第229話 祈り

 そして太陽が完全に昇った後、町に出かけた。

 この世界のお店は太陽が昇ると共に開きだし、基本的には太陽と共に閉まるので分かりやすい。


「さて、まずは……」


 この町に来てから少しずつこの町の探索はしていた。

 大まかなこの町の造りは、西に富裕層、東に貧困層、北が教会や各種機関を中心としたエリアで南が商業地区。勿論、明確に区切られているわけでもないので大体の印象だけど。

 とりあえず町の南側、商業地区に向かい、朝市で食料品などを買い込んでいく。

 これからは五階村を拠点に活動するので、こちらに戻ってくる機会も減る。それに五階村は物資も少なく物価が高いという噂。出来る限り物資は揃えておきたい。


「乾燥アッポルだよ! ザル一つで銀貨一枚だ!」

「キュ!」

「ん? これがいいの? おっちゃん、二つ頂戴」

「はいよ!」


 シオンが珍しくフードの中から出てきたと思ったら乾燥アッポルを欲しがったので購入することにした。

 アッポルはりんごに似た形と味をした果物で、周辺の国々では比較的ポピュラーな果物っぽい。流石に品種改良されまくって甘さがスイーツ化している日本のりんごと比べると渋すぎるけど、一般人には貴重な甘味だ。

 この乾燥アッポルはそれを縦にスライスして乾燥させたモノだけど、果たして味はどうなのだろうか?

 でもシオンが欲しがったということはアタリなのかもしれない。

 背負袋から小袋を出して乾燥アッポルを詰める。

 この世界にはビニール袋なんて便利なモノは存在しないので、こういった買い物をするなら容器は複数持ち歩いておく必要があるのだ。

 ザバザバっと袋詰めする最中、割れた一枚を見付けて更に半分に割ってシオンに半分渡し、残りの半分を口に含む。


「うん、十分イケるな」


 爽やかな酸味とほのかな甘味が広がっていく。

 やっぱり乾燥させると甘みが濃縮されて甘くなるね!

 物資を揃えた後、露店などを一通りチェックし、そこから町の北側に向かう。

 こちらには武器屋の店主に紹介してもらった錬金術師の店がある。

 武器屋の店主曰く『錬金術師にしてはマトモ』な店らしいけど、果たして……。


「……っと、これかな?」


 大通り沿いで教会のある場所より少し奥。木製で立派だけど高級店という感じでもなく、敷地も狭い。

 店の扉を開くと独特な草の匂いがして、いかにも! という感じがする。

 店の棚には様々な意味不明なアイテムが並び、その中にはいくつかの陶器の瓶も見えた。


「すみませ~ん、魔力ポーション三〇本ください」


 店の奥にいる黒いローブを着た中年男性に声をかけると、男はなんともいえない顔でこちらを見た。


「お客さん、戦争でも始める気か?」

「いやいや、普通にダンジョンで使うだけですよ」


 今回、錬金術師の店に来た理由がこれ。魔力ポーションだ。

 そもそもの発端はターンアンデッド。このターンアンデッドは効果も強いが魔力消費量が多い。なので連発が難しく、これをメインの攻撃手段として使っていくのは難しい。しかし現時点ではこれに頼らないとグールを相手にするリスクが大きい。ならば魔力消費の方をどうにかすればいい。

 これはMMORPGではよくあるレベル上げ戦術。所謂『ポーションがぶ飲み』ってやつだ。


「なんにせよここにはない。うちで作り置きしてるのは二本だけだ。知っているとは思うが魔力ポーションの使用期限は七日程度だからな。そんなに大量には置いとけない」

「じゃあ明日の朝までなら三〇本、揃えられます?」

「……おいおい本気かよ。まぁ前金払うってんならやるが。魔力ポーションは一本で金貨一枚と銀貨五枚だぞ? 三〇本なら金貨四五枚だぞ?」


 あれ? 予想よりちょっと高いな。確かウルケ婆さんの店では金貨一枚だったけど……。あの時はオマケしてくれてたのだろうか?

 まぁいい。それでも計画に変更はない。


「かまいませんよ。前金はいくらです?」

「金貨一〇でいい」

「ではこれで」


 財布から金貨を一〇枚取り出した。


「まったく、こんな数を注文するのは公爵様ぐらいだぞ。あんた一体、何者だよ……」

「ただの旅のヒーラーですよ」


 そう言いながら錬金術師の店を出た。

 それから帰りに見付けた書店に立ち寄ったり屋台でお昼を食べたり、裏路地を歩いてみたりしたけど大きな収穫はなかった。

 そして暫く歩いていると教会の前に出た。


「あぁ……。寄ってくか」


 これまで教会という施設には用事がなければ近寄らないようにしていた。

 大きな根拠があるわけじゃないけど、もしかすると教会では僕の正体とかを看破するようなモノや人物が存在するかもしれない。そう考えたからだ。

 けど今は少し考え方が変わってきた。というのもターンアンデッドからだ。

 ターンアンデッドには成功率がある、ということが分かり、その成功率が今はかなり重要になってきている。なのでターンアンデッドの成功率を上げていきたいのだけど、それを上げる可能性が一番高そうなのがPIEというパラメータだと感じる。PIEは主に信仰心に関する数値で、信仰心を上げそうな行動といえば祈り。祈りといえば教会だと思う。

 なので教会に行って祈ってみたらPIEが上がるんじゃないの? という安易な発想から、定期的に祈りを捧げてみようかなと思っている。

 教会の広い敷地に入っていく。

 もう昼過ぎだからか敷地の中は冒険者の数も少なく、何人かがボロボロに崩れて消える武具を見つめながら膝から崩れ落ちているだけだ。

 この光景はどこの教会でも名物なのだろう。

 それらを横目に見ながら先日、聖水を買った建物に近づいていくと、扉の前を例の白い鎧の聖騎士とやらが守っていた。


「すみません。神に祈りを捧げたいのですが……」

「それならあちらへ行かれるがよろしかろう」


 用件を話すと別の建物を示されたので聖騎士に礼を言い、そちらに向かう。

 う~ん、やっぱりこの世界でそこそこ権力持ってそうな人と関わるのは少し緊張する。流石に聖騎士と名乗るような人がいきなり斬りかかってくるとは思えないけど、こちらのマナーや礼儀やルールを完全には把握しきれていないので、僕が自覚なく無礼な行動を取ってしまう可能性は常にあるからだ。

 マナーや礼儀、ルールというモノは難しくて、それらは国や地域や時代によって変化するので、どこかでそれらを身に着けたとてそれが隣の地域ですら通用するかは分からないのだ。

 地球でいうなら、イギリスとフランスではスープを飲む時に奥から手前にスプーンを入れるか、手前から奥にスプーンを入れるかが逆だったりする。他にもこの二カ国の仲の悪さを象徴するかのようにテーブルマナーは逆なモノが多く、それが日本には混ざって伝わっていることがたまにあり、結婚式用にマナーを覚えようと調べて混乱した記憶がある。

 現代日本でフレンチのテーブルマナーを知らなくても、最悪でも笑われて終わるだけで済むけど、こちらの世界での無作法は『斬り捨て御免』の可能性は普通にあり得る。日本でも江戸時代まではそうだったのだしね。

 ということを考えつつ別の建物に向かう。

 重厚そうな木製の扉を開けて中に入ると、そこは礼拝堂のようになっていた。

 奥には一体の女神像。そしてその左右には二体ずつ。教会が言うところの最高神テスレイティアと四属性の神だ。やはり黄金竜の巣で見た例の六体目の神の像は存在しない。

 礼拝堂の中で掃き掃除をしていた高齢の修道女に話しかける。


「すみません。祈りを捧げたいのですが、作法などはあるのでしょうか?」

「まぁ……素晴らしいお心がけです。最近の冒険者達は聖水を受け取るとこの礼拝堂など見向きもせずに――」


 という愚痴とも説教とも言える長いお話の後、彼女は簡単な作法を教えてくれた。


「細かい作法は色々とあります。しかし重要なのは貴方の祈る心。さぁ膝を折り、手を合わせ、指を組んで祈りを捧げるのです」


 その言葉に従い、テスレイティア様の像の前に行き、片膝を突いて指を組む。そして目を閉じて祈りを捧げた。

 しかし僕はここで誰に祈りを捧げればいいのだろうか? ここの教義に従うならテスレイティア様を中心とした五神だろう。しかしそれでいいのだろうか? 本当は闇も含めた六神が正解なのでは?

 いや、僕は光属性に適性が強いのだし、属性でいうならテスレイティア様だけでいいかもしれない。

 それとも、例の白い場所で見たあの男。名前も知らない。神かすらも分からない。あの男に対して祈るべきなのだろうか。

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