第52話 そして始まる

「……!?」


 カーンカーンカーンと、遠くから聞こえてくる金属音で目を覚ます。

 ちらりと閉じられている木戸を見た。

 隙間から入ってくる光の加減からして、まだ日が登り始めた頃だろう。

 目が覚めて暫くの間、何がどうなっているのか分からず混乱していると、今度はゴーンゴーンという腹の底から響くような鐘の音が混じり始めた。

「何だ……これは?」

 何が何だか分からないけど、何か良くない事が起こっているのは分かる。

 周囲の部屋から、ガサガサカチャカチャという音や緊迫した声が聞こえ始め、宿の外からも住民が騒いでいる声が聞こえてきた。

 ベッドから飛び起き、急いで着替え、荷物を持つ。

 何だ? 何が起こっている?

 部屋から飛び出したところでダンとラキを見付け、駆け寄った。

「ダン! この音って――」

「話は後だ! とにかく冒険者ギルドへ」

 そう言って走り出した二人を追った。


 宿の外に出ると、沢山の人が慌ただしく動き回っていた。

 家の壁に木材を打ち付けている人。大きな荷物を抱えてどこかへ走っている人。荷物を馬車や荷車に載せている人。そして僕達とおなじように完全武装な人が色々な方向へと走っていた。

 二人に追いつき、走りながらもう一度、聞く。

「この音は何!?」

 するとダンがちらりとこちらを見て、走りながら話してくれた。

「最初の鐘は、門で何かあった時。次の鐘は、町に何かあった時の鐘だ!」

 それだけ簡単に言うと、彼は走る事に全力を注ぐかのように黙って前を向いた。

 つまり、門で何かが起きて、それから町で何かが起きた? いや、町の人々の様子を見る限り、門で何かが起きて、それが町全体に影響する事態になった、という方が正しい気がする。

 どちらにしろ状況が良いと思える材料が何もない。

 冒険者ギルドの前まで来ると、僕達と同じように冒険者っぽい人がギルドの中へと走り込んでいた。

 僕達も急いでギルドの中へと入る。


 ギルドの中は沢山の冒険者でごった返していて、カウンターの中ではギルド職員が慌ただしく何かの作業に追われていた。

 何かを叫んでいる人もいるし、冒険者同士で話し合っている人もいる。

 皆、一様に情報を求め、そして何かを待っているような気がした。


「静まれ! 状況を説明する!」


 ギルドの奥から出てきた男がそう叫んだ。

 男は五〇歳程。細身のズボンにジャケットのような服を着た、いかにも文官的な格好で、この完全武装の冒険者が集まる今の冒険者ギルドには不釣り合いな印象を受ける。

 男は周囲の声が止むと話を続けた。

「私は、この冒険者ギルド、ランクフルト支部のギルドマスター、ダレン・ウォーラーだ。時間がない。端的に説明する! つい今し方、ランクフルトの北西にモンスターの大群が発見された。つまり……スタンピードだ!」

 その言葉の瞬間、ギルド内に動揺が走り、何人かの冒険者の口から悲鳴とも呻き声ともとれる声が漏れた。

 ギルマスはそれに構わず話を続ける。

「第一波との接触まであと半時もない。……今から逃げても無駄という事だ」

 ギルマスのその言葉に何組かの冒険者が反応し、中にはため息を吐いたり「クソッ!」と吐き捨てる冒険者もいた。

「今は男爵と交渉中だが、防衛に協力すれば報奨金が出るように取り計らわれるはずだ。それぞれ、役割や働きに応じて色もつける。大きな戦果を上げた者は男爵……国からお声がかかるだろう。……分かっているとは思うが、一応言っておくぞ。町の門が突破されれば、後は乱戦だ。そうなれば休む事も難しくなる。町にモンスターが溢れれば隠れる場所もなくなる。つまり、生き残るための最善策は門を守る事だ。分かったな?」


 心臓の音がドクドクと早く、大きくなっているのが分かる。そして気持ちが落ち着かないのか、何か現実ではないような、空を飛んでいるかのように意識がふわふわしている。

 モンスターの大群、スタンピード、防衛、逃げられない、報奨金。色々な情報が一気に入ってきて、訳が分からない。だが状況が良くない事は分かった。

 目を閉じてゆっくりと息を吸い、そして吐く。

 落ち着こう。とりあえず周りをよく見て状況を把握し、情報を整理しよう。

 まず現状、モンスターの大群がこの町の方へと向かっている。これは確定だろう。そして逃げられない事。もうモンスターが来るまで時間がないのもそうだけど、この町の南と東には海や山があるので、そちらに行っても逃れる場所がない。モンスターが近づかない森の村なら大丈夫かもしれないけど、今からじゃ馬で全速力を出しても森の村には着かない。

 つまり僕達はランクフルトに立てこもって凌ぐしか方法がない。


「……」

 もう少し深く考えていく。

 何となく、ギルマスの言葉と、その後の冒険者の反応に違和感を覚えた。

 どうもギルマスは冒険者が逃げ出さないように言葉を選んでいたように感じる。

 まず最初に逃げられない事を強調し、それから戦うメリットを説いたのだ。

 冒険者側の反応はと言うと、モンスターの大群が向かって来ている、と聞いてすぐに何かを考え、動き出そうとしている人がいた。そしてそれと反対に、逃げようなんてまったく考えていない冒険者もいた。

 ちらりと横を見る。

 うちのパーティメンバーも後者だ。

 あぁ、そうか。これがこの町出身の冒険者と、別の町出身の冒険者の違いなのかもしれない。この町出身なら町に愛着もあるだろうし、家族もいるだろう。なら町を守るしかない。

 ……それ以外にも何かある気もするが。


「よし、とにかくまずは攻撃魔法が使える冒険者は集まってくれ。特に土魔法。出来ればストーンウォールが使えるなら名乗り出てくれ。それと弓が使える冒険者もだ。前衛については後で指示するが、とりあえず準備が出来次第、西門へ来い」

 ギルマスの言葉に次々と冒険者が前に出る。

 ラキが前に進むのを見て、ダンに「また後で」と言い、僕もギルマスの方へと人をかき分けながら進んだ。

「集まったな。ではすぐに西門へと移動する。詳しい説明はそちらで話す」



◆◆◆



「はぁ、はぁ……よし、土魔法持ちは、すぐに門の外に出て防壁を作れ。詳細は、外にいる職員に聞け」

 西門の前まで全員で走り、ギルマスはすぐにそう指示を出した。

 何人かの冒険者がその指示に従って門の外へと進む。

 門は開かれてあり、周辺には一〇人前後の兵士のような格好をした人が何かを運んだりしている。門の外では、柵のような物を設置したり、馬車を横倒しにしたりと急造の壁を作っている人達がいた。

「詳しく理解してない者もいるだろうから予め説明しておく。スタンピードはモンスターの暴走だ。何百何千……場合によっては何万ものモンスターが大移動する。そして移動するモンスター達は、その速さの違いによって次第にバラけていき、いくつかの集団に分かれる事が多い。なので第一波を防いだからといって安心はするな。ギルドの資料によると、後になるほど重量級で面倒なモンスターが出やすい傾向があるらしい」

 ギルマスは息を整え、話を続ける。

「スタンピード中のモンスターの行動は普段とは違う事が多い。積極的に町を襲うために向かって来る事はあまりないから、町から逸れるモンスターはとりあえず無視してかまわん。町にぶつかるモンスターだけを狙え。いいか、我々の目的は全てのモンスターを殲滅する事ではない。町にぶつからないように方向をズラすだけでいい。分かったな」

 そう言ったギルマスは全員の顔を見回し、「よし、壁に上るぞ」と言って門横にある木製の階段を上り始めた。

 僕達もそれに続く。

 壁の上は幅が一メートルほどの通路があり、それがずっと一周続いているのが見えた。転落防止のためか、手すり付きの低い壁が両側に付いているのがありがたい。

 そんな事を考えながら、顔を上げ、壁の外側、道の先の方を見た。


「っ……」


 僕はその光景に思わず息を呑み、言葉を失う。

 数えきれないほどのモンスターの黒い波と、砂埃の壁がすぐそこまで迫っていたのだから。

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