第32話 !!魔物の群があらわれ……ない

 カラカラと馬車の車輪が回る音が響く。

 周囲にはゴツゴツした岩がまばらに点在する草原が広がり、少し遠くには森が見える。あとはその奥、さらに遠くには高い山脈が見えている。

 これが今朝からずっと続いている僕の周囲の全てだ。


 後ろを振り返ってみる。

 もう南の村は見えなくなっていた。

 南の村は林と山で囲まれていて遠くの状況があまり確認出来なかった。なので今の景色は新鮮に感じる。

 でも、ここだけ見ていると日本の田舎の景色と変わらないような気もする。

 何か不思議な気分になったけど、前を歩いているダンの腰にある剣と盾とを見て急に現実に引き戻される。

 やはりここは日本ではないのだ。

 しかし剣と盾を見て現実に引き戻される、というのも面白い話だ、と思う。

 ファンタジー丸出しなのに、それが空想ではなく現実なのだから。


 ふと気になって横の馬車を見た。

 この馬車は所謂、幌馬車と呼ばれるような形。つまり木で作った四角い桶に車輪を付けて、布で壁と屋根を作った荷車を馬に牽かせている。そんなシンプルな形だ。

 馬車の車輪付近を横から観察してみると、スプリングのような物は付いていないように見える。なので地面からの振動をモロに受けてガタガタと揺れ続けている。

 乗り心地は良くはなさそうだけど、馬車の速度は人の歩く速度程度だし。ここの道は舗装こそされてはいないが、それなりに整備はされていて、道は凹凸も少ないのでそんなに問題もないような気もする。

 そして馬は馬車一台に二頭。馬車は二台なので計四頭の馬がいる。

 この馬車の積み荷は、見る限りでは樽が多い。何かの酒が運ばれているようだ。

 南の村の周囲には畑とか、他にも何かの樹木が綺麗に並んで植えられていたりしたので、もしかするとエールや果実酒を作っていて、それが産業になっていたのかもしれない。


「おーい、そろそろ休憩にするぞー」


 そんな事を色々と考えていると前の馬車の方から声が聞こえてきた。

 そちらを見ると、前の馬車が道の端へと少しずつ寄っていき、停車した。それに続いて後ろの馬車も停車する。

 しばらくすると馬車の御者台から商人が降りてきて、荷台から水や飼葉を出して馬に与えだした。

 そこで彼らと自己紹介した時の事を思い出す。

 確か前の馬車に乗っていたのがギルムさんで、後ろの馬車はダッツさん。二人はランクフルトにある商会に所属する商人だったはずだ。

 ギルムさんは五〇歳前後の大柄な男性。顔中に白髪混じりの髭を蓄えている気の良さそうな親父さん、という感じ。そしてダッツさんは二〇歳そこそこの若者だ。

 まぁ今は僕の方がもっと若者なんだけど。


「長いこと歩いたが大丈夫だったか? って……大丈夫そうだな」


 気が付くとダンが横にいた。

 一応「大丈夫だよ」と返して、僕は話を続ける。

「長く歩くのは慣れてるから大丈夫なんだけど、何と言うか……もっとこう、モンスターに襲われたり、とか想像してたんだけど、護衛ってこんな何もない感じでいいの?」

 思わずそう聞いてしまった。

 というのも南の村を出てから、ぶっちゃけ何もないのだ。モンスターなんて出てこないから馬車の横を歩いているだけになる。景色は良いから気分は良いけど、何か想像していたのとは違う。

 金ピカの爪持ってたら一歩で即エンカウント! みたいなのは行き過ぎとしても、そこそこ並程度にモンスターとエンカウントして、戦闘突入! スライムAがあらわれた! みたいなのをイメージしていた。

 そんな感じの事を言ってみると、ダンが、お前は何を言っているんだ、というような表情をしながら説明してくれる。

「このあたりは比較的モンスターが少ない地域だし、基本的にモンスターは森から出てこないぞ。……と言うか、見かけによらず好戦的なのか? 戦わなくていいなら、それに越したことはないだろ」

 うーん、確かに。

 いや、そうなんだけどね。フィールドマップの曲を最後まで聞くのが無理なぐらい敵が出て来るRPGのイメージが強すぎるのだろうか。

 そういや南の村で、村の外に出る時は全て初心者ダンジョンへ行く時で、それ以外では外に出なかったが、ダンジョンへ行く時もモンスターとは出会わなかった。

 どんな長閑な最初の村でも、村から一歩外に出れば最弱スライムがうじゃうじゃ湧いて出るのはゲームだけなのだろうか。

 どうやらまだまだゲーム気分は抜けきっていないのかもしれない。


 ……ちょっと待て。

 それなら、何でダンは大怪我をしたんだろうか?

 確か南の村に来る途中、モンスターに襲われて怪我をしたと言っていたはず。

 そう思って「じゃあ何でそんな大怪我をしたの?」と聞いてみる。

 するとダンはその時の事を思い出したのか、傷があった部分を手で押さえて顔をしかめながら答えた。

「あぁ……いや、モンスターが森から出ないと言っても絶対ではないからな。だからこそ護衛依頼があるんだし。……でも、あれはワイルドボアの子供? か何かだと思うんだが、普段はこんなところでは出ないはずなんだがな。……まぁそういう事もあるさ」

 と言って苦笑いしたダンは「だから気を抜くなよ」と続けたのだった。

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