第33話 魔物の群があらわれた!

「右前方、エルシープ!」


 普段寡黙なラキの声が飛ぶ。

 その声に弾かれるようにダンが抜剣し、馬車の右側へと走った。

 僕もそれを見て慌てて後を追う。

 ダンが走り抜ける途中「ギルムさん! 馬車を止めてくれ!」と叫んで馬車を止める。


 あんな話をしたからフラグでも立ててしまったのか、さっきの休憩から数時間後、もうすぐランクフルトが見えてくるというところでモンスターと遭遇した。

 僕にとってはこれがダンジョン以外で初めての戦闘になる。

 さっきはモンスターがまったく出ない事に拍子抜けのような感覚があったけど、実際こうやっていきなりモンスターが出てきた今は心臓がバクバクしてるし、手には力が入っている。

 ダンを追って走りながら、こいつはマズいな、と思う。

 さっきラキはエルシープと言ったけど、それがどういうモンスターなのか頭に浮かんでこないし、どういう強さなのかが分からない。そもそもパーティでの戦闘が初めてで、これからどう動けばいいのかも分からない。


 馬車の右側へと到着すると右前方の五〇メートルほど先に白いモコモコした何かがこちらに突進してきているのが見えた。

 そしてそれにラキが矢を射掛けている。

 あれ、は……羊? エルシープ、シープ……羊か!

 まだ距離があるからはっきりとは分からないけど、全長は一メートルと半分ほどで普通の羊より少し大きいぐらい。だが百キロは超えそうなあの体格から繰り出される突進は馬鹿に出来ない。というか普通の人間なら跳ね飛ばされるんじゃないのか。


「馬車を守るぞ! 奴の突進を受け止める!」

 ダンはそう言うと、取り出した盾を構え、腰を低く落とし、剣と盾をガンガンと何度も打ち合わせて「ウォオオオオオオオオ!!」と大声で吠えた。

 すると、すぐそこまで迫っていたエルシープがピクリと反応し、ダンの方へと微妙に進路を変える。

 それを見たダンは腰を回して左手で持っていた盾を引き、どっしりと構えて待つ。

 そしてエルシープがぶつかってくるその瞬間、盾をその体ごとエルシープの頭へとぶち当てた。

「ブメェェェ!」

 ガツン! という大きな音を立ててエルシープが止まり、苦悶の声を上げる。


 歯を食いしばり、多少仰け反りながらも受け止めているダンを見て、凄いな、と思う。

 あんな重量のありそうなモンスターの突進を受け止めるなんて、今の僕には真似できそうにない。いや、出来たとしても遠慮申し上げたい。

 でも、状況的に誰かが受け止めるしかなかったはずだ。

 避ける事も可能だったろうが、恐らくそれでは馬か馬車が狙われたはず。そうなれば依頼は失敗だろう。僕達の誰かが受け止めるか、囮になって馬車から逸らすしかない。が、受け止められるなら受け止める方がいい。

 受け止めたなら、そこからは割と簡単だからだ。


 ダンがエルシープを受け止めた瞬間、その左からメルが飛び出して、エルシープの首筋に槍を打ち込んだ。

 エルシープはそこまで大きなモンスターではなく、突進さえ上手く止めて接近戦に持ち込めば難しい相手ではなさそうだった。

 そこからはダンも攻撃に加わり、すぐにエルシープは力尽きて倒れた。


 エルシープが動かなくなり、皆が武器を下ろす。

 僕も緊張で握りしめていた杖から力を抜いた。

 結局、今回は何も出来なかった。と言うより、何をすればいいのかが分からなかったと言うか……いや、して良いこと、悪いことからまず分からなくて動けなかった、という感じか。

 下手に手を出したら、もう既に出来上がっている彼らの連携を崩して、それが彼らのミスに繋がるかもしれないと考えたら怖かったのだ。例えば、ライトボールの魔法を放ったとして、それで僕にターゲットが移って狙われたらどうするか、とか。

 そういえば僕は今までパーティを組んだ事がない。今回の事で、パーティのセオリー的な基本部分も分かってなかったんだな、と理解させられた。

 せめて彼らと打ち合わせ出来てれば良かったけど、その時間もなく。最初にダンから「もし何かあれば俺の後ろ側にいてくれ」と言われただけで、細かい連携とかは町に戻ってから詰めていこう、という話になっていた。


「右側! もう一匹!」


 色々と脳内で考え込んでいると、またラキの声が飛んだ。

 慌てて意識を現実へと引き戻し、右側を見てみるとまたエルシープが突撃してきていた。

「くそっ、またかよ!」

「誰かモンスターに好かれてんじゃないの!?」

 と、ダンとメルが叫ぶ。

 僕にはそんな変な特性はないはず。……ないよね?


「シッ!」

 真っ先にエルシープを見付け、既に弓に矢をつがえていたラキが矢を放つ。

 その矢はまっすぐに飛んでエルシープに突き刺さり、少しエルシープの勢いが落ちる。

 それを見て僕はちょっと考えた。

 ラキも弓で攻撃しているんだし、僕もライトボールを放ってもいいよね?

 このまま何もしないで見ているだけなのも落ち着かない。だからって僕も前に突撃するのはありえないし、ダンが受け止めた後にメルの横で杖持ってボコボコ殴るってのも、何か……こう、ちょっと絵的に違う気がする。あれだけ杖でゴブリンを撲殺しといてアレだけど、パーティになった以上は杖を持った後衛のやるような事ではないはず。

 ここは後衛らしく魔法で攻撃するべきだ。

 出来れば、あのエルシープの突進を止められるぐらいの強い一撃が欲しい。強い一撃……強力な一撃を。

 そう考えながら詠唱を始める。

「光よ、我が敵を撃て」

 へその奥、丹田のあたりから何かが体内を駆け巡り、右腕から杖へと集まり光となる。

 あれ、何だかいつもより流れる量が多いような……気のせいだろうか? まぁいいや、今は魔法に集中しよう。

 そして僕は杖の先をエルシープへ向け、力ある言葉を紡ぎ出した。


「《ライトボール》」


 その瞬間、杖の先からいつもより一回りほど大きい光の球が出現し、エルシープに向けて一直線に突き進み、ドカンと大きな音を立てながらエルシープの脳天にぶち当たる。

「……ブメェ」

 エルシープは空中で錐揉み回転しながら数メートル吹き飛ばされ、そして墜落し地面を転がった。

 効果は抜群だ。

「……」

 一瞬、全員が言葉を失って硬直するも、メルが真っ先に再起動してエルシープへと走り寄り、槍の先を突き入れてとどめを刺した。


 あれっ……何かいつもよりライトボールが大きかったような……。

 威力に関しては、同じ相手に使って比べないとはっきりとは言えないけど、以前よりも上がっている? ような気がする。

 なんでこうなったんだ? 何か今までと違ったか?

 頭を捻って色々と考えてみる。

 そういえば、あの時は咄嗟にエルシープの突撃を止められるほどの大きな威力が欲しいと願った。そしていつもより腹の奥から流れる何か――恐らく魔力とかMPとかと言われるものだろうが――が多かった気もする。

 そしてライトボールが大きくなり、威力が上がった。

 ……もしかして、魔法って予想していた以上に自由度があるのだろうか。


 この世界の魔法は魔法書を使用する事で覚える事が出来る。

 そして魔法には色々な種類があり、その呪文の一つ一つに魔法書が存在している。

 なので、この世界の魔法には術者がアレンジ出来るような余地はなく、誰が使っても発動する呪文は基本的に同じ。アビリティやINTなどのパラメータの違いで威力が増減する程度だと思っていた。

 資料室の本にも、そのあたりの事は詳しくは載っていなかったし。

 だが、さっきのライトボールを見る限りでは術者の意思が多少は反映されているような気がする。詳しくはこれから検証していかなければ分からないけど。それが正しいのなら、もしかするとホーリーライトの呪文に関しても目立たないようにエフェクトなどを改善出来るかもしれない。


 新しい発見に顔がにやけそうになる。今すぐにでも検証したい。

 だが今ここで実験するのは無理だ。

 護衛依頼中に、そこら中に無駄に攻撃魔法を飛ばしまくる護衛なんて僕なら即解雇する。

 また時間を見付けて実験しよう。

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