第254話 ダンジョン七階へ

 ここからは、僕がダンジョンに入っていると誰にも気付かれてはいけない。つまり隠密行動をする……つもりだったけど、この真っ黒なローブを全身に纏って顔まで隠しているとなると逆に目立つから無理だ。でも、僕がダンジョンに入っていることを隠すとなるとこれが一番良い気がするのだ。普段の姿から完全に変えることが重要だからね。


「よしっ!」


 意を決して速歩きで裂け目を抜け、ダンジョンに進入。

 若干、注目を集めた気がするけど無視する。

 それからできる限り人目を避け、森の中を進んで二階に入り。二階を抜けて三階の出口で野営を……せずに四階に入る。

 僕の姿を晒さないようにするには共同の野営地を使うわけにはいかない。

 でも、ホーリーディメンションを覚えたので、もうそういう場所は必要ないんだよね。

 そうして四階を駆け抜けていると辺りが暗くなってきたので野営……もといホーリーディメンション泊をすることにした。


「それは新たなる世界。開け次元のホーリーディメンション


 少なくない魔力と引き換えに聖なる扉が開かれた。


「……ただいま」

「キュ?」


 なんとなく、口から漏れた言葉にシオンが反応する。


「いや……ね。ここってさ、僕らが帰ってこれる場所じゃない?」


 六畳ぐらいの部屋の真ん中に敷かれた毛皮のマントに腰を下ろしながら考える。

 このホーリーディメンションの空間は、僕がこちらの世界に来てから初めて得た、本当の意味での自分だけの場所。

 例えば黄金竜の爪時代は自分の部屋を持っていたけど、それはやっぱり借り物感があった。

 あそこではそれなりに安心して生活していたけど、いつかは離れる場所だから家具なんて買うことはなかったし、大きな荷物も買おうとは思えなかった。感覚としては長期滞在しているホテルとかウィークリーマンション的な感覚かな。

 でも、ここは違う。

 ここは間違いなく僕だけの場所……。いや、家と言ってもいいかも。

 ここなら自由に家具を置いてもいいし、大きな荷物を置いてもいい。

 それに、どこに行ってもこの場所は呼び出せる。

 僕はもう、いつでもここに帰ってこれるんだ。


「それにシオンもね」

「キュ?」

「ここはシオンの家でもあるってことさ!」

「キュ!」


 シオンを軽く撫でて部屋の中を見る。

 中央の毛皮のマントと、壁際にいくつか食料が入った袋が見えた。

 今はこれだけの殺風景な部屋だけど、いつかは家でも建ててみてもいいかもしれない。

 このサイズだと大きなモノは出来ないけど、一部屋ぐらいの小さなログハウスは造れるかもね。

 そんなことを考えつつ、その日は眠りに落ち、数時間後。目を覚まして周囲を確認し、自分の体を確認していく。


「うん、問題ないな」


 ゴブリンで実験はしていたけど、閉じ切ったホーリーディメンション内でも一泊ぐらいなら問題なさそうだ。

 それから身だしなみを整えて黒いローブで身を包み、シオンをローブ内側のポケットに入れて右手を前に出す。


「開け」


 そう言葉を発しながらイメージすると、右手の前に空間が開いていって、扉が出来た。

 しかし扉の先は……。


「暗いな……まだ夜だったか」


 やっぱりホーリーディメンションの欠点は、内部で過ごしていると時間帯が分からなくなることだろうね。

 一瞬だけ考えるも、先に進むことを優先し、夜のダンジョンに踏み出した。

 それからマギロケーションとホーリーファイアを頼りに暗い森を抜け、裂け目を通って五階へ到着。夜の湖を眺めながら五階村に入る――ことはなく、そのままマップの東側、六階への裂け目がある方向に進む。

 今回は僕がダンジョンに入った痕跡は一切残したくない。なので五階村には寄らない。

 そうして橋を渡る頃には太陽が上り始め、辺りがゆっくりと明るくなってきた。

 今から思うと暗い内に四階を出発したのは正解だったかもしれない。ここは朝方になると六階へ進む冒険者がちらほら通るし、だからといってこの橋を避けては通れないからね。

 橋を渡り、六階への裂け目を抜ける。

 ここまでは過去最速のペース。しかし問題はこれからだ。

 僕が描き写した地図とバルテズの地図を取り出して見比べる。

 基本的には似ているけど、やっぱり細部で違いがあった。


「まずは枯れた大樹側を目指す、か」


 これは他の冒険者にも教えてもらったけど、ギルドの地図は少しズレている。しかしバルテズの地図はそのあたりちゃんと書かれているようで、ギルドの地図とは微妙に異なっている部分が多かった。


「よしっ、行こう」


 気合を入れて六階を進み、出会ったブラッドナイトは挨拶代わりのターンアンデッドで沈めていると、昼頃には過去一番深く潜ったラインを越えていた。

 ここからは僕にとって未知の領域。いつもはこのラインで戻れば、暗くなるまでに五階村に戻れていた。このラインを越えると、もう戻れなくなる。ここはそういったライン。僕がずっと越えられずにいたラインなので、少し感慨深いものがある。

 それをいつの間にか踏み越えて、どんどん先に進んでいく。

 これからは、このダンジョンに潜っていた全ての冒険者が越えられずに、ただ眺めるだけで背中を向けたいくつものラインを全て越えていく。そう考えると感慨深さが増していく。けど、そんなモノに浸っている場合でもない。

 僕はこのダンジョンをクリアするのだから。

 そうして六階を問題なく進み、翌日には七階へ向かう裂け目に到着していた。

 その裂け目を抜ける。

 すると代わり映えしない六階と同じような荒野がまた広がっていた。


「さて」


 改めて地図を見ていく。

 この階は、基本的には六階と大差ない。ただ、出てくるモンスターがブラッドナイトだけでなく、ワイトというモンスターが増える。

 ワイトは魔法使い系のアンデッドで、主に闇属性の魔法を使ってくる厄介な存在だ。


「でも、ここで下級魔力ポーションをいくつか揃えておきたいんだよね」


 ダンジョンで出るポーション類は長期保存可能。なのでいくつかは確保しておきたい。

 そんなことをしている間にダンジョンをクリアされてしまうと本末転倒だけど、恐らくそれは大丈夫だと思っている。何故ならこの先、八階からはダンジョンの難易度が格段に上がり、そう簡単には攻略出来ない魔境になっているからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る