第219話 裂け目のダンジョンへ
それから冒険者ギルドの裏手を借りてミスリル合金カジェルの感触を確かめていった。
槍のように突いてみて、薙ぎ払い、叩きつける。
やっぱり槍術は棒術とは根本的に違うので槍と同じように扱ってはいけない気がする。けど棒術についてはそこまで詳しくないから槍術にプラスして鈍器を扱うような感覚でやっていくしかない気がする。
ミスリル合金カジェルの中央部を両手で持ち、剣を振るようなイメージでコンパクトに振り下ろす。そして手をスルスルっと滑らせて端に持ち替え、長い棍棒を振り回すようなイメージで大ぶりな一撃。そこから勢いを殺さずに回転し、槍のようなイメージで突いてみる。
「対人ならともかく、モンスター相手に棒での突きはイマイチかも」
まぁ実際にやってみないと分からないけどね。
次はミスリル合金カジェルを握ったまま、それを杖のようにして魔法を使ってみる。
「光よ、我が道を照らせ《光源》」
魔力がスムーズにミスリル合金カジェルに流れこみ、違和感なくその先端で光の玉を形成する。
「これは中々いいんじゃない」
鉄の槍では魔力の流れが悪く、こうはいかなかった。これなら武器を使いながら魔法を使うことも出来る。だとすれば、鉄の槍の時とは違う新しい戦い方が出来るかもしれない。
そうしてその日は夕方になるまで訓練し、近くの宿屋で一泊した。
翌日、朝からダンジョンに入るために早めに宿を出た。
今日はダンジョンの一階部分をくまなく調べてみるつもりだ。冒険者達からは教会で聖水を買っておくようにと勧められたけど、それはゾンビが出る二階から必要になるのだろうし、明日でいいだろう。
宿からダンジョンがある広場に行くと、多くの冒険者達がゾロゾロと裂け目のダンジョンに侵入していくのが見えた。その光景は非常に不思議で、少し恐ろしさも感じた。なんせ得体の知れない謎の場所に人が消えていくのだから。
更に裂け目に近づいていくと異様さがより鮮明に見えるようになり、余計に気持ち悪さを感じる。裂け目の中には奥行きがあるように見え、奥には黒い球体のようなモノがあって、そこに黒紫色のなにかが渦巻きながらそちらに流れていくように見える。しかし裂け目に入った冒険者達はそこに行くわけではなく、入口のところにズブリと入るとそこで消えるのだ。まるで奥にある黒い球体がただの背景であるように。
「おい、入らないならどいてくれや」
「すみません!」
入口で躊躇していると後ろから声をかけられたので慌てて裂け目に入る。
まず左手から裂け目に入れると指先からズプリと消えて見えなくなる。裂け目を超える時にはヌルい油を纏ったようなヌルっとした感覚があり、気持ちが悪い。
後ろが支えてるので覚悟を決め、グッと全身を裂け目に押し入れると――
「おおお!」
青い空、光る太陽。そして流れる小川。
そこには緑の大地があった。
事前に調べていたけど、これには驚くしかない。
ここには完全に別の世界が存在していた。ダンジョンとかそういったモノではなく、これはむしろワープ装置とかそちらの方がまだ納得出来る。
後ろからどんどん入ってくる冒険者達を避けながら小さくマギロケーションを発動した。
「ん?」
その反応に違和感を覚えて振り返る。
目の前にはさっき入ってきた裂け目があり、その後ろ側には遠くまで続く草原が広がっていた。
僕の目には間違いなくそう写っている。
しかし……。
「なにもない……だと?」
そこには、なにもなかった。
正確に言うと、裂け目の後ろに見える草原が存在していない。
裂け目の後ろ一〇メートルぐらい先に真っ直ぐな壁があり、その先にはなんの反応もないのだ。
しかしこの目には遠くまで広がる草原が見える。
「これは、どういう……」
恐る恐る壁際に近づき、そこに手を伸ばす。
なにもないその空間に手が触れると、ガラスのようなツルツルとして硬質な触感が伝わってきた。
それにペタペタと触り、手の甲でコンコンと叩く。傍目にはパントマイムをやっているように見えるかも。
この壁の見た目は透明度が異常に高い板ガラスのようだけど、マギロケーションの感覚ではそんな薄いモノではなく……。いや、そんな次元の話ではないな……。
ミスリル合金カジェルを構え、ゴンゴンと軽く叩いてみる。
しかしこれぐらいで壊れるような気配はまったくない。一度、全力でやってみようかと思い、ミスリル合金カジェルを振りかぶると。
「おい、やめとけって。それぐらいで壊れるもんじゃねぇから。武器が傷むだけだぞ」
通りすがりの冒険者がそう言って通り過ぎていった。
軽く息を吐き、ミスリル合金カジェルを地面に立てる。
これは恐らく、ホログラムとかVRとか、そういった感じのモノなんだろうな。
一見するとまったく別の場所に来たかのように感じるけど、この場所は確かに壁に囲まれた箱の中。ダンジョンという名の箱庭なんだろう。
これを作ったのは……。
「人ではない、のかもね」
迷宮型のダンジョンも人の技術を超えた場所ではあったけど、ここに関してはもっと超常的なモノを感じる。今の僕には想像も出来ない存在の思惑の一端がこの場所にはある。そんな気がするのだ。
◆◆◆
「さて、と」
冒険者ギルドで写してきた地図を広げる。
それによると、僕達が入ってきた裂け目から見て左手側に小川があり、それがマップの反対側まで続いていて、右手側には岩場がある。裂け目から真っ直ぐに進むと森があり、それを抜けると二階に進むための裂け目がある。これがザックリした一階の地形だ。
この階で狩りをする冒険者達はゴブリンが生息している中央部かマッドトードが出る川の側で狩りをするらしいので、それを邪魔しないように外周沿いにグルっと一周することにした。
話を聞いている限り一階は比較的狭いらしいので問題ないだろう。
展開してあるマギロケーションを頼りに索敵しながら時計回りに草原を進む。
爽やかな風が頬を撫で、草原がザザザっと音を奏でる。
ってよく考えると風があるのか……。それっておかしくない? ……いや、ここは草原なんだし風ぐらい吹いたって普通じゃないか。おかしいのは僕の方かも。……いや、本当にそうなのか?
なんだか感覚がバグりながら歩いていると、小川が見えてきた。
ってよく考えると小川が……。まぁいいや。もうここはそういう場所だと割り切ろう。
するとマギロケーションに生物の反応が映る。場所は前方、小川の近く。形からしてマッドトードだろう。
ミスリル合金カジェルを握り直し、ゆっくりと近づいていくと、その距離が五メートルぐらいになった時、マッドトードがこちらに気付いたようで、体をこちらに向けた。
どうやら索敵能力は高くないようだ。これなら低ランク冒険者の良い飯の種だろうね。
マッドトードがピョンピョン跳ねながらこちらに寄ってきたのでミスリル合金カジェルをクルリと回転させ、上から叩きつける。するとそれが上手く頭に直撃したようで、マッドトードはその一撃でピクリとも動かなくなった。
「まぁ、こんなものでしょ」
流石にこのランク帯の相手は余裕だ。
体もちゃんと動いたし、ミスリル合金カジェルも違和感なく動かせた。武器を変えての初戦としては上々ではないだろうか。
それから暫くマッドトードを観察する。観察する。観察する。
「へぇ、本当に消えないんだ」
どれだけ経ってもマッドトードは相変わらずその場に残ったまま。
実は裂け目のダンジョンで倒したモンスターは消えないのだ。最初それを聞いた時、僕も驚いた。これがエレムのダンジョンのような迷宮型ダンジョンならすぐにモンスターの体が迷宮に飲み込まれて消え、ドロップアイテムが残る。しかしここのモンスターは外に生息しているモンスターと同じように倒しても消えることはない。そのままその体は残り続ける。となると……。
「ちょっと面倒かな」
倒したモンスターは全て解体し、最低でも魔石だけは取り除かなければならない。魔石を残すとアンデッド化する可能性があるからだ。
マッドトードの足を売っても大したお金にならないし、そもそもカエルの解体方法も知らない。
と、考えていると横から近づいて来た一団に声をかけられた。
「お兄さん、そのマッドトード、いらないのかい?」
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