第110話 闇に堕ちるアッポル

 半径一〇メートルほどの状況が目で見なくても大体理解出来る不思議な感覚。

 下階の酒場で騒ぐ冒険者達を確認し、宿の裏手にいる小動物に気付き、隣の部屋でモゾモゾやってる男に「うへぇ……」となり、意識を引き戻した。

「……」

 ……それと、どうやら範囲内でも地面の下は上手く把握出来ないようだ。迷宮の床や外周の壁も見通せなかったけど、迷宮だけが特別ではないらしい。


「さて、と」

 気を取り直し、マギロケーションに意識を集中させ、そしてその範囲を広げるようにイメージしていく。

 この世界の魔法は、僕が最初に考えていたよりもかなり自由度が高かった。魔力を多めに注ぐ事で魔法の威力を上げたり、ホーリーファイアを自由に動かしたり、ホーリーライトの範囲を限定したりとか……あぁ、無詠唱もそうかな。とにかく、練習すればそこそこイメージで魔法を変化させられる。なのでマギロケーションの範囲も広げられる気がする。


 練習を続け、次第に一メートル、四メートル、八メートルとマギロケーションの範囲が広がっていき、そしてそれに合わせて把握出来る情報が少しずつなっていく。

 どうやら範囲を広げるほど精度が落ちるデメリットがあるらしい。

 まぁそれは仕方がないか、と思いながら試行錯誤を続けていると、突然スッとマギロケーションの効果が消え失せた。今までいた世界がいきなり見えなくなり、目で見たモノが全てになる。

 ある種の全能感、万能感が消え失せ、心の中に広げる妙な喪失感。これはタイムオーバー。効果時間切れ。マギロケーションは約一時間ほどで効果が切れてしまうのだ。

 しかし地上で使うのと、人がおらず情報量の少ないダンジョンで使うのでは随分と違うから面白いね。



◆◆◆



「《マギロケーション》」

 小声でマギロケーションを発動し、部屋を出る。

 廊下を通って階段を下り、朝一番に仕事に出かけようとする冒険者達をかき分けるながら一階で部屋番号の書かれた板を返して宿を出た。

 昨日は夜遅くまで練習をしていて少々寝不足気味かもしれない。こんなに夜遅くまで起きていたのはこの世界に来て初めてかも……。いや、森の村に行った時の帰りは遅くまで見張りで起きてたっけ。


「……」

 人や荷車が行き交うダンジョンへの道をゆっくりと進みながら懐かしい思い出に浸ってしまう。

 何だか最近よくランクフルトでの事を思い出してしまう。僕は後悔しているのだろうか? ……う~ん、未練はあるかもしれないけど後悔はないかな。

 でも――


 大通りから脇道を見ると、奥の方で果物を売っている露店を見付け、その脇道へと入る。

「らっしゃい! 昨日採れたばかりのアッポルがおすすめだぞ」

「いくら?」

「二個で銅貨一枚! うちは良心的だぜ」

 二カッと良い笑顔で笑う太った髭面の露天商とアッポルを見比べながら考える。

 そういう事を自分から言う奴は大体信用出来ないんだけどなぁ……。

 まぁいいか。

「一〇個買うから銅貨四枚でどう?」

「おいおい、そりゃないぜ。そんな値段で売っちゃぁ首くくるしかなくなっちまう! いや、その前にかみさんに殺されちまうよ! せめて九個で銅貨四枚にしてくれや」

 色々と思うところがあってノリで交渉してみたけど露天商の嘘くさい泣き落としが面倒になってきて、すぐに終わらせる事にした。

 やっぱり僕には値段交渉とかは向いてないかな。

「……じゃあそれで」

「はいよ! まいどあり!」


 アッポルが八個入って少し重くなった背負袋を背負い直し、左手に持ったアッポルにかじりつく。

「……渋い」

 味の感想はそれだけだ。

 もう二度とあの親父からは買わないから!

 そう思いつつ、ズシリと響く残り八個の重みを背中に感じながら咀嚼した渋みを胃袋へと流し込む作業を続けた。



◆◆◆



 ダンジョンに入り、朝によく見る髭モジャの兵士に銀貨を払って地下一階へと下りた。

「……?」

 いつもより人口密度の高い転移碑の部屋に少々驚きつつ、冒険者の間を縫うように転移碑まで進んで地下二一階へと転移。

 転移を確認後、階段を上って地下二〇階へと出て右側の外周沿いに三〇メートルほど進み、丁度良い角を曲がった所で立ち止まり――


「――やはり、そうなるか……」


 予想通りだけど、当たってほしくなかった予想。

 訓練の結果、半径が五〇メートル以上に広がったマギロケーションの網に引っかかる人の気配。

 効果範囲を広げすぎて人がいる事しか分からなくなったけど、今はそれで十分だろう。、という状況が確認出来た事、それが重要なのだから。

 思わず、「はぁ……」と、ため息が出る。

 分かってはいたさ。分かっていたんだ。

 彼らがあんな簡単に納得するはずがないって。

 

「そろそろ潮時……かな」


 食べかけのアッポルを地面へと落とし、僕はまた歩き始めた。

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