第195話 生活魔法の検証
手の中の魔法書が燃え落ち、塵も残さず消えた。
これで全ての生活魔法を覚え終わった。では早速、使ってみよう!
まずは……そうだな、水滴からにしようか。
「水よ、この手の中へ《水滴》」
お腹の奥から魔力が流れ出し、右手に集まって水の玉となる。
直径は五センチぐらいだろうか。以前、メルが使っていた時より小さい気がする。
「これはINTの差か、アビリティの有無の差かな? それとも他の要因があるのか」
しかしこの水はどこから来たのだろうか?
空気中の水分を集めたのか、別の場所から移動させたのか、それとも魔法で無から生み出したのか。まだ分からないけど、別の場所から移動させた、という説は違う気がする。空間転移的な事象が起こったにしては流石にコストが低すぎると思うし。
まぁそれはいいとして……。
「この水、どうしよう……」
ちょっと考えてなかった……。なにか適当に探すか。
少し考え、左手で背負袋を探って鍋を取り出し、その中にパシャリと入れた。
ちょっと思い付いたので、味見をしてみる。
「温いし、味は……普通かな」
井戸水のように冷たくはなく、味的にも平凡。なにも語るような情報はない。よくある水だ。
確かポーションはこの水で作ると良いんだっけ? その辺りの仕組みも調べたいけど、今はこれ以上、調べようがない気がする。
……あぁ、そうだ。
「この指輪を外しても発動するか、調べておこうか」
オリハルコンの指輪のおかげでこの魔法を覚えることが出来たのなら、もしかするとオリハルコンの指輪を外していると使えなくなる可能性もある。
指輪を外して机に置き、魔法を発動してみた。
「水よ、この手の中へ《水滴》」
お腹の奥の魔力がゆっくりと動き出し……なんだか暴れながら右手に集まってくる。
「ちょ、ちょっと、なんか、これ……」
右手からその魔力が放出され、直径二センチぐらいの不定形な水の塊が産み落とされた。そしてグネグネと波打つそれに僕の意識が逸れた瞬間、パシンと軽く弾け、床にポチャリとシミが出来る。
……それは初めての感覚だった。まるで自分が使った魔法ではないような、上手くコントロール出来そうにない手触り。
つまり指輪がなくても魔法は使えるけど、安定はしないし本来の能力も発揮できない。実質的に使えないと考えていいだろう。
「なるほど」
いやぁ、水滴の魔法で試しておいてよかった。火種とかで試してたらとんでもないことになってたかも。
机の上からオリハルコンの指輪を取り、指にはめる。
この指輪を付けている時、限定か。う~ん、これ、目立ちそうだし普段は外しておきたいんだよね。
まぁ、使えなくなるのは光源の魔法以外の生活魔法だけだし、これまでそれがなくても問題なかったんだから、これから使えなくても大した問題ではないよね。
でも水滴の魔法があるならあるで頻繁に使うかもしれない。やっぱり安全な水を常に確保出来るのは大きい。これまで飲み物は薄い葡萄酒を食堂で買って水筒に入れていたけど、水でよくなるわけだし。
いや、葡萄酒をずっと買わないでいると水滴の魔法が使えるとバレそうだし。そう考えると、せめて指輪がなくても魔法が使えるようになるまでは今まで通りの方がいいか。
さて、水滴の魔法についてはこれぐらいにして、次の魔法を試してみよう。
「火よ、この手の中へ《火種》」
右手の上に小さな火の玉が現れ、ユラユラと燃える。
これで野宿の時もホーリーファイアを使わなくても火がつけられる。
ホーリーファイアでも火はつくけど、あれは何故か火が白くなるから目立つんだよね。それでもちゃんと火としての機能はあるからいいんだけど、他の人がいる時は使えないしさ。
よし、次の魔法を使ってみよう。
「大地よ、この手の中へ《躁土》」
右手に集まった魔力が放出され、そして霧散した。
「……」
魔法書を読んだ時点でなんとなく気が付いていたけど、これで確信した。これは土を動かす魔法なんだと思う。ここで使っても意味がないようだった。これはまた今度、外に出た時に再検証かな。
次の魔法を使ってみよう。
「闇よ、我が身を掴め《重量軽減》」
どうやら対象を指定する必要があるみたいだったので、適当に目の前の机を指定して魔法を発動させた。
右手から生まれた黒いモヤモヤが机を包み、そして消えていく。
机の端を掴み、ゆっくりと持ち上げてみた。
「……これ、なにか変わってる?」
重さを軽くする的な効果だったはずだけど、実感出来るような効果がない。
う~ん……さっきから全体的に効果が小さい気がするんだよね。水滴の魔法とかメルが使っていたものと比べるとちょっと小さいし。やっぱり無理に覚えた魔法だから効果が弱いのか、僕のレベルが低いとかアビリティがないからとか、そういう問題があるのだろう。
次の魔法を使ってみよう。
「風よ、この手の中へ《微風》」
右手に集まった魔力が放出され、緩やかな風が吹いた。
それは、隣を誰かが歩いた時に感じるぐらいの、本当に微風。
もう一度、今度は右手を自分に向けて使ってみる。
「あぁぁぁぁ、涼しいかも」
扇風機にしてはちょっと弱い微妙な風だけど、暑い時には使えるかもしれない。この効果付きの服とか鎧があれば夏場は重宝するかもね。もしかすると、そういう魔法武具は存在するのかもしれないけど。
何度か微風の魔法を使って涼み、そして飽きた。
使えなくもないけど、別にあってもなくてもそんなに困らない魔法というかさ、火種と水滴はかなり重宝しそうな魔法だと感じるし、光源もかなり使えると思う。重量軽減も磨けば光そうな可能性を感じる。しかし操土と微風は……。
「ちょっと、不遇じゃない?」
そういや、操土はランクフルトでスタンピードがあった時、同じ土属性のストーンウォールと一緒に障害物造りに使用されてたっけ。そう考えると操土には使い道がある気がするし……。となると残りは微風だけになるけど、どういう使い道が考えられるだろうか? 上手くやればドライヤー代わりに使える? 干物を作る時は便利かも!
「……いや、やっぱり不遇すぎない?」
う~ん……。微風……微風……。なにか忘れているような気がしないでもない。
この魔法、以前どこかで使われているのを見たことがあるような……。どこだっけ?
頭の中の記憶を引っ張り出しながら確かめていく。
南の村、森の村、ランクフルト、エレム、港町ルダ。そして山の中から地下に入り、黒いスライムを倒してボロックさんに会って……。
「あ! ボロックさんか!」
確か初めて会った時、死の粉を吹き飛ばすために使っていたはず。
そしてその後――
「んん?」
その後も使っていた。確か『空気が澱むと人は生きられないから』とか、そんな感じの理由で洞窟内に微風の魔法を何度もばらまいていた。
空気が淀むと生き物は生きられないから淀みを吹き飛ばす……。
なんか……こう、なにかが分かりそうで、しかし上手く出てこない。
洞窟では空気が淀む。ドワーフなら知っている。ドワーフは地下に潜る。地下は酸素が少ない。
「あっ!」
なんとなく、糸口を見付けたかもしれない。
「水よ、この手の中へ《水滴》」
さっき出した鍋の中に水滴の魔法で水を溜めていく。一回の量が少ないので何度か繰り返し、一〇センチぐらい溜まったところで右手をその中に入れた。そして――
「風よ、この手の中へ《微風》」
水の中で微風の魔法を使う。
右手に集まった魔力が放出され、それが風になっていく。
鍋の中に入れた右手。その指の隙間から、大小様々な泡が湧き上がり、水面からポコポコと浮上してきた。
「やっぱりか」
この魔法、風を起こしているのではなく、気体を発生させている。
別の場所から転移させてきているのか、魔力から変換しているのかは分からない。でも、これは周囲の空気を動かして風にしているのではなく、手の中に気体を生み出しているのだ。
ということは、ボロックさんはこの魔法で風を起こして淀みを飛ばしていたのではなく、その場に空気を生み出して換気していたということか?
いや、まずこの気体はなんだ? 酸素なのか二酸化炭素なのか窒素なのか……。
少し考えた後、背負袋の中からカップと紙を取り出し紙の端の部分をよじり、カップを水の中に入れる。そして右手も水の中に入れて魔法を発動した。
「風よ、この手の中へ《微風》」
ボコボコと湧いてくる気体を手の角度を変えながら水の中でカップの中に集めていく。
あふれるまで集まったところで魔法を止め、蓋になるようなモノがないので鍋の底にカップを左手で押し当てながら右手を引き抜き、紙に着火。
「火よ、この手の中へ《火種》」
そして燃える紙を右手で持ち、左手でカップを水から引き上げた瞬間、火をカップの中に入れた。
「……変わらない、か」
しかし変化がない。
火は特に変わらず、紙を燃やし続けている。
これは燃焼実験。小学校か中学校の頃にやったアレだ。
カップの中が酸素なら火は激しく燃えるし、二酸化炭素とか窒素なら火は消えたはず。
しかしなにも変わらないということは、適度に酸素が混じった気体。つまり……。
「普通の空気である可能性が高そう」
まぁこの実験自体、簡易的なモノだし、どこかに不備があるかもしれないから断定は出来ないけど。
でも恐らく、この魔法は酸素を含んだ気体を発生させている可能性が高い気がする。
もしかすると、ドワーフ達は地下で生きる中で減少しがちな酸素をこの微風の魔法で補ってきた、という可能性はないだろうか? 普通に考えて、地下の奥底で小さな風を起こして軽く淀みを吹き散らかしたところでなにかが解決するとは思えないけど、地下に潜るドワーフの間では当たり前のように行われていることらしいから意味はあることなんだろうしさ。意味があるなら酸素である可能性が高い気がする。
そう考えると水滴の魔法も空気中の水分を集めて水にしているのではなく、魔法を水に変換しているのかもしれない。
魔力で物質を作り出せるとなると、この星の質量は無限に増え続けるような気がしないでもないけど、それを考えると武具強化で失敗した時の武具や魔法を覚えた時の魔法書は綺麗サッパリ無に帰っているわけで。つまり、絶えず物質が魔法で生み出されたり魔法で消滅したりする世界である可能性も否定出来ない。
まぁ、それも仮説でしかない、か。
可能性を考えていけば、いくつも可能性が浮かんでくる。魔法で物理法則が無視出来てしまう可能性がある以上、地球での理論で出した答えでも、『それ、魔法でひっくり返るので』と言われてしまうと終わりだからだ。
「やっぱりこの世界は面白いや」
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