第109話 始まりはいつも突然②
あの時――光の魔結晶をギルドに売ってしまった日の夜――ベッドに寝転がりながら考えていた。
初めてカオスファイアの魔法書を入手した時はホーリーファイアでスケルトンを倒したけど、二回目三回目に入手した時は普通に物理攻撃で倒していた。
もっと思い返していくと、一六階から一八階にいた頃、最初にスケルトンに対する神聖魔法の効果を一通り確かめた後は、効率を考えて神聖魔法は使わなくなり。その結果、カオスファイアの魔法書はドロップしてもホーリーファイアの魔法書は二度と出なかった。
よく考えてみると、ホーリーファイアの魔法書を入手した時も光の魔結晶を入手した時も、全て浄化を使ってアンデッドを倒していた。
そういう情報を一つ一つ精査して積み上げ、辿り着いた結論。
――アンデッドモンスターを浄化で倒すと特定のドロップアイテムが別のアイテムに変化する。
つまり浄化で倒す事で、カオスファイアの魔法書がホーリーファイアの魔法書に変わり、闇の魔結晶が光の魔結晶に変わっているのではないか。
そしてその結論をベースに、その次を考えた。
光の魔結晶は最低ランクと言われるDですら金貨三〇枚という高額で買い取られるほど貴重。
僕の魔法でドロップアイテムが変化したのであれば、本来エレムのダンジョンでは光の魔結晶、もしくはDランクの光の魔結晶は産出しない可能性が高い。
もし本当にエレムのダンジョンで光の魔結晶が出ないのだとすると、他の魔石と一緒に光の魔結晶をギルドに持ち込んだ場合、ギルドはそれをどう捉えるのだろうか?
エレムのダンジョンで光の魔結晶を入手する方法が見付かった、と考えるかもしれない。
他の場所で入手した光の魔結晶をここで換金しただけ、と考えるかもしれない。
でも普通に考えて、新しい発見があった可能性を考えるより、他で入手していた光の魔結晶を換金しただけ、と考える方が自然なはず。
どちらにせよ確証なんて得られないだろうし、確かめるのも難しい。
だから光の魔結晶を売ってしまったけど、問題が起こる可能性は低いだろう。
――と、さっきまでは考えていたのだ。
けど今の状況がこれだ。ギルドは光の魔結晶について僕に接触してきた。
つまり考えられる可能性は二つ。
確証はないが、僕と接触してみて反応を見ながら確かめている。
ギルドは確証を得られる何らかの方法を有している。
前者なら問題ない。けど後者なら……。
この世界にはアーティファクトという人知を超えたモノが存在している。
その効果は千差万別で、未来を予知したり、離れた場所の出来事を見る事ができるアーティファクトも伝説には登場しているらしい。
つまりそういうアーティファクトなどで僕が想像もつかない何かを把握している可能性も、ないとは言いきれない。
「そんな事を言われても困るのですが……」
とりあえず、あえて了承も拒否もせず、無難にそう答えておく。
沈黙していたのは時間にして数秒。これ以上の沈黙は不自然。だけど考えがまとまらず、答えを出せていない。とにかく今は時間を稼ぐ必要があった。
ミリルと名乗った受付嬢をもう一度しっかりと見る。
普人族に見える女性で、濃い青髪は肩ぐらいで綺麗に切り揃えられていて、キャリアウーマンのような雰囲気があった。
歳は二五歳から三〇歳の間ぐらい。三〇にはなっていないと思う。
しかしこのギルドの受付嬢の中ではおそらく最年長。ギルド内で何らかの地位を持っている可能性はあるだろう。
「いきなりの話で戸惑われるのも当然だと思います。しかし、冒険者の未来のためにも、どうか教えて頂けないでしょうか――」
彼女による説得を聞きながら考えていく。
そもそもギルドの本気度はどれぐらいなのだろうか?
少し前に彼女が言ったように、情報の秘匿をギルドが咎めないのであれば――つまりこれが本当にただのお願いなら、話せません、とシンプルに断ればいいだけだ。
しかし……ギルドが是が非でも情報を得る気で来てるなら――
――知っているけど教えない、という返答は最悪の一手になりかねない。
ちらりと壁を背に立つ男を見る。
この男は名乗りもしないどころか最初から一言も声を発していない。
その態度が悪いとか、そんな事は今となってはどうでもいい話で――とにかく、この男は強い。そう感じた。
それに男は短剣で僕は槍。そして狭い室内。勝負は一瞬で終わるだろう。
当然、僕にとっては最悪の形でだ。
「ん~……そう言われても……」
適当にはぐらかしながら更に考えていく。
色々と考えてきたけど、現時点の僕に考えられる選択肢は二つ。
まず、神聖魔法の事から全て正直に話してしまう事。
仮に神聖魔法の存在だけを隠そうとしても、神聖魔法が入手方法に直結している以上、入手方法を隠す事になるのでギルドは納得しない可能性が高い。ギルドの本気度によっては、その半端な態度はその後の僕の立場を悪くするだけで終わりかねない。
それなら最初から全てを正直に話してしまった方がまだマシ。
……しかしその後の僕の人生がどうなるかは……語るまでもない。
そして、もう一つの選択肢は――
◆◆◆
「はぁぁぁ……」
大きく息を吐きながらベッドにパタリと倒れ込んだ。
「あ~疲れた! 疲れた!」
今日は遅くまでダンジョンに潜った後にアレだから、心も体も全てが疲れ切ってしまった。
本当はもうちょっとゆったりとした生活が好きだし、そんな未来のためにレベルを上げようと頑張っているのだけど、中々上手くはいかない。
厄介事はもっとチートと呼ばれるぐらいにレベルが上がってからにしてくれませんかね……? そうなったらチート魔法でドカンと一発解決出来るのに。
「あぁ……心が荒んできてるなぁ」
そう思いつつ、ベッドでゴロゴロと転がりながらギルドでのやり取りを思い返していく。
結局、僕が選んだのは――
――とにかく、しらばっくれる、という選択肢。
光の魔結晶はランクフルトで行商人から買い。装備を買うためにお金が必要になったからここで換金しただけ。入手方法についてはその行商人を探し出して聞いてね。
という設定で、ひたすら知らぬ存ぜぬで貫き通したのだ。
もっと何か良い選択肢があったかもしれないけど、あの短い時間ではそれぐらいしか思いつかなかった。
結局、神聖魔法については話す気がない以上、僕がダンジョンで光の魔結晶を入手した事実から話せないのだ。
どんな理由を上手く用意しようとも、話せないと言ってしまった時点で知っていると認めてしまうのと同じ。その場合、確証を得たギルドがどういう手段を使ってくるか分からないし、今の僕にそれを防ぐ力はない。
しかし、僕が知らぬ存ぜぬを貫き通した場合、ギルドは確証を得られない可能性があった。確証がないならギルドも無駄にリスクを背負ってまで手荒な事はしにくいはず。それに上手くいけば僕の嘘で誤魔化されてくれるかもしれないしね。
まぁギルドが何らかの方法で僕がダンジョンで光の魔結晶を入手したと確信していたなら無駄な足掻きでしかないし。ギルドの本気度によっては金貨二〇〇で首を縦に振らなかった時点で即拘束されていた可能性もあったのだけど……。
……まぁ、綱渡りに成功した、という感じだろうか。
とにかく、あの場を無事に切り抜ける事が大切だった。
この後については……これから様子をうかがいつつ上手く立ち回れば何とかやれる。
それにはまず――
「……《マギロケーション》」
小声でマギロケーションを発動させた。
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