第111話 エレムから脱出

 マギロケーションを最大範囲で展開したまま足早に地下一六階を目指す。


 このダンジョンの地下一九階と地下二〇階は面倒なだけで、さしたる旨味はない――と、一般的には思われている。なので冒険者はこの階層には寄り付かない。ここに来るのは地下二一階にある転移碑を目指す時の一回のみ。そしてそういう冒険者は当然、の方から現れる。

 つまり地下二一階の方から地下二〇階へと現れる物好きは普通いない。……僕は例外だけど。

 要するに、さっき地下二一階から上がってきて、今もそこらをフラフラしてる彼らの目的は僕である可能性が高い。


 こうなったら早く地上に戻りたいし、地上に戻るなら地下二一階から戻る方が早いけど、マギロケーションは階層をまたぐと効きが悪く、地下二一階の転移碑部屋の様子が分からなかった。こんな人の目にがない場所で待ち伏せされたら嫌だし、それにダンジョンに入ってすぐに出てくるという不審な行動をして追跡に気付いていると悟られたくはなかった。

 ギルドには、、と思ってもらいたいところだ。下手に悟られて強硬手段に出る決心をされるのもマズい。


 出来る限り最短距離を通りつつ一九階を抜け、一八階に到着した。

 とりあえずここまで来れば一安心だろうか。この階からはそこそこ人の目があるし。


 昨日のアレでギルドが僕の事を諦めてくれない場合、監視される可能性はあるかな、と思っていた。

 それに備えてマギロケーションの範囲を拡張したのは正解だったと言える。

 今朝、宿を出てから僕の後をつけるような動きをする不審者をマギロケーションで確認出来た。でも偶然かもしれない、と思い果物を買うフリをして脇道に入り、露天商と交渉しながら時間を使ってみたりしたのだけど……。


 人を避けつつオークを狩り、肉を魔法袋にストックしながら一八階を抜け、一七階へと向かう。

 ここからは一六階から上がってきた監視者と鉢合わせないように気をつけないとね。


 宿から後をつけてきた不審者は一人。それなら、転移碑で巻けるだろう、とあの時までは考えていた。

 僕が最近売っていた魔石は光の魔結晶を含めてDランクのみ。つまり僕が潜る階層は地下一一階から地下二〇階までに限定される。ギルドもそれぐらいは把握しているはずだけど、具体的にどの階層で光の魔結晶を入手しているかは分かっていない可能性が高い。なので僕が地下一一階、地下一六階、地下二一階のどこに転移するかは分からなかったはずなのだ。

 しかし現実には地下二一階側から三人も現れている。

 つまり、ギルドは予め転移碑の部屋に人員を配置しておいて、僕が転移したら地下一一階、地下一六階、地下二一階それぞれに人を送ったと考えられる。

 さっき地下一階の転移碑部屋にいつもより人が多かったのはそのせいなんだろう。


 一七階を慎重に抜け、一六階も慎重に移動し、転移碑部屋の様子をうかがえる場所で立ち止まってその中を確認する。

 中に二人。入り口付近の壁際だ。

「……」

 ただ休憩しているだけの冒険者なのだろうか? それとも……。


 暫くその場で様子を見つつ、その時を待つ。

「よし、来た」

 転移碑部屋へと向かっている冒険者のパーティをマギロケーションでとらえ、上手く彼らより少し遅れるように調整しながら転移碑部屋へと向かう。そして部屋の前でさも偶然かち合ったような顔をしつつ彼らの後に続いて転移碑部屋に入った。


「……っ」

 最初から中にいた二人がこちらに気付いたのか、軽く動いたのをマギロケーションで確認しつつ、それに構わずに転移碑へと向かう。するとその内の一人がこちらへと一歩踏み出そうとして、もう一人に「おい、止めろ」と制止された。

 そのやり取りを不審そうに見ている先に入ったパーティを追い抜かすように進んで転移碑に触れ、地上へと帰還した。



◆◆◆



「その力は全てを掌握する魔導。開け神聖なる世界マギロケーション

 発動したマギロケーションにより与えられた神の視点で周囲を把握しつつ次の呪文を詠唱する。

「神聖なる炎よ、その静寂をここに《ホーリーファイア》」

 右手人差し指に生まれた白い火でランタンに火を入れた。

「よしっ。行こうか」


 闇に閉ざされた路地裏をランタンの光とマギロケーションからの情報を頼りに歩く。

 夏が近づいているとはいっても、まだ夜中は少し肌寒い。ローブのボタンをしっかりと閉め、フードを深くかぶる。

 音を立てないように歩きながらエレムでの日々を思い返していった。


「ほんと失敗したなぁ」

 考えていた事が小さく声に出てしまう。

 色々と気を使って慎重に慎重を重ねてやっていたつもりなのに、光の魔結晶を売却したという些細なミス一発で終了だ。

 まさか光の魔結晶にあそこまでギルドを動かすほどの価値とがあったなんて、流石に予想もしていなかった。昨日、僕を尾行するためにギルドが使った人員だって一〇人は超えていただろう。

 それに地下一六階から出る前のあの感じからして、僕をダンジョンで見付けた後どうするつもりだったのか……考えたくもない。


 ダンジョンの内部には実質的に法も公権力も通用しない。ダンジョン内の治安を維持しているのは冒険者の相互監視のみだ。なのに冒険者ギルドから狙われるなんて洒落になっていないよね。

 まぁ、この町の全ての冒険者に狙われるような事態にはなってないし、僕の予想が正しければ全ての冒険者ギルドを敵に回したわけではないはず。


 そんな事を考えていたら壁の近くまできていたのでランタンの火を吹き消した。

 さて、今からやろうとしている事。それは――


 ――夜逃げだ。


 正確には朝逃げ? になるのかな?

 まぁどうでもいいか。


 昨日、昼過ぎにダンジョンを出て、そのままこの町から脱出しようと考えていたけど、当然のように尾行されていて断念するしかなかった。なので、いつものように宿に帰り、仮眠を取りつつ監視者が消えるのをマギロケーションで確認してから脱出しているのだ。


 音を立てないように壁に設置されている階段を上っていく。

 この世界の町は壁の内側に壁上へとつながる階段がいくつも設置されている事が多い。これは防衛の時に使うのだろうけど、こういう時にも使えて便利だよね。

 普通の人には夜逃げなんてしないだろうけどさ!


 壁の上からエレムの町を見下ろし、月明かりに照らされる町をしっかりと頭の中に焼き付けようとする。

 もう、この町ともお別れだ。

 思い起こす事、考える事、不安、色々なモノが押し寄せてくるけど――


「――まぁ、やりたいようにやろう」


 そして壁の外へと身を投げだした。

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