第3話 ウィンドウを確認しよう
「何か、ちょっと変だよね」
と、隣に座っていたカノンが言った。
マサさんの提案の後、まだ情報不足、という事で一旦解散してそれぞれで情報を集める事になった。
マサさんとたぬポンは僕達以外の人に話を聞きに行ってるし、ヲタ君とエルフマンは少し離れたところに座ってウィンドウとにらめっこしている。
ヲタ君からは「強奪チートはどこだ!……いや、INT極振り魔法チート系もいい……」などと不穏な言葉が漏れてきてるし、エルフマンからは「エルフ……エルフ……なにっ! ハイエルフだと!」などと、聞こえてくるが、とりあえず聞かなかった事にした。
「変って何が?」
ウィンドウで〈アイテム〉の項目を見ながら聞き返す。
変と言われれば、この状況で変でない事を見つけるほうが難しいけど……イマイチ彼女の言う話のポイントが見えてこない。
「だってさ、皆もそうだけど、あの慎重なマサさんがこの変な状況で転生するという前提で話を進めてるんだよ。おかしくない? 普段ならもっと疑うとかさ、他の可能性を考えてるんじゃない?」
「そう言われてみればそうだけど……」
そう考えると頭の中で何かがカチリと切り替わるような感じがした。
何故、僕は……いや、“僕も”転生するという話を普通に受け入れていたのだろうか? そんな事、常識的に考えたらありえないはずなのに。
改めて周囲を見回してみる。
僕達以外の人達も真剣にウィンドウを眺めたり、議論したりしているが、その表情からは焦りや疑心というモノが見えない。つまり異世界テスラとやらに行く事には何の疑問も持っていないように見えるのだ。
そこに、ある種の気持ち悪さのようなモノを感じてしまう。
「たし……かに、変だね」
「でしょ! やっぱり変だよね?」
カノンがこちらに身を乗り出して叫ぶ。
近い……。ちょっと反応に困る。
今、僕達が着ているのは簡素な下着と貫頭衣だけだ。その格好で身を乗り出されると、色々と目のやりどころに困る。
しかしこの違和感に気付いたのは大きい気がする。でも今は、それがどういう意味を持つのか、どう活かせるのか、何も見えてこない。
頭を振って一旦思考をリセットする。
こんなよくわからない状況では、仲間がいるのといないのとではまったく違ってくる。気になる事はあるけど、マサさんが誘ってくれた事は素直にありがたいと思うし、それは悪いことではないはずだ。
今はそれよりウィンドウについてしっかりと把握する事に集中しよう。
うんうんと唸って考え込んでいるカノンを横目でちらりと確認してから〈アバター〉の項目を見る。
〈アバター〉で設定出来る項目は、〈種族〉〈性別〉〈年齢〉〈体格〉〈容姿〉〈パラメータ〉。パラメータはSTR、VIT、DEX、INT、MND、PIEの六項目あり、初期値は全て一〇となっている。そしてそれらの上部に〈SP100〉の表示が見える。
そして画面の左側にはゲームっぽくデフォルメされた僕の3D全身図? のようなモノが浮かんでいた。
順番に確認してみよう。
〈種族〉をタップすると新しい画面が現れた。
〈普人族 0〉〈エルフ 30〉〈ドワーフ 20〉〈ホビット 0〉……
などなど、数え切れないほどの種族が順番に並んでいて、最初に表示されている〈普人族 0〉の部分がグレー色になっている。恐らく現在選択されている種族なんだろう。
しかしとにかく数が多い。全てチェック出来るだろうか?
とりあえず〈エルフ 30〉をタップしてみる。
〈エルフ 30〉
長命種。魔法、特に精霊魔法との相性が良い。しかし身体能力は低め。
すると、エルフの種族説明らしき文が現れ、SPの項目が〈SP70〉に変わり、パラメータが〈STR 6〉〈VIT 8〉〈DEX 14〉〈INT 14〉〈MND 16〉〈PIE 12〉に変わった。僕の全身図も、僕のテイストを残しながらも――主に耳とかが――エルフっぽく変わっている。
もう一度、種族欄から〈普人族 0〉を選択すると、SP欄が〈SP100〉に戻り、パラメータの数値も全て初期値に戻る。どうやら種族の横の数字分だけSPを消費して種族を変える事が可能で、種族を変えるとパラメータも変化するらしい。
いくつかの種族をチェックしてから次の項目を見てみる。
〈性別〉〈年齢〉に関しては特に問題もなく、ポイントも消費せずに調整出来るようで、〈体格〉〈容姿〉に関してもポイントは消費しないが大きくは変えられないみたいだ。
これが僕だけなのか、それとも他の人も同じなのかはまだわからない。
〈アバター〉の項目はとりあえず一旦置いておくとして、次は〈アビリティ〉を見る事にする。
〈アビリティ〉
転生者には特例として、それぞれが望む能力を可能な限り与えるものとする。
〈剣撃 5〉〈槍撃Ⅲ 5〉……〈火属性 5〉〈水属性 5〉……〈STR 5〉〈VIT 5〉……
などなど、また数え切れないほど並んでいる。
しかし、アビリティとは何なのだろうか? 一般的なRPGで言うところのスキルのようなモノっぽいけど、説明文を読んでもはっきりしない。
とりあえず〈剣撃 5〉をタップしてみる。
〈剣撃 5〉
斬撃に関する適性。
表示されていたSPの項目が〈SP95〉に変わる。
SPを消費して取得するのは一緒らしい。
それにしてもえらくシンプルな説明文だ。
“適性”という単語に引っかかりを覚えるが、これだけでは判断出来ないので色々と触ってみることにする。
他をいじろうと、よく見てみると〈剣撃 5〉の項目の下に〈剣撃Ⅱ 5〉が増えていた。
〈剣撃Ⅱ 5〉をタップする。
〈剣撃Ⅱ 5〉
斬撃に関する適性。
SPの項目が〈SP90〉に変わる。
やはりシンプルな説明文だが、適性の数値が上がっている事は理解出来た。
次に、予想通り出てきた〈剣撃Ⅲ 5〉をタップし、〈剣撃Ⅳ 5〉と順番に開いていき、そして。
〈剣撃Ⅴ 5〉
斬撃に関する適性。
剣撃Ⅵは出てこないし、どうやらここが最大値みたいだ。
剣に関する選択を全て一旦解除し、画面をスクロールし、次に気になった項目を見る事にする。
〈DEXⅢ 5〉
器用さに関する適性。命中率、素早さ、特殊行動などに影響。
他のほとんどの項目に関しては初期状態では何も取得されていなかったが、このDEXに関してはDEXとDEXⅡが初期状態で取得されており、取得出来るのは〈DEXⅢ〉からになっていた。
パラメータに関するアビリティは、全部で六種類。
〈STR〉
筋力に関する適性。身体能力、物理攻撃などに影響。
〈VIT〉
活力に関する適性。スタミナ、耐久力などに大きな影響。
〈INT〉
知性に関する適性。攻撃魔法に大きな影響。
〈MND〉
精神に関する適性。魔力、精霊力、魔法防御、回復魔法などに影響。
〈PIE〉
信心に関する適性。各種耐性、魔法成功率、補助魔法などに影響。
それにDEX。
それぞれ〈STR 5〉〈VIT 5〉〈INTⅢ 5〉〈MNDⅡ 5〉〈PIEⅣ 5〉から取得出来るようになっていた。
つまりDEXとINTとMNDとPIEは初期状態でいくつか取得されてある。チラッと見た感じでは他にも勝手に取得されているアビリティが確認出来た。
ふと気になったので〈アバター〉に戻って別の種族に変えたりしてから色々と試してみたが数値に変化はなかった。〈アバター〉は〈アビリティ〉に影響を与えていないと考えていいと思う。
〈アビリティ〉が何なのか、僕の中では何となく予想は付いてきたが、まだ確証がない。
他のアビリティも見てみよう。
〈風属性 5〉
風属性の適性。主に速度型。
〈土属性 5〉
土属性の適性。主に守備型。
〈光属性 5〉
光属性の適性。主に回復型。
光属性か……。回復型と書いてあるし、これが回復魔法なのだろうか。ヒーラーとしてやっていくなら取っておいたほうが良いのかもしれない。全部見て、何も問題なければ光属性は取得決定かな?
〈槍撃Ⅲ 5〉
長柄武器の適性。刺突の適性。
〈体撃Ⅲ 5〉
武術に関する適性。無手術の適性。
〈斧撃 5〉
大型武器の適性。重量武器の適性。
〈弓撃 5〉
射撃武器の適性。遠距離攻撃の適性。
〈棒撃Ⅱ 5〉
打撃の適性。
〈盾防Ⅳ 5〉
防御の適性。
「うぅん?」
これは……どうなんだろうか。サラリと重要な事が書かれている気がする。
思わず顎に手を当てて考え込んでしまう。
頭の中で何かがカチリと切り替わる。
この説明文のおかしなところは"槍撃"の欄を見ればわかりやすいかもしれない。
槍撃の説明文には“長柄武器の適性”と“刺突の適性”という二つの説明があるが、まず長柄武器というのは柄の部分が長い武器の総称のはずだ。つまり長柄武器の範囲には、薙刀のような切る事もある武器や、ハルバードやバルディッシュのような斧の方が近い武器も含まれるし――
もっと言ってしまえば普通の斧も含まれてしまうかもしれないのだ。
ならば“槍撃”という名前が付けられているものの、説明文を読む限りでは槍よりももっと大きな範囲を包括している事になる。
そう考えると、もっとおかしいのが“剣撃”だ。説明文には“斬撃の適性”しかないけれど、剣の中にはレイピアなど刺突を主目的とした剣も存在しているわけで、そうなるとレイピアは剣撃の範囲内に入らず、むしろ“刺突の適性”という説明文のある槍撃の範囲に入りそうだし。逆に言うと斧などの斬撃を放つ武器が剣撃の範囲に入りかねない事になる。
そして一番重要性が高そうなもの。
一番ヤバそうなもの。
もし気付かなければとんでもない事になりそうなもの。
それが"体撃"だ。
説明文の内、“無手術”に関しては、手に何も持たない、つまり武器を持たないで戦う戦闘技術の総称で合っていると思うけど、問題は“武術”の方だ。
“武術”とは、格闘技と混同される事が多いが、実際は戦闘に関する技術、その全てを指す。剣術、弓術、槍術、斧術……解釈によっては戦術論なども含まれる。つまり〈体撃〉を極めれば、剣だろうが槍だろうがあらゆる技をマスターし、最強のチート能力で無双出来る!――
「……いや、ないか」
ため息と共に、そう吐き出す。
流石にそれはない。ないだろう? いくらなんでも、それはバランス的におかしすぎる。ただ、体を使う全ての戦闘技能に深く関わって来そうなのは間違いないように感じる。
冷静になってよく考えてみたら、例えば一言に剣術といっても、標的を切るという動作が全てなはずはない。体捌きも重要だし、侍の時代では剣技だけでなく足技や投技なども含めたもっと総合的な戦闘術だった。剣を持って戦うとしても、戦闘ではそういう体を上手く使う技術も必要なのだ。つまり剣を使うにも〈体撃〉の要素があるのではないだろうか。
そう考えて行くとこのシステムでは何かを行う時、一つの〈アビリティ〉が高いだけでは十分に力を発揮できないような気がする。例えば槍を使う場合、まず〈槍撃〉が絶対必要で、それに〈体撃〉と〈盾防〉。槍が大きければ〈斧撃〉が必要。槍で切るなら〈剣撃〉が必要で、槍を投げるなら〈弓撃〉が必要。といった感じに複数のアビリティが複雑に絡み合って作用しているのではないだろうか。
とりあえず、どういう方向性のアバターに仕上げるにしても体撃は出来る限り入れる方向性で調整しよう。
テスラという世界がどういう世界かは分からないけど、こんな物騒なシステムがあるんだし安全な世界の可能性は低い。その体だけで力を発揮できる無手術は多くの場面で活きそうだし。
……よしっ、ざっと調べてこのシステムは大体把握出来た。あとは絶対に必要なモノを選んで、バランスを見ながら精査して――
「皆、聞いてくれ」
マサさんの声が響いた。
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