第196話 謁見許可
「謁見許可が出た」
食堂のいつものメンバーがいる席に座ると、サイラスさんが小声でささやいた。
思ったよりも早かったかな。もうちょっと日程調整とか色々とあると思ったけど。
「意外と早かったね」
「あぁ、ダリタが上手く話をつけてくれたらしい」
なるほど。やっぱりクラン内に伝手があると強い、という感じかな。流石、公爵令嬢……って、よく考えなくてもダリタさんは公爵令嬢なんだよね? しかも、この国の成り立ちを考えれば実質的に王女に近い存在と言ってもいいはず。普通にクラン内にいて普通に接してくれるからまったく意識してなかったけどさ。
「今更だけど、ダリタさんのことを『ダリタ様』とかみたいに呼んだ方がいいのかな? それに公爵様に会う時もどうすればいいのか……」
改めて意識してみると相手の大きさに不安な気持ちが湧き上がってくる。
会うのはこの国の公爵。しかも国王がいないこの国の最高権力の一角だから他国の公爵より権力が大きいはず。でも、僕はこの国の貴族のマナーとかしきたりとかをまったく把握していない。それはちょっと……マズい気がする。
地球でも、例えばヨーロッパ各国にもそれぞれ少しずつ違うマナーがあって、ある国では正式なマナーなのに隣国では逆になるようなモノもあったはずだし。つまり常識的、合理的な考えから判断した行動でも無礼だと思われる可能性は十分にあり得てしまうわけだ。
もしかすると『貴族の部屋にはコサックダンスで入室するのが礼儀』みたいな、知らなきゃ無理ゲーなルールが存在している可能性も小数点以下の確立であるかもしれない。
公爵様がいる部屋に皆で入ろうとした瞬間、一斉にサイラスさんやルシールがコサックダンスを踊り始め、僕だけなにが起こっているのか分からず、混乱しながらも慌ててコサックダンスを真似ようとして失敗してすっ転んで公爵様に怒られて打首獄門……みたいな展開だってあるのだ。
「……」
……いや、流石にないよね?
でも日本にだって『出先で出されたお茶やコーヒーを飲むのは失礼』とか『徳利は注ぎ口で注いではいけない』みたいな謎マナーは存在しているわけで、これを『ありえない』と断言してしまうのも危険だろう。
「あー……貴族同士では色々とあるが、冒険者にはそこまで求められてないぞ。基本的には失礼なことさえしなければ普段通りで大丈夫だ。ダリタについても大丈夫だろ。シューメル家は武門の一族で、そういうマナーとかには厳しくない。それに、ダリタはクランで特別扱いされるのを嫌っているしな」
なるほど。それなら大丈夫だろうか。
それから詳しく確認していった感じ、入室時にコサックダンスを踊る必要はなさそうだし、その他にもおかしな謎マナーはなさそうだった。
少しホッとした。
「それで、当日はどんな格好で行けばいいのかな?」
これまで冒険者として暮らしてきたから晴れ着なんて持ってないし、この世界の正装がどんなモノかはまったく分かってない。なにか用意する必要があるなら聞いておかないと。
「別に今のままでいいんじゃないか。なぁ?」
「いいんじゃなーい。ダリタも準備は必要ないって言ってたじゃん」
……本当に大丈夫なのか? これってもしかして『軽装でお越しくださいトラップ』なのでは?
気軽な格好でいいよ! って言われたからいつも通りで行ったら他全員スーツで恥かくやつ!
嫌だよ! 異世界に来てまでそんな展開!
「だが他の貴族の時は気を付けろよ。そのあたり色々と煩い貴族もいるらしいからな。見た目やマナーに煩かったり、屋敷に入る前に身体検査をする貴族もいるらしいぜ」
「むしろそっちの方が貴族っぽいイメージなんだけど」
権力者に会う前に身体検査をするのは当然な気がする。変なモノを持ち込まれたれたら困るし、隠し持った武器等で襲われたらたまったもんじゃない。
……う~ん、そうか、身体検査か。権力者に会うならそういうこともある、よね。
まいったな。パッと思い付くだけでもいくつか人に見られたくないモノがあるぞ。
リゼに貰った妖精の薬とか、聖石にしてもそう。入手先を聞かれても答えられないし、答えたとしたら余計に面倒なことになる。
う~ん、ちょっと考えても良い対策が思い付かないな。事前に分かってたらどこかに隠すしかないか。
「まぁ、高ランク冒険者なら皆、隠し玉の一つや二つぐらい持ってるから身体検査を嫌がるしな。普通は貴族もまずやってこないはずだ。冒険者に無駄に嫌われても損しかない」
「冒険者との関係を悪化させて消滅した町もある。特に強いモンスターが出る地域は強い冒険者を引き止められないと存続出来ないから」
ここまで黙々と食事を続けていたルシールがそう言った。
なるほどねぇ。なんとなくこの世界の仕組みがまた一つ見えてきたかも。
この世界の領主は、その地域に出るモンスターの強さに合った冒険者を上手く誘致出来るような政策を意図的に行う必要があるのだろう。
冒険者が集まらないとモンスターを自軍で討伐するしかなくなり、軍事費が増えて財政を圧迫する。そしてその町の赤字が常態化した時、そこに町を維持する意味がなくなる。そう考えていくと、この世界って周辺にお金になるモンスターがいることが、町が存続出来るかなり大きな要因になってる気がする。勿論、森の村のようにモンスターが出ないことで農業がやりやすくなったり、ダンジョンの存在で維持出来たり、主要街道沿いの宿場町として維持出来る町もあると思うけど。
でも、国や貴族が領地を開拓して新しく町を作っていこうと考えてもかなり難しいのだろうと想像出来る。町を新たに作っても周辺に旨味のあるモンスターがいなければ冒険者は集まってこないので討伐報酬を値上げしたりして冒険者を呼び込む必要があるけど、それだと町の運営が赤字になってしまう。そうなると、それ以外にお金になるナニカが必要になるはず。例えば、鉱山とかダンジョンとか。
……よく考えると冒険者なんて必要がないように周辺のモンスターを全て狩り尽くしてしまえばいいのかも。……いや、まずモンスターを狩り尽くすことが可能なのだろうか? ……そもそもモンスターってどこから現れてるのだろうか? モンスターが卵や子供を生んで増えるのは確認しているけど、そのもっともっと前は?
モンスターが親から物理的に生まれているのなら、全てを狩り尽くせばいなくなるはずだけど、そうでない可能性もある。というか、そんな単純な話ならもっとモンスターの領域が狭くなっている気がするし。
……まぁ、これ以上は考えても分からないかな。
でも、もしかするとだけど、お金になるモンスターがいなくて不味い地域は誰も入っていかないから探索も進んでなくて、思わぬ発見があるかもしれない。未開のダンジョンとか、古代遺跡とか――
「おーい、聞いてるぅ? ……ダメだ~自分の世界に行っちゃってる!」
そうしてこの夜も過ぎていった。
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