第237話 錬金術師とポーション
そして翌日。今日も朝から買い出しとポーションの予約をしに行く。
そのついでに毎回、少しずつ行動範囲を広げて町を探索しているのだけど、たまに危険な臭いがする細い道とかがあったりするため時間はかかっている。
宿から出て大通りを歩いていると急に強い風が吹き、ブルッと体が震えた。
「ちょっと寒くなってきたかな……」
そろそろ夏も終わってきたのだろうか。
この世界――というよりこの世界のこの地域はヨーロッパに気候が似ているのか夏でも比較的過ごしやすかった。なのでこれまで気候的には特に問題を感じなかったけど、だとすれば逆に冬はかなり寒くなるかもしれない。もしかすると早い段階で暖かい地域に移った方がいい可能性もあるけど、今はダンジョンが最優先だ。
乾燥肉などを買い込み、それからいつもの錬金術師の店に行く。
「こんにちは」
「あぁ、あんたか。今日も魔力ポーションかい?」
「えぇ、数は同じで、いつものように明日の朝までにお願いします」
そう言いながら袋の中から前金を取り出そうとする。
「いや、前金はもういい。あんたがちゃんと払うのは分かったからな。それに値段も三〇本で金貨四〇枚にしといてやるよ」
「本当ですか? 助かります!」
これが信用を得るということだろうか?
こういうのがあると冒険者が生まれた町に留まりたがる気持ちもよく分かるよね。生まれ育った町でそれなりに信用があって顔が利くから恩恵も大きいけど、他所の町に行ったら自分は余所者で信頼関係はゼロから構築しなきゃならないのだからね。
「あんたはこれだけの金額になっても最初から値切りもしなかったからな。こちらの仕事を信用してくれる客にはちゃんと応えるさ」
店主はビーカーのようなガラス容器を布で拭きながら話を続ける。
「最近はすぐに値切ろうとする奴らもいるが、真っ当に商売している身からすれば腹も立つってもんだ。なんでも値切ればいいってもんじゃないんだよ」
「……そうですよね!」
いや、値切らなかったのは値下げ交渉が面倒だったという理由が一番大きいのだけど……。まぁ、言わぬが花か。
しかし今後は値切り交渉も注意しないとね。それなりにプライド持ってる店主が相手だと問題が起きるかもしれない。短期間でその町を去る場合ならともかく、長い期間その町に留まる場合とか、特に何度も利用する店の場合は気を付けないと……。信用の構築に失敗する可能性がある。
「あっ、そうだ。ついでに魔法書見せてもらえます?」
そういえば、最近レベルアップしまくりなのに新しい魔法が使えるようになっているかの検査をしてなかったよね。ついでだし調べておこう。
「あぁ、いいぜ。どんな魔法書が必要なんだ?」
「ボール系の魔法書と出来ればライトアローがあれば嬉しいですね」
「ライトアローはあるし、ボール系なら水と光と火と闇があるな。……あんた、光属性ってことは回復魔法持ちだな。回復魔法持ちがそれだけ魔力ポーションを買い込むとは、あんたのパーティはどれだけ無茶してんだ?」
「えっ? あぁ……まぁ、色々とあるんですよ!」
そうか、魔力ポーションを買い込む時点で魔法使いだし、欲しがる魔法書で属性が分かる。そして光属性ならヒーラー濃厚。ヒーラーが魔力ポーションを買い込んでいる時点でそういう認識になってしまうか……。まぁこの程度の情報ならどうってことないだろうし、この店では既に不自然に魔力ポーションの大量購入なんてことをしてしまっているから今更なんだけど、あまり変に目立つのはよくないかも。
「まぁ言いたくないならそれでもいいが」
「色々とあるんですよ!」
軽く言い訳をしながら魔法書に触れていく。
まずはカウンターに置かれたライトアローの魔法書に触れてみる。
「……」
うん、なにも感じない……。
あれだけレベルアップしたのにまだライトアローも使えないとは……。
確かランクフルトではCランク冒険者が一番強かったはずで、スタンピードの時はアロー系の魔法もいくつか飛んでいた。つまりCランク前後のレベルで使える魔法のはずなんだけど……。
やっぱり僕はまだまだそこまで強くないってことなのだろう。
続いてライト以外の属性ボール系魔法の魔法書を触ってみる。
……うん、こちらもダメだ。
ボール系は一番簡単な攻撃魔法らしいけど、こちらも使えない。
オリハルコンの指輪をすれば覚えられる可能性はあるけど、ここで装備するのはヤバい気がするから止めておく。
まだまだ道は長いね……。僕が『くらえ! ウインドスラッシャー!』みたいにカッコいい魔法を人前で披露するのはまだまだ先になりそうだ。当面は白い球を投げつけるだけで我慢しておこう。
うん、球が白いだけまだマシだと思おうじゃないか。これが闇属性で黒い球だったなら、どこぞの動物園で黒いアレを投げつけるチンパンジーを思い出して嫌になりそうだし。
「あっ! そうだ、一つ聞きたいのですけど、この魔力ポーションと、ダンジョンで出てくる下級魔力ポーションってどう違うのですか?」
「どうって……そりゃまぁ別物だな。あちらは回復速度も速いし……」
「それって、その……。言いにくいですけど、ダンジョン産ポーションの方が効果が高いってことですか?」
「いや……必ずしもそうとは言えないな。……錬金術師としても言いたくはない。錬金術師が作るポーションや魔力ポーションも持続時間が長い分、ダンジョン産の下級ポーションよりも総合的には回復量が多いという研究結果もある。……まぁ、保存期間ではあちらの方が優れてるのは間違いないけどな」
そう言って錬金術師の店主はなんともいえない顔をした。
「ダンジョン産ポーションの保存期間って具体的にどれぐらいなんですか?」
「……さてね。年単位で保つのは知っているが、具体的な期間までは知らないな」
なるほどね。その可能性は考えていたけど、やっぱりダンジョン産ポーションは保存期間が長い。それこそ年単位となると桁が違う。そうなると値段が高くてもそれだけの価値はある、か。
はっきり言って、錬金術師が作るポーションも魔力ポーションも消費期限が短すぎて常備するのにはまったく向いてない。それに値段も高いしね。現時点では今の僕のようにはっきりとした目的がある人とお金持ち以外はポーションを買わないだろう。冒険者がポーションを常備しない理由もよく分かる。
それに恐らくだけど、これとヒーラーが少ないことが冒険者を積極的な冒険から遠ざけている理由な気もする。一つのミスで怪我をしたら、即、死の可能性が見えてくるからだ。それこそダンがそうだったようにね。
「ありがとうございます。ダメですね。まだ使えないみたいです」
「そうかい。残念だったな」
店主に魔法書を返して「それではまた明日。魔力ポーションよろしくお願いします」と言い残して店を出た。
そしてその日は寝るまで鍛錬をしたりリゼを呼んだりして一時の休暇を満喫した。
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