第51話★【閑話】塔上の新兵と一日の始まり

 この51話の裏話を『とある作者の執筆日記』第5話に書きました。




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 新米兵士の朝は早い。

 と言うか、日が昇るかなり前には叩き起こされる。

 それはもう早いってレベルじゃあない。

 何故そんな早いかと言うと、誰もがやりたがらない夜間警備任務は新米に回されるからだ。

 夜間警備任務とは、重要拠点の警備任務の日が落ちてから日が昇るまでの間の事を指す。

 当然、眠い、ダルい、時間感覚が狂う、暇、と悪い事尽くめで人気はない。

 そして、その中でも特に人気がないのは外壁にある門横の物見の塔の警備だ。

 ここは外壁に隣接するように石と木で作られた塔で、高さは壁の倍はある。そこから壁の外を警戒し、門に何かあれば鐘を鳴らす。それ以外はずっと外を見ているだけ。

 当然ながら外壁の倍はある高さだし、窓ガラスなんて使えないから外に剥き出しで、風にさらされる。さっき言った人気がない理由に“寒い”までプラスされる素敵なお仕事だ。

 そのかわり給料は良い……訳がない。

 彼らは三等兵。一番の下っ端だ。

 いくら仕事がキツくても、給料も一番下なのだ。


「……なぁウッグス。俺達って何やってんだろうな」

 木製の壁にもたれかかるように体を預けた男が、屋根を見上げ、つぶやくように聞いた。

「何って、塔の上からの見張りだろ。ボケてんのか……ビエッジ、壁にもたれるなといつも言ってんだろ。こんな木製のオンボロ、下手に体重かけたらいつ壊れてもおかしくねぇぞ。落ちたら死んじまうんだぞ、分かってんのか?」

 そう言いながらもウッグスと呼ばれた男は、ちらりと声の方を確認しただけで真面目に外を警戒し続ける。

「そういう話じゃなくてだな……。はぁ……オメェはいつも真面目だな。昇進も早そうだぜ」

「こんな仕事が嫌なら、ちっとは真面目にするんだな。昇進すればこんな仕事とはすぐにおさらば出来るんだぞ」

 そう言い返されたビエッジは、一瞬黙った後、「そう言えばそうだったな……」と言って下を向いた。


 また沈黙が訪れる。

 見張りは基本的に二人一組で行うが、こう何度も何時間も二人っきりで話していると話題もなくなる。それでも話せるだけマシというものだ。領主の屋敷前の警備だと、周囲に人がいない事を確認しないと話も出来ない。口うるさい上司に見られない事がこの塔上の一番の良さかもしれない。

 灯火の魔道具の小さな灯りがゆらゆらと二人を照らす。

 この小さな灯りでは狭い範囲にしか光が届かない。

 近づけば本ぐらいなら読めるかもな、とビエッジはふと思った。

 そしてそれから字が読めない事を思い出し、ため息を吐く。

 気を取り直し、そのうちウッグスに教えてもらわなきゃな、とビエッジは考えた。何しろもっと上に行くには読み書きは必須だからだ。このままこの仕事を続けるなら、いつかは覚える事になる。覚えるなら早い方が良いし、恥をかくなら若い方が良い。


「なぁ、ウッグス。俺に読み書きを教えてくれねぇか?」

 ビエッジは、そう切り出した。

 切り替えが早く、行動も早い。やると決めたら即行動。それが彼の良いところだった。


「……」

 その時、丁度、日が昇り、二人を照らす。

 ようやく待望の朝を迎えたのだ。

「なぁ、ウッグス。……ウッグス?」

 返事がない事を訝しみ、ビエッジはウッグスの方を向いた。

 ウッグスは門の外、地平線の彼方を見ている。

 その目は大きく開かれ、口は緩んで半空きで――


「モンスターの大群だっ!! 伝令! 大至急! ビエッジ! 走れ!」


 その瞬間、ウッグスが跳ねるようにして動き出し、叫ぶ。

 そして塔の中に吊るされていた鐘に飛びつき、力一杯ハンマーで叩いた。

「ビエッジ! 何してる! 早くしろ!」

 ウッグスはまた叫び、ハンマーで鐘を叩き続ける。


 ビエッジは恐る恐る、門の外、地平線の彼方を見た。

 そこには、朝日に照らされた“何か”が地平線で蠢いていた。

 砂煙を上げ、沢山の何かがこちらへと動いているのが見える。

 遠すぎて、それが“何か”は分からない。が、本能が教えてくれた。

 恐怖、という形で。


「……ヒぁっ」


 ビエッジは本能に動かされるまま、跳ねるように後ろを向いて梯子に飛びつき、半ば落ちるように滑り下りる。

 そして地面に転がった後、全速力で走り出す。

 恐怖と緊張で体が硬直し、上手く走れず、足がもつれ、そして転び。それでも彼は立ち上がって走り続けた。

 少しでも早く、一秒でも早く、伝える事で、何かが変わると信じて。


 そうして長い一日が始まった。

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