第279話 調査依頼

「で、武具強化とは、なんなのですか?」

「なんだ? 藪から棒に……武具強化は武具強化だっつーの」


 夜に宿の食堂にいたブライドンさんに気になることをぶつけてみた。


「いや、そうではなく、具体的に武具強化をしたら武具がどうなるのか知りたくて」

「どう……って、そりゃ強化されんだよ、強化」


 う~ん……ちょっと上手く伝わらない。

 もう一度、考えを整理して最初から説明していこう。


「実は杖を一回、強化してみたのですが、なにが変わったのか分からなくて……」

「強化したのは一回だけか?」

「そうです」

「なら変わらなくてもおかしくないぞ。武具強化は一回や二回じゃ大した変化がないことも多いからよ」


 一回や二回では変わらない? 武具強化って何度も重ねがけ必須なシステムなのか?


「何度も武具強化したら違いが出てくるってことですか?」

「あぁ、一回でも強化はされてるのかもしれねぇが、常人に見分けがつくような差じゃねぇよ。三回……五回と重ねていけば誰でも分かるぐらい元の武具とは違ってくる。それに――」

「それに?」

「もっと何度も何度も強化を重ねていくと、変わるんだ。それこそ別物にな」

「別物? とは?」

「そのままだ。別の物に変わっちまう。そうなると元の武具とは比べ物にならねぇ威力だからよ……。あれを経験しちまうと、もう武具強化を止められなくなっちまうんだよな……」


 ブライドンさんは食器をキュキュっと磨きながら遠い目をする。

 なにそれ怖い。

 ……これ、なんだかギャンブルみたいになってないか?


「それは、見た目が変わったりするんですか? それとも性能が一気に上がるとか?」

「どっちもあるぜ。見た目からして、こう……なんて言うんだ? グワーっとしたモノになることもあるしよ、切れ味だけ一気に上がったこともあったな」


 なにそれ怖い。

 グワーってなんだ……恐竜かな?


「それって、具体的にどれぐらいの回数でそうなるんです?」

「分かるわけねぇ。それが分かったら苦労しねぇよ」

「いやそうですけど、目安というか『大体はこれぐらい』みたいなモノってあるんじゃないですか?」

「一回でそうなることもあれば、七回八回と重ねてもダメな時はダメだ。そもそも自分の武器がどれだけ強化されてるかなんざ正確には分からねぇだろ」

「自分が強化した回数が強化数じゃないんですか?」

「前の持ち主が強化したかもしれねぇだろ? 良い武具ほど人の手を渡ってくるんだからよ」

「あぁ……」


 武器の見た目が強化数によって変化しない以上、その武器が過去にどれだけ強化されてきたのか正確に把握することは不可能、と。

 ゲームとかならアイテムの正確な情報が表示されたりするから分かりやすいけど、そんなモノがない以上、正確なデータを取ることが難しいってことか……。


「ただ、俺の経験上、良い武具は成功しやすい……とは思ってるぜ。確証なんてねぇけどな」

「なるほど」


 う~ん……。こういうのって正確なデータはなくても大体の傾向みたいなモノが長い年月の中で見えてきて伝わっていくモノだと思うのだけど、それがあんまりないってことはランダム要素が強かったり不確定要素が多かったりするのだろうか。

 ……いや、一つだけしっかり伝わっているモノがあったな。

 例のアレ……教会でフンッフンッすることだけがしっかり伝わっているのが謎すぎるが……。とにかく、まだまだ情報収集は必要そうだ。


◆◆◆


 翌日。カタカタと鳴る木窓の音で目が覚める。

 ベッドから立ち上がり木窓を開けると冷たい風が雪と共に流れ込んできた。


「本格的に降ってきたか」


 隣の建物の屋根が薄っすらと白くなっている。

 今日はちょっと寒くなりそうだ。


「シオン、行こうか」

「キュ」


 宿から出ると地面にも雪が薄く積もっていた。

 それをキュッキュッと踏みしめながら冒険者ギルドへ向かう。

 雪が降っても毎日出勤。これ、真冬になったらもっと大変になるよね? そうなったら仕事なんてせずに宿屋に引きこもってようかな。

 とか考えている間に冒険者ギルドに着く。

 いつものように掲示板を軽く確認し、受付に向かう。


「あっ、ルークさん」

「おはようございます。回復依頼はありますか?」

「今日もありませんね。でも、別の指名依頼が入ってますよ」

「指名依頼ですか?」

「はい。廃坑の調査依頼がギルドから出ております」

「廃坑の調査依頼……」


 調査? 調査ってなにをすればいいんだ? そもそも、どうしてそんな依頼がギルドから僕に来るんだろう。


「指定された廃坑に向かい、中に異常がないか調査してください。もしモンスターを確認した場合、討伐していただければ追加で報酬が出ますので」

「……中にモンスターがいたかどうか、どうやって証明するんです?」

「討伐証明部位は持ち帰っていただきますが、基本的にはルークさんの自己申告で大丈夫ですよ」

「それって嘘の申告が可能なんじゃないですか?」

「そうですね。なのでこれは一定以上、信頼出来ると認められた冒険者にしか依頼されません」


 信頼出来る冒険者? 僕がそうなのか?

 いや、信頼されるのは嬉しいのだけど、まだこの町に来てから日が浅い僕がそこまで信頼された理由が分からない。

 と考えていると、それを察したのか受付嬢が言葉を続けた。


「疑問に思われているようですね。私も全てを把握しているわけではないのですが、ルークさんが回復依頼を問題なく達成していることを上は高く評価しているようです。それに私達ギルド職員との接し方を見ても人となりは問題ないと感じますし」

「って人となりも評価基準に入ってるんですか?」

「勿論です。高ランクになれば身分の高い方々とも接する機会が増えますから、直に接している我々が受ける印象も重要なんですよ」


 なるほど……。いや、確かにそう言われてみたら当然というか。冒険者ギルドって言うなれば派遣業みたいな側面もあるし、心証のよろしくない人間に重要な仕事を回すわけにはいかないか。

 そう考えると冒険者というのも完全に実力で判断される自由な仕事というわけではないのかもね。上に行くとそれなりにそれなりのモノも求められていくのだろう。

 なんかちょっとサラリーマンっぽさが出てきたな……。


「それと、今回の依頼に関しましては、いつもこの依頼を受けていただいている冒険者の方がたまたま別の依頼で不在でして。それならランクアップをご希望のルークさんに任せてみて様子を見よう、という上の判断があったとかなかったとか……」


 と、受付嬢さんが少し小声で続けた。


「なるほど……」


 となると、この依頼はあまり断るべきではない感じなんだろうね。

 実質的に僕のランクアップ評価にも関わってくる部分があるのだろう。


「分かりました。やります」

「ありがとうございます」


 それから細かい情報などを確認し、ギルドを出た。

 そして町を出て西側に向かい、パラパラと降ってくる雪の中を歩いていく。


「えーっと……向かうのは四号坑道ね」


 ギルドの受付で借りた地図を確認する。

 地図によると比較的町から近い場所にある廃坑で、中もそんなに深くなく、内部の地図まで用意されている。至れり尽くせりの仕事だ。

 今回の報酬は金貨二枚。高いのか安いのか微妙なラインな気もするけど、単純に確認だけする仕事なら十分高い気もするし、アルッポのダンジョンなんかでCランク冒険者が受け取る報酬とかと比較すると安い気もする。でも、ダンジョンでの報酬と比べるのは間違っている気もする。

 色々と考えながら歩いていると、すぐに目的の四号坑道に到着した。

 少し地面から盛り上がった小さな丘に穴があいていて、その入口には木製の扉のようなモノの残骸があるが、既に朽ちていて意味を成していない。


「さて……」


 マギロケーションを意識しながら廃坑の中に足を踏み入れる。

 この依頼の主な目的は、実質的には内部になにか危険なモノが住み着いていないかの確認らしい。

 モンスターなんかが住み着いて繁殖する場合もあるし、冬になると夏場では洞窟に住み着かないようなモンスターでも寒さから逃れるために洞窟に避難してくる場合があるとかなんとか。

 じゃあそもそも、モンスターなんて入れないように入口の扉をちゃんと修復しておけばいいじゃん! とは思ったけど、モンスターによっては扉ぐらい簡単に破壊してしまうこともあるらしく、あんまり費用対効果的によろしくないらしい。

 じゃあもうそんな廃坑なんて埋めちゃえばいいじゃん! とも思ったけど、そうもいかない事情もあるらしく――


「おっ」


 廃坑の奥から声が聞こえてきて、マギロケーションでも人の形を確認した。

 慎重に、しかし足音は消さずに近づいていく。


「ん?」

「あっ! 誰かと思ったら兄貴じゃないっすか!」


 その声を聞いて内心ホッと安堵する。

 そこにいたのはジョンとパーティメンバーの三人だった。


「ここにいるってことは、兄貴もクラクラ茸っすか? これ、中々イケますよね!」

「それはない」

「美味しくないよ!」

「好んで食べてるのはアンタぐらいだから!」


 ジョンの言葉に残りの三人が即反論する。


「そうか? 食べるとちょっとクラクラするけど、それも慣れるとヤミツキに――」

「いや、それ毒キノコだよね?」


 思わずツッコミを入れてしまう。

 そうなのだ。ここいらの廃坑にはキノコが生えていて、それがスラムの住人らの貴重な食料源になっているらしい。なので廃坑を閉鎖することは不可能、というのが廃坑を埋めたりしない一番の要因なのだとか。

 ただ、このクラクラ茸は味も悪く、命に関わるようなモノではないにしろ毒がある。なのでスラムの住人でも積極的には食べないらしく――しかしそれが逆に最後のライフラインという位置付けにこのクラクラ茸を持っていったらしく、余計に廃坑の封鎖が難しくなった、という経緯があるらしい。


「クラクラ茸が目的じゃないってことは廃坑の調査依頼っすか?」

「まぁ、そうだね」

「兄貴、流石っすね! その歳で調査依頼を受けられるなんて、ギルドからの信頼が厚い!」


 ワイワイ騒いでいる四人を見ながら考える。

 まだ初冬のこの時期に彼らがクラクラ茸を採りに来ている理由。それを考えていくとあまり良い状況が思い浮かばなかった。


「ところで、鉱山労働の仕事はどうしたの? 今はまだやってる時間だよね?」


 鉱山労働の仕事があるなら最低限、食えてるはずだ。こんなところに来る必要はない。


「それが、今日は掘らないって、追い返されたんすよね。それで困っちゃって……」

「こんなこと、初めてだよな?」

「うん」

「どうなってんだろね?」


 四人の話を総合すると、いつものように鉱山に行ったら全ての作業員が門前払いを食らったらしい。


「それって、もっと昔にもそんなことはなかったってこと?」

「近所のおっちゃんも、こんな晴れてる日に掘らないのは初めてだ、って」

「そうなんだ……」

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