第310話【閑話9】婚約破棄されて追放されましたが、なぜか聖女と呼ばれてます~回復魔法が凄すぎて人生変わりました~(WEB版)

「よいしょっと!」


 エレナは干し肉の入った袋を持ち上げ、鍋の横のテーブルに置いた。


「聖女様、そんな雑用はしなくても大丈夫ですよ!」

「あの、何度も言っていますが、私は聖女様ではないですからね!」


 そう言ってエレナは炊き出しの準備を続けていく。

 もう何度も行っている炊き出しなので、エレナも慣れたものだ。


「エレナ、そろそろ」

「あっ! そうだったね」


 マリーサに呼ばれ、スラムの住人が集まっている方に行く。

 そして深呼吸して、声を張り上げた。


「それでは怪我をしている方、集まってくださ~い」


 炊き出しの時、エレナはいつも治療を行っていた。

 貧しい人でも怪我を治せるように、無料でだ。


「聖女様! お願いします!」

「この子、昨日から調子が悪くて――」

「俺は足を怪我しちまってさ……」


 続々と集まってくる怪我人をマリーサが一列に並べていく。


「私は聖女様ではないですよ!」

「ちゃんと並んでくれ! でないと治療出来ないぞ!」


 なぜか最近『聖女様』と呼ばれるようになってしまったけど、本人としては恐れ多いし困惑するだけだ。何度も訂正しているけど誰も聞き入れてくれなくて、エレナも半分諦めている状態。

 エレナは小さく「よしっ!」と呟き、自分に気合を入れる。

 いつもは彼女の先生が一緒に治療してくれて、彼女が治せないような大きな怪我をした患者も彼が治してくれていた。でも、今日は一人で全ての患者を診なければならない。先生は別の仕事で来られなかったからだ。


「しっかりしないと、ね……」


 少し緊張しながらも順番に治療していく。

 一人、二人、三人。列は長く、まだまだ終わらない。

 途中、炊き出しのスープが完成しても、エレナは魔力ポーションを飲みながら治療し続けた。


「エレナ、そろそろ休憩しよう」


 マリーサが良いタイミングで休憩を入れる。

 エレナは額に汗を浮かべ、その顔には疲労の色が見えていた。


「……うん」

「悪いが暫く休憩する。少しこのまま待っていてくれ」


 マリーサがエレナを仮設テントの方に連れて行こうとする。

 やはり一人でこの全ての患者を診るのは少し難しかったのかもしれない。

 思い返してみると、いつもは先生が治療の大部分を引き受けてくれていた。だからこそ、この炊き出しでの無料診療が成り立っていた。そのことを改めて思い知らされ、エレナはちょっぴり落ち込んだ。でも――


「うん! よしっ!」

「エレナ?」


 それでもすぐに切り替え、前を向く。

 これが最近、エレナが大きく変わったところだった。

 以前のように後ろ向きで、すぐにマイナス思考になるのではなく、とにかく頑張って一生懸命に前を向こうとする姿勢。それはエレナが先生との修行によって得た変化だった。

 その変化に気付き、マリーサは「フフッ」と笑う。


「どうしたの?」

「いや……。エレナは変わったな、と思ってね」


 それも、良い方向に。

 最初は若すぎるし少し怪しいと思ったけど、エレナの先生はエレナにキッチリと回復魔法を覚えさせ、こうしてエレナを変えた。もう、認めるしかない。

 マリーサは自身もしっかりと前を向き、未来を考えようと思った。

 しかし、そんな彼女らに、あまり聞きたくない声が近付いてきたのだ。


「邪魔だ! どけっ!」

「道を開けろ!」


 冒険者にしては上品な鎧を着た男らがスラムの住人らを蹴散らしてエレナに近付いてくる。

 マリーサはエレナの前に立ち、険しい顔を見せる。

 周囲の人々は困惑の表情を浮かべながら見守っている。


「久し振りだな、エレナ。……いや、エレナリア・サリオール」


 そうして現れた男の顔を診て、エレナの顔が曇る。


「イラ様……」


 同じ学院の生徒であり、元のパーティメンバーでもあり、エレナのかつての婚約者で、それを破棄した男。

 その周囲には、いつもの取り巻きと、スミカと名乗ったいつぞやの少女もいた。

 エレナの顔は強張り、マリーサの服の裾を握りしめている。

 そのエレナの昔の癖を背中に感じ、マリーサはエレナを守るためにもう半歩、前に出た。


「最近、派手にやってるそうだな」

「……どういうことでしょう」


 質問のような言葉にエレナは慎重に答える。


「聖女だなんだと名乗り、こうやって貧民共に施しを与えているのだろう?」

「……聖女と名乗ってはおりません」

「おいおい、とぼけるなよ。お前が聖女と呼ばれて調子に乗っていることぐらい、調べがついてるんだぜ」

「そんなことは――」


 取り巻きAの言葉にエレナが反論しようとした言葉を遮りながらイラが言葉を放つ。


「まぁそれはどうでもいい。とにかくその力、我々が上手く使用してやることにした。ついてこい」

「ど、どういうことです?」


 エレナが困惑の表情を浮かべている間に取り巻きの一人が無遠慮にズカズカと近寄ってきてエレナの腕を掴んだ。


「痛ッ!」

「おいっ! 止めろ! どういうことだ」


 マリーサが剣を抜こうとするのをエレナが押し止める。


「どうもこうもない。お前とまた婚約するなどお断りだが、その力は使ってやるというのだ。行くぞ」


 イラがそう言うと、エレナの腕を掴んでいた取り巻きがグイッと遠慮なくエレナの腕を引っ張り、強引に連れて行こうとする。

 無理に引っ張られたエレナが痛みで顔を歪める。

 異様な光景に周囲の人々は理解が追いつかない。

 そんな中、その無茶苦茶なやり方に我慢の限界に達したマリーサが怒りの表情で剣のロックを親指でピンッと外す。そして覚悟を決めた。

 ここで剣を抜けば、奇襲なら一人は斬れる。二人目もいけるかもしれない。しかし三人目は分からない。四人目については絶望的だ。

 そして仮に全てが上手くいったとしても、ここで剣を抜けば――死は免れない。

 ここで剣を抜けば間違いなく重罪人になる。上手くこの場を逃れても、いずれどこかで処刑されることになるだろう。しかしそれでも、ここで引くわけにはいかなかった。

 ここでエレナを渡してしまえば、どんな扱いをされるか分からない。

 マリーサは昔の記憶を走馬灯のように思い出していく。

 子供の頃、初めてエレナに会った日のこと。最初は彼女の年の近い友人としてあてがわれたが、いつしかエレナのことを本気で守りたいと思うようになり、魔法の才能がなかったので剣の道に入ることにした。執事の子が剣の道に進むことを両親は反対したけど、マリーサは絶対に譲らなかった。

 そして心配しながら応援してくれたエレナの顔。二人で一緒に祝った誕生日。学院で無二の親友を見付けたというエレナの父の言葉を聞き、二人で学院に夢を抱いていたあの頃。……学院での絶望感。

 もう二度とエレナにはあんな顔はさせないと誓ったのに、今ここでその顔と震える手を見ている不甲斐なさ。

 全ての想いを胸に秘め、マリーサはカッと目を見開く。

 そしてエレナと家族に累が及ばないよう祈りながら右手に全力で力を込めた。

 次の瞬間――


「気安く聖女様に触ってんじゃ! ねぇぞ!」


 横から飛び込んできた男がエレナを掴んでいる取り巻きをぶん殴った。

 放り出されて体勢を崩したエレナをマリーサが慌てて引き寄せる。


「俺はこの足を聖女様に治してもらったおかげで今がある。どこぞの偉いさんのクソボンボンかは知らないが、聖女様に乱暴するヤツはこの俺が許さんからな!」

「あなたは……」


 エレナはその男に少し見覚えがあった。

 その男はエレナが炊き出しを始めた一番最初に治療した冒険者だった。

 ただ、この場にエレナの先生がいたのなら『いや、あの怪我はエレナでは治せなかったから僕が治したよね!?』と鋭いツッコミを入れたはずだが、この場にはそんな空気の読めない男はいなかったので話はそのまま進んでいく。


「そうだ! 聖女様になにしやがる!」

「ふざけんじゃないわよ!」

「とっとと失せやがれ!」


 固まっていた周囲の人々も男の勇気に動かされたのか口々に罵声を浴びせていった。

 その勢いに取り巻きらが少し怯んで後退する。が、勢い付く人々を黙らせる男がいた。


「お前ら……俺様を誰だと思っている! 俺はこの国の王太子、イラジャイ・ソルマズだぞ!」


 イラが苛立ちながらそう言った瞬間、周囲の人々に動揺が走る。


「王太子……」

「王太子って本当なのか……?」

「お、おい。どうすんだ?」


 人々に先程までの勢いは消え失せていく。


「まったく、この卑しい貧民共が……。おいっ! 目障りだ、殺せ」

「はっ!」


 イラの後ろに控えていた護衛が剣を抜き、取り巻きを殴った冒険者に斬りかかった。


「は?」


 飛び散る鮮血。倒れていく体。

 彼は剣を抜く間もなく袈裟懸けに斬り捨てられた。


「俺に逆らい、貴族に暴行を加えた罪をその命で償え」

「あぁ!」


 エレナが倒れた冒険者に駆け寄り、両手をかざす。


「今治しますから! 光よ、癒やせ《ヒール》」

「聖女……様……」


 冒険者はゴプリと黒い血を吐き、手を震わせる。


「どうして!? どうしてこんなことを! 彼だってあなたの――この国の民ではないですか!」


 エレナは叫んだ。


「民、だと? こいつらがか?」


 イラは喉の奥でククッと笑う。


「こんな掃き溜めに住むゴミなど税金も払いやしない役立たずの虫けらだろう? 民などではないわ!」

「そんな!」


 その言葉に多くの人々が俯き、体を震わせた。

 それは怒りから来る震えなのか。それとも恐怖なのか、情けなさなのか。分からないが、誰もその場を動けなかった。


「傷が塞がらない! どうして!?」


 エレナは涙を浮かべながら懸命に治療しようとする。

 しかし、残念ながらその傷はエレナの魔法で治せるモノではなかったのだ。

 それでもエレナは一生懸命、治療しようとする。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 エレナは懺悔をするように、大粒の涙を流しながら治療を続ける。


「聖女、様……いいんだ……もう、いいんだ……」

「よくない! よくないよ! お願い! 治って!」


 エレナの治療にも関わらず、男の動きは次第に鈍っていく。


「茶番はもういいだろ。おいっ! 早く来い!」

「とっとと立てよ!」


 取り巻きがまたエレナの腕を掴もうとした時、今度こそマリーサは覚悟の剣を抜き放ち、切っ先を取り巻きに向けた。


「いい加減にしろ! エレナはどこにも行かん! お前達の好きにはさせんぞ!」

「マリーサ! 駄目!」


 エレナが止めようとするが、もう遅い。

 王族に剣を向けた以上、マリーサの処罰は免れないのだ。


「ほう……貴様、俺に剣を向けることがどういうことか、分かっているんだろうな! 国家反逆罪だぞ!」


 国家反逆罪。その言葉に周囲の人々に動揺が走る。

 しかしマリーサは覚悟を決めた顔でまっすぐに前を診る。


「だったらどうした! ここで主を守れなければ、騎士失格だ!」


 そして友達としても失格だ、とマリーサは強く思った。

 マリーサは言葉を続ける。


「ここで諦めたら、一生エレナの顔をまっすぐに見れなくなるんだよ!」


 マリーサのその叫びに、周囲の民衆の中にも顔色を変える者達がいた。

 いつもは聖女聖女と呼んでいたのに、ここでなにもせずに見送ったら次にエレナと会った時その顔をマトモに見れるのかと。

 そんな彼らの葛藤を他所に、マリーサと護衛の戦闘が始まる。

 護衛の剣を受け、流し、避け、反撃する。

 それは鬼神のような強さで、学院の生徒のレベルでは到底なく、一流の剣士の剣だった。

 しかし、王太子であるイラの護衛とは、それは近衛騎士団の一員であり、近衛騎士団とは王国一の猛者を集めた集団である。いくら学院で優秀であっても、そもそも学院の生徒と近衛騎士団では格が違いすぎたのだ。

 次第にマリーサの体に傷が増え始め、押されていき、剣を捌ききれなくなってきて――


「ぐふっ……」


 マリーサの胸に剣が吸い込まれた。


「マリーサ!」


 マリーサの耳にエレナの叫び声だけが響く。

 剣が引き抜かれ、マリーサはゆっくりと後ろに倒れていく。

 世界がスローモーションになっていく。

 そんなゆったりとした世界の中で目の端に映るエレナを見て、マリーサは自分が『守れなかった』ことを思い知る。


「あぁ……」


 その絶望感が倦怠感によって打ち消されていく。

 生ぬるい安らぎ。

 体から力が抜け、そのままエレナの腕の中に飛び込み、その温かさを知る。


「駄目! 駄目だよ! マリーサ! 光よ、癒やせ《ヒール》」


 しかしマリーサを貫いた深い傷は治らない。

 ヒールにはそこまでの能力はない。

 必死に治療しながら、腕の中でゆっくり弛緩していくマリーサを感じ、エレナは絶望の足音を聞く。


「なんだ、それも治せないのか。聖女などと呼ばれているのに使えんな。やはり無能は無能。我々には必要ない、か」

「だから私は最初からそう言っているじゃないですかぁ」


 スミカがイラにしなだれかかりながら言う。


「そうだったな。内務卿が聖女だなんだと言うから来てみたが、とんだ無駄足だ」

「もう帰りましょう。私、そろそろお茶にしたいです!」

「そうだな」


 一行は何事もなかったかのように踵を返す。そしてティータイムを彩る茶菓子の話題について語っている。

 しかしエレナはそれどころではなかった。ただただ必死にヒールをかけ続ける。


「あぁ……駄目だよ……」


 大粒の涙を流し続けながら、必死に、必死にマリーサを治そうとする。

 エレナにとっては最初の友達で、一番の親友。失うわけにはいかない大切な人。

 しかし、治らない。治せない。エレナでは、治せない。

 こんな時に先生がいたら治せたのだろうか、とエレナは思う。でも、先生はここにはいない。今は自分でなんとかするしかない。


「マリーサ! お願い! マリーサ!」


 エレナの叫び声が響く。

 その声に一人の男が顔を上げる。


「ふ、ふざけ、るなよ!」


 男は民衆の中から一歩二歩と進み出て腰の剣に手を伸ばす。


「なにが王太子だ! 聖女様にこんな酷い仕打ちをしやがって! ここで黙ってちゃ一生お日様の下を歩けねぇ! 仲間や娘に合わせる顔がねぇんだよ!」


 そう言って剣を抜き放ち、切っ先を王太子に向けた。

 すると、それに続く者が現れる。


「……そうだ、な。このままお前らをタダで返しちゃ、俺は一生後悔する。そんなのはごめんだぜ!」

「あぁ、ここでなにもしなきゃ男がすたるってもんよ!」

「ゴミだの虫けらだの好き勝手言いやがって! お前らなんぞが治める国なんざ、こっちから願い下げだ!」


 一人の男の言葉が伝染していき、大きなうねりになっていく。

 やがてそれが群衆全般に伝染し、スラムの住人だけでなく騒ぎを聞きつけて遠巻きに集まってきていた町の住人にも広がっていく。

 これまでの国に対する不満が、出口を見付けたかのように口から飛び出してくる。


「お前らが増税したせいで、うちの店は……」

「こんな不景気なのに、のんきにお茶だと? ふざけやがって!」

「俺は知ってるぜ! ラディン商会から金貰って鉱山を止めたのはこの王太子だってな!」

「それは本当か!?」


 人々の敵意が広まって、王太子一行を包んでいく。

 その雰囲気に少し圧され、イラは怒鳴り声を上げた。


「黙れ下民が! お前ら一族郎党、国家反逆罪で死刑にされたいのか!」


 護衛が一気に抜剣し、イラを囲むように広がって民衆に剣を向けた。

 それに民衆がたじろいで半歩下がり、膠着状態が生まれる。


「どいつもこいつも国に逆らいやがって! おいっ! 見せしめに数人殺せ!」


 その言葉で護衛が前に出てターゲットを探し、一人の女性の前に進み出た。

 それは、エレナと一緒に炊き出しに協力していた女性だった。


「な、なんだい! 私を殺そうってのかい!」


 女性は持っていた料理用の棍棒をギュッと握りしめ、剣のように前に出した。


「女だからって舐めんじゃないよ! こちとら人生の酸いも甘いも経験してるんだい! 人の後ろに隠れるしか能のないそこのボンクラより度胸はあるんだからね!」


 女性はそう言いながらシュッシュッとスイングをし、王太子を睨む。


「なんだと! 王族侮辱罪だ! そいつを殺せ!」

「はっ!」


 護衛が剣を振り上げる。

 周囲の誰もが息を呑んだ。

 そして剣が振り下ろされようとした瞬間――奇跡が起きた。


「ん?」


 どこからともなく聞こえてくる馬の蹄の音。

 そうして民衆や建物を飛び越え、白い影が舞い降りた。


「あれは!」

「ユ、ユニコーン……」

「ユニコーンだ! ユニコーンが現れた!」


 白い体に額から一本の角を生やした馬、ユニコーン。それが民衆の真ん中に降り立ち、エレナの顔を見つめていた。


「ユニコーン……」


 エレナはその名を呼ぶ。

 ユニコーンはエレナの方に近付いていき、エレナに顔を近付ける。


「お願い、ユニコーン! 助けて! お願い……」

「……」


 エレナは大粒の涙を流し続けながらすがるように頭を下げた。

 ユニコーンはなにも言わずにそれを聞き、頭を落として角をマリーサの方に向けた。

 次の瞬間、暖かい光が角から発せられ、マリーサの体を包んでいく。

 すると青白くなってきていたマリーサの顔に赤みが戻り、マリーサが「ゴホッ、ゴホッ」と咳をして目を覚ました。


「私は……どうして?」


 不思議そうな顔で目覚め、そうして目の前の白い馬を見て「ユニコーン……」と呟く。

 その後ろでは、最初に斬られた男もついでに復活し、ムクリと起き上がって「ここはどこだ?」と周囲を見回している。


「マリーサ!」

「エレナ? 私は助かったのか?」


 エレナがマリーサに抱きついた。

 群衆はそれを見て言葉を失っている。

 そして、抱き合う二人とついでの男一人を見ていた人々の中から、どこからともなくポツポツとある言葉が発せられていった。


「奇跡」


 奇跡。その言葉が群衆の中に広まるのに時間はかからなかった。

 それはどんどん広がって、やがて街中に伝搬していった。


「なにをしている! ユニコーンがなんだ! 早く殺せ!」

「いや、しかし……」


 王太子一行は内輪揉めを始める。

 この国でユニコーンとは『聖女と共にある神の御使い』である。聖女ステラが残した伝説のおかげでこの国にはそのイメージが民衆の隅々まで浸透しているのだ。なのでユニコーンの方に剣を向けるなど、自殺行為に近かった。


「ユニコーンは聖女と共にある……」

「ユニコーンは神の御使い……」

「神のお告げ……神託」


 人々の中に『神託』という言葉が広まっていく。

 止めどなく広がっていく。

 その中心であるユニコーンは、炊き出しで配られるはずだったオランの実をモグモグ食べている。

 そして一人の男が叫んだ。


「テスレイティア様は聖女様をお見捨てにはならなかった! ユニコーンをここに遣わし、我らを導いてくださっている! なにを恐れる必要があるのか!」


 群衆の中から「確かに!」とか「神のご意思だ」など男に同意する言葉が発せられる。

 男はもっと声を大きくし、叫んだ。


「天意は聖女様にある!」


 その言葉に周囲から「オォォオオオオオ!」という地響きのような声が上がる。

 周囲の誰もが武器を取り、武器がない者は石でも鍋でも丸太でも手近な物を掴み頭上に掲げて叫んだ。


「聖女様を守れ! 神は我らにお味方くださる!」

「王太子を叩き潰せ! 絶対に許すな!」

「全員、俺に続け! 突っ込めぇぇぇ!」

「オォォォォォ!」


 地響きのような音と共に雪崩のような群衆が鬼神のように突っ込んでいく。

 その姿は圧巻で、その場にいた誰しもが血肉沸き立った。


「殿下! ここはもう保ちません! 一旦、王城へ退却しましょう!」

「なにを言っている! 下民ごとき全員撫で斬りにしろ!」

「無理です! 数が違いすぎる!」


 護衛の一人が王太子を引っ掴み、剣を振り回して突破口を作り城の方に退却していった。

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