第37話 異世界のアキンドと流浪の墓穴掘り

 冒険者ギルド内で昨日の報酬の分配をしたり、掲示板で依頼を確認してみたり、一通り見て回ってからギルドを出た。

 今回は皆がいたので資料室には行かなかったけど、また一人で来た時にでも見てみようと思う。


 冒険者ギルドを出て鍛冶屋へと歩く。

 紹介してくれる鍛冶屋は南寄りの中央区にあるらしい。ギルドに行くために中央まで来ていたけど、また南側へと戻る道を進む。

「で、その鍛冶屋ってどんな店なの?」

 歩いている途中、何となく世間話程度に聞いてみた。

「……どんな、って。普通の鍛冶屋だぞ」

「あれ? 言ってないんだ。あのね、その店ってダンの実家なの」

 ダンが何か言いにくそうにしているのをメルがズバリと補足する。

 なるほど。昨日から鍛冶屋の話になると何故かダンの歯切れが悪くなるのは自分の実家だからか。ダンとラキの昨日のやり取りの意味も何となく理解出来た。

「……まぁ腕は悪くはないと思うぞ」

「悪くないどころか良いよね」

 なるほど。良いらしい。

 しかしダンは家族と上手くいってなかったりするのだろうか? もしそうなら聞きにくいよ!

 いやでも、それなら僕に紹介したりはしないかな。

 まぁ家族の関係には色々あるのかもしれない。


 そんな話をしながら歩いていると、広場のように開けた場所が見えてきた。そこでは露店や屋台などが並び、様々な物を売っていた。

 何かの串焼き肉を焼いている人や、野菜っぽい何かを売っている人。使い古された武具を並べている人。何かの工芸品なのか、家に飾るともれなく呪われそうな木彫りの像を売っている人もいるし、何か見当もつかないような物を売っている人もいる。

 何だか面白くて、色々と観察しながら歩く。

 こういう雰囲気は大好きだ。露店や屋台を眺めるのは元から好きだったけど、現代日本ではまず露店には並ばない武具とか、用途がまったく想像出来ないアイテムとか、見たこともない食材とか、今まで見たことがない物がずらりと並んでいる光景には別の面白さがある。


「さぁさ、隣国のダンジョン産のアイテムだよ! 今日ここで手に入れなきゃ二度とお目にかかれない珍しい物ばかりだ。見るだけならタダなんだ、足を止めて見ていってくれ!」


 眺めながら歩いていると前の露店の方から呼び込みの声がかかり、ふと興味が湧いてそちらの方を見た。

 そこには中年の商人風の男性がいた。彼は地面に敷いた布の上に様々な商品を並べて商いをしているようだ。彼の話が本当なら、その並んでいる商品が全てダンジョン産のアイテムなんだろう。

 僕は彼の姿と、彼の横に置いてある大きな背負い籠を見て、いかにも行商人っぽいな、と思った。

 目線を下に移し、彼が扱っている商品を観察する。

 特に何の特徴もないナイフ。紙をクルクルと巻いた何か。何かの記号が彫り込まれた丸い石。どこにでもありそうな皮の盾。陶器っぽい瓶に入れられた何か。濃い青色の表紙に“浄化”とだけ書かれている“浄化の魔法書”――。


「――!!」


 その瞬間、声を出さなかった自分を褒めてやりたい。

 一瞬、驚いて硬直するも、急いで平静を装う。

 ここで不審な動きを見せるのはマズい。

 ゆっくりと深呼吸してから行商人の方へと近づいて、屈んで浄化の魔法書を手にとってみる。

 その瞬間、僕と浄化の魔法書が何かで繋がったような感覚があった。

 その懐かしい感覚に心臓がドクンと跳ね、顔がにやけそうになる。

 やはり、この魔法書は本物だ。そしてホーリーライトと同じ系統の魔法書で間違いないはず。外見もホーリーライトの魔法書と似ているし、何より見た瞬間、これが浄化の魔法書だと頭の中に浮かんだのだ。これは以前、ホーリーライトの魔法書を見た時に感じたのと同じで、それ以外では一度も同じ現象は起こっていない。つまりこれが二回目になる。


「すみません、これ、幾らですか?」


 はやる気持ちを抑え、行商人に浄化の魔法書を指し示して値段を聞く。

 今の僕は自然に笑えているだろうか? ぎこちない表情になっていないだろうか? 正直、自信はない。

 しかしこのチャンスを逃すわけにはいかない。商人のセールストークを鵜呑みにするつもりはないけど、今日ここで手に入れなきゃ二度とお目にかかれない、のが本当なら、今、手に入れないと次はない事になる。そんなものはただのセールストークで、次にもチャンスはあるかもしれないが、それに賭けて目の前のチャンスを無視する気にはなれない。

 幸運の女神には前髪しかない、という言葉がある。素早く通り過ぎる幸運の女神には前髪しかないため、後から追いかけても掴む所がなくて捕まえられない。なので幸運の女神に気付いたら素早く捕まえなければならない、という意味だ。

 要するに、目の前にある幸運に気付かず、後から幸運に気付いて追いかけても既に遅い。なので目の前に幸運があると感じたならすぐに掴み取れ、という事。

 その目の前にあるチャンスというのが、今この時だと思う。


「流石! お客さん、見る目がある! それは隣国のダンジョンから出た上級魔法の魔法書ですよ。それを持ち帰った冒険者がすぐに換金したいってんでウチに持ち込んだ物でね。本来なら中々市場に出回る物じゃないんですよ! それがなんと今なら金貨二〇〇枚! くぅぅぅぅ! 安い! いや、よく見りゃお客さんは中々の色男だ! いえいえ、みなまで言わずとも分かりますとも! そんなお客さんなら何かとご入用でしょう! 分かりました! ここは私が身を切り、金貨、一〇〇枚にてご提供です!」


 そこまで一気に言い切った行商人は晴れやかな笑顔でこちらを見た。

 送料無料、設置工事費無料、分割手数料無料に使い終わった魔法書下取りまで付きそうな勢いに一瞬、圧倒されてしまう。

 ――まぁ使い終わった魔法書は消滅するから下取り出来ないんだが。

 思わず財布を出しそうになるも、すんでのところで踏みとどまる。

 いやそもそも金貨一〇〇枚なんて持ってないから、まったく足りないんだけど。


 何とか心の中で体制を立て直し、商人の言葉を思い出して、よく考えていく。

 この商人、どこぞの通販番組みたいなセールストークの中に驚きの内要を混ぜてきた。つまり、この浄化の魔法書の事を、上級魔法の魔法書と呼んだ事だ。

 この浄化の魔法書は、まず間違いなくホーリーライトと同系統の魔法書だと思う。しかしこの行商人は浄化の魔法書の事を上級魔法の魔法書と呼んだ。もしそれが正しいのなら、ホーリーライトは六属性魔法とは別の系統の魔法だと考えていた僕の予想が崩れる事になるかもしれない。つまり、ホーリーライトは単純に六属性魔法の中の上位魔法説――この場合、僕が光しか適正を持ってないから光の上位になるんだろう――が出てきたわけだ。

 とにかく、ホーリーライトなど、この系統の魔法が僕の予想より意外と知られているのかもしれない可能性が浮上してきた事になる。

 あー何だかややこしくなってきた。仕方がないとは言え、自分で一つ一つ予想を立てて検証していかないといけないのは大変すぎる。


 そうやって色々と考えこんでいると、僕がついてきてない事に気付いたのか、皆が探しに来た。

「おっちゃん。それってダンジョンで出るハズレアイテムでしょ。流石に金貨一〇〇枚はボッタクリすぎ。精々が銀貨三枚ってところでしょ」

 さっきの話を聞いていたらしいメルが僕の後ろからそう言った。

 ダンジョンのハズレアイテム? 銀貨三枚? ボッタクリ? 何か展開が早すぎてちょっとついていけない。

「お嬢ちゃん。銀貨三枚は無茶言い過ぎだ。こっちは隣国からここまで運んできてるんだ。せめて金貨一〇枚はないと破産しちまう」

 なるほど、確かに他国から運んでいるなら輸送費とか色々あるしな……っていきなり十分の一にまで下がってるじゃない! どういう事なの!?

「何言ってんの。それってダンジョンで出る、特に使い道のないアイテムでしょ。価値なんてないに等しいじゃない。銀貨四枚よ」

 特に使い道のないアイテム? 魔法書じゃないのか?

 もう何がどうなってるのかサッパリすぎて素直にオロオロするしかない。

「そいつは無茶ってもんだよお嬢ちゃん……。ハズレアイテムでもここまで運んでくるだけでかなり使ってるんだ。せめて金貨一枚はないと明日から生きていけなくなっちまうよ!」

 生きていけなくなるのは流石にかわいそうだ……って、また十分の一に下がったよ! あんたどんだけボッタクる気でいたの!? ここまで来るといっそ清々しいよ!

「つまりハズレアイテムなのは認めるのね?」

「うぐっ……」

 おっちゃん、そんなあっさりと墓穴を掘らないで! 居心地良さそうな綺麗な墓穴が出来てるよ! 応援するから早くそこ埋めて!

 さらにメルのターンは続く。

「それに、よく見たらこっちのナイフは刃こぼれ多すぎて使い物にならないし、こっちのスクロールは破れてるから無価値。こっちの丸い石は……ただの石でしょ。投石にでも使えっての? それからこっちは――」

「あーあーあー! 分かった! 分かったから! ここにあるアイテム全部纏めて金貨一枚! 金貨一枚だ! もう商売になんねーよ! それ持って帰ってくれ……」

 そう言って行商人は涙目でメルを見た。

 そしてメルはドヤ顔で僕を見る。

 あぁ……うん。なんか、もうそれでいいかな……。何かいらない物が色々付いてきたけど、他はいりませんとか言える雰囲気ではなくなっている。

 行商人のおっちゃんのHPは既にゼロでゾンビ状態だが、僕のHPも残り少ない。これは早く宿屋に泊まらないといけない。

 ……いやこれから鍛冶屋に行くんだった。


 僕の一日はまだまだ長いようだ。

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