向かい処理し、その体を引きずって来た。
「お兄さん、強いね!」
「これも持っていっていいよ」
「本当に? 今日はツイてる!」
喜びながらまた解体を始めた彼らを見ながら、少し考えてしまうことはある。
袖触れ合うも他生の縁とは言うけど、こうやって多少でも関わって、見てしまうとやっぱりね。
「ここにはよく来てるの?」
「うん。ここは二階三階で稼いでる冒険者達が集まって来るからね!」
「冒険者達が集まって来るんだ?」
「そこに小川があるでしょ? そこで水浴びするから、その時に倒したマッドトードを譲ってくれるんだ」
「水浴び? ここで?」
「そうそう、二階にはゾンビが出るでしょ?」
「あぁ、そういう……」
ゾンビを鈍器で叩き潰してたら、その……。グチャッとドロっとビチャッとした、ゾンビ香水を振りまいた感じになってしまうのだろう。その状態では宿屋にも入れない。ここでキレイにする必要があるのだろうね。
二階三階に行く冒険者にとってはここのマッドトードなんて狩っても解体が面倒で店まで売りに行くのも面倒。大したお金にもならないから都合が良いのだろう。
それに共助的な考えもあるのかも。
「それじゃ僕は行くから。解体頑張って」
「俺の名前はアドル。またよろしくね」
「あぁ、機会があればね」
軽く手を振り、踵を返す。
色々と思うところはあるものの、グッとそれを飲み込み先に進む。
今の僕に出来ることなんて、多くはないのだから。
それから小川を飛び越え草原を進み、マギロケーションの端に例の見えない壁をとらえながら森に入って一階の外周をグルリと回っていく。
「おっと」
正面から飛びかかってきたスライムを右手でキャッチし、素早くそれを横にぶん投げる。
これは裂け目のダンジョンのルール、とまではいかないものの、マナーらしい。
最弱のスライムは死体などを溶かし吸収して生きている。つまり我々の倒したモンスターを片付けてくれる森の掃除屋。なので出来る限り殺さずに放置する。それがこの小さな箱庭である裂け目のダンジョンでは地味に重要らしい。
スライムを狩りつくしたらどうなるかはお察しだ。
それから更に森の奥に進むと周囲に冒険者やゴブリンの反応が増えてきて、ゴブリンと冒険者の戦いもよく見るようになってきた。彼らをすり抜けるように避けながら森を歩き、やがて二階へと続く裂け目に到着した。
一階と外とを結ぶ裂け目と似たような形をしているけど、微妙に違う。紙を引き裂いた時に出来る裂け目が同じ形にならないように、空間に出来る裂け目も裂け方は微妙に違ってくるのだろうか。ちょっとしたトリビアだ。どこかの番組に投稿したい。
裂け目に出入りしている冒険者を横目に通り抜け、外周沿いに今度は入口を目指す。
ここまでこのダンジョンを歩いて来た感じ、ここは本当に普通の森と草原だ。マギロケーションにもおかしな反応はない。外側の透明な壁がなければ完全に外の世界とは変わらない。
暫く進むと地面のアップダウンが激しくなり、岩が多い地形になってくる。
大岩と大岩の間を抜け、小高い丘を登っていると、マギロケーションにゴブリンっぽい反応があった。
体を低くし、足音を殺しながらそちらに近づくと、崖の下にゴブリンの集団がいた。まだ集落というレベルではないけど、コロニーが作られているのだろう。よく見ると、その中に他のゴブリンより一回り大きいゴブリンがいた。
「あれはゴブリンソルジャーかな?」
そのゴブリンソルジャーは冒険者から奪ったのか、兜をかぶり、立派な棍棒を持っていた。
「なるほど……」
やっぱりこのダンジョンのモンスターは外のモンスターと同じだと感じる。
ここのモンスターに比べると迷宮型ダンジョンのモンスターは均一的すぎる。
「見つけちゃったし、間引くか」
ここは低ランクゾーンだし今日はあまり戦闘をするつもりはなかったけど、ゴブリンの上位種が出てきて集団化しようとしているなら倒すしかないだろう。
「神聖なる光よ、解き放て、
一瞬で魔法を完成させ、ゴブリンソルジャーに放ち、崖を飛び降りた。
「グエッ!」
「グギャッ! グギャッ!」
ゴブリン達がこちらに気付いて慌てるが、既にゴブリンソルジャーは絶命している。
地面に着地すると一気にゴブリンに走り寄り、短く持ったミスリル合金カジェルをコンパクトに振り下ろし、的確にゴブリンの頭を砕いていった。
棒は槍と違い、その両端を同じように武器として使えるのが面白いかもしれない。短く持って剣のように使い、長く持って槍のように使う。様々な使い方が自由に出来る。
「ゴフッ……」
最後の一匹の頭をかち割り、そこで大きく息を吐く。
かなりミスリル合金カジェルを違和感なく使えるようになってきたかも。やっぱり槍術を学んでいたのが良かったね。
そう考えつつナイフを取り出し、ゴブリンの胸から魔石をえぐり取る。全ての魔石を集め終えたところで魔石と自分に浄化をかけてキレイにした。
その全てを手のひらに乗せ確認する。
ゴブリンソルジャーの大きな魔石が一つと残りが小さな魔石。
「やっぱり揃ってないね」
ゴブリンソルジャーの魔石が他より一回り大きいのは当然だけど、普通のゴブリンの魔石も微妙に不揃いで大きさが違う。
迷宮型ダンジョンで出るモンスターの魔石はどれもランクごとに大きさが統一されている。しかしダンジョンの外の世界に生息しているモンスターが持つ魔石は同じランクの同じ種族でも不揃いだ。そしてこの裂け目のダンジョンのモンスターが持つ魔石も不揃い。
「ふむ……」
やっぱり裂け目のダンジョンと迷宮型ダンジョンでは全てが違いすぎるね。
傾きかけて色を濃くしつつあるダンジョンの太陽を見ながらそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます