第70話 ダンジョンのシステムと商売のシステム

 何度かフォレストウルフと戦いながら七階へと進む。


「……」

 そのまま七階を歩いていて、ふと考えてしまう。

 いや、どうこう言うほどの事でもないんだけど。このダンジョン、床も壁も天井も全て石のブロックを組み上げて作られていて、色も模様も全面同じなのだ。

 なので方向感覚も狂ってくるし、一人で長く居ると気が滅入りそうになるな、と少し思った。

「うーん……気を紛らわせる何かでもあればいいんだけど、ダンジョンの中で気を散らすのは完全に間違っているし……」

 まぁこれはどうしようもないのかもしれない。慣れるしかないね。


「グガ!」

 そんな事を考えながら歩いていると、前方から何かの鳴き声がした。

 慌てて槍を構える。

 耳に意識を集中させると二種類の足音が聞こえた。これは複数の敵がいる、のか? 気を引き締めないと。

 段々と足音が近づき、光源の魔法に照らされてモンスターのシルエットが見えてきた。

 左側に見えたのはフォレストウルフ。そして右側は……これがコボルトか!

 身長は僕より少し小さいぐらいで、犬を二足歩行にして人間の腕を付けたような姿に見える。顔は犬……と言うよりハイエナのような野性味溢れた顔だ。鋭い歯を剥き出しにしてヨダレを振りまいているその顔に可愛らしさはまったく感じない。武器は何も持っていないが、その鋭い爪は十分な武器だろう。

 フォレストウルフとコボルトは六メートルほどある通路の幅を十分に活かして、左右から僕を挟み込むつもりらしい。

 流石に左右からの同時攻撃はマズい。

 そう考えながら自分から左側、フォレストウルフの方に飛び込んで槍を突き入れる。

「ギェ!!」

 フォレストウルフを倒したか確認せず、すぐに反転し、その回転した勢いをそのままに踏み込んで、槍でコボルトの首を薙ぐ。

 コボルトの首を真一文字に切り裂けたのを一瞬確認すると、バックステップで距離を取った。

「グゲゲ……」

 コボルトは首から流れ出る鮮血を手で押さえるようにしながら数歩進み、膝から崩れ落ちる。

 そのまま暫く様子を見ていると、二体のモンスターは床に吸い込まれるように消えていく。そしてモンスターがいた場所に魔石だけが残った。


「ふぅ……」

 力を抜き、大きく息を吐いていると、僕の周囲に光が渦巻いた。久し振りの女神の祝福だ。僕が覚えている限りだと、これで一〇回目になる。

 この女神の祝福はモンスターを倒した時にだけ起こるモノではなく、何かの経験が一定数溜まった時に起こるモノらしい。それは料理でも、剣の訓練でも、ただ走っているだけでも。色々な事で経験値のようなモノが溜まっていき、そして女神の祝福が起こる。ただ、モンスターを倒す事が一番効率が良いとか。

 以前は女神の祝福の回数をしっかりメモして記録していたけど、寝ている間に女神の祝福を受ける事もある、という話を聞いてから正確な回数を把握する事は諦めた。流石に寝ている間の事は把握出来ないからね。


「それにしても……」

 このフォレストウルフとコボルト……連携しているように見えた。

 でも、モンスターって同族では仲間意識があるみたいだけど、別の種族だと捕食者と被食者の関係になったり、敵対したりもするんだよね。実際、フォレストウルフがゴブリンを襲って食べているところも見た事があるし……。

 フォレストウルフとコボルトは同じ狼系のモンスターだから、仲が良かったりするのだろうか? それとも、ダンジョンだけが特別なのだろうか?


 色々と考えていくと、不自然な事は他にもあった。

 そもそもダンジョンのモンスターって何なのだろうか? こんな全面石ブロックで出来た場所でどうやって生活しているのだろう。例えばこの階にはコボルトとフォレストウルフしか出ないはずなので、この両者の仲が良いなら餌となるものが何もない事になる。

 よく考えると初心者ダンジョンもおかしかった。

 あそこも洞窟っぽい暗闇の空間だったし、そしてモンスターは一定範囲に一体だけしかいなかった。つまり常に一対一で戦えたんだ。その事は南の村の冒険者ギルドの受付嬢も、そういうダンジョンだと言っていたはず。当時は、そんなものなのかな? というぐらいで別に気にはしてなかったけど、よく考えてみたら不自然すぎる。

 いくら暗闇とは言え、偶然ゴブリンが出会って合流したり、二匹が近い位置に移動してたりしてもおかしくないのに、そんな事は一度もなかったのだ。

 そしてもっと根本的な話をすると、倒した敵が消えるというのもおかしすぎる。ダンジョンだから、という理由に周囲の誰もが普通に納得しているから、僕も、異世界だしそういうモノか、と流されていたけど、冷静に考えるとおかしいはずだ。……いや、確実におかしい。

 ……これではまるで……ゲーム――


「……」

 ……だったとして、それが何に繋がるのだろうか?

 今の僕が持つ情報からでは何も判断出来ない。そして現状、特にデメリットも感じない。むしろ解体などしなくていいからメリットの方が多い気もする。

「やっぱりこの世界は謎が多いね。そして――面白い」

 槍をくるりと回し、石突をカツンと地面に打ち付ける。そしてそれを杖のように使いながら、僕はダンジョンの奥へと歩き始めた。



◆◆◆



 フォレストウルフとコボルトを狩りながら難無く一〇階を抜け、一一階で転移碑に登録して一階へと戻る。

 六階から一一階までも最短ルートで進んだけど、この階層はそれまでより冒険者の数も少なく、敵もゴブリンなどより明らかに強かったので、それなりに時間もかかった。もう十分働いたし、今日は終わりでいいかな。

 そう思いながらダンジョンの外に出ると、雨が止んでいた。

 着ていた外套を畳み、背負袋に入れる。

 まだ雨で濡れたままの道を進み、三つの門を抜けると道沿いにいくつかの屋台や露店が並んでいるのが見えた。そしてそれ以外にも多くの人が道沿いに並んで声を張り上げているのが見えた。

 ん? 何だか様子がおかしい。何となくだけど、僕が知っている露店とは雰囲気が違う気がする。

 首をひねりながらも、そちらへと近づいていく。


「フォレストウルフの毛皮、銀貨一枚と銅貨五枚! エルラビットの毛皮、銀貨一枚!」

「エルラビットの肉はこっちだ! 銀貨一枚! 銀貨一枚!」

「オーク肉! 銀貨三!」

「高ランクの素材なら何でも買い取るぜ!」

「エルラビットの肉! 銀貨一枚に銅貨一枚だ!」

「武具を売りたいならこっちに来てくれ!」


 なるほどね。何となく理解出来た。

 要するに、ここにいる人達は物を売りに来ているのではなく、買い取りに来ているのだ。


 基本的に冒険者ギルドは魔石と一部のアイテム以外の物を買い取らない。その理由は簡単で、冒険者ギルドは在庫を抱えるリスクを背負いたくないのだ。保存がきいて需要が安定している物ならともかく、皮などの生モノとか、肉などの食品は特にリスクが大きい。売り切れなければ全て冒険者ギルドが損をかぶる事になる。それに買い取りが可能な目利きの確保や、販売ルートの構築など、余計な事が無駄に増えすぎてしまう。

 それと消費者の側からしても冒険者ギルドを通す事はデメリットが大きい。

 冒険者ギルドという一つの組織を通す事によって中間マージンが増えて価格が上がってしまうからだ。そんな無駄な事は誰も望んでいない。

 なので、冒険者は取ってきたアイテムを基本的には商人に売る事になる。だからこういう状況になっているのだろう。


「すみません。これをお願いします」

「はいよっ! フォレストウルフの毛皮……こりゃ状態も良い。四枚で銀貨七枚でどうだい?」

 毛皮を買い取っている商人にフォレストウルフの毛皮を渡すと、さっき聞いていたより良い値段を提示された。

 実はフォレストウルフの毛皮を背負袋に入れる時に、臭いが気になったのでこっそりと浄化をかけておいたのだ。それが良かったのかもしれない。

 商人に「それでお願いします」と言い、銀貨七枚を受け取った。


 しかし、Eランクモンスターの毛皮で銀貨一枚と銅貨五枚か。

 フォレストウルフの毛皮から外套を作るとなると、恐らく三枚から五枚ほど毛皮が必要なはずだ。その買取価格だけで銀貨七枚前後するし、他の材料の値段とか人件費とか技術料など、色々と考えていくと、どう安く見積もっても金貨三枚ぐらいないと割に合わないだろう。

「そりゃ革製品は高いよね」

 うんうんと一人で納得しながら冒険者ギルドへと向かった。

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