第311話【閑話10】その男の実験

 地下にある部屋の中、ステラ教会の司祭であるサディクは、立ったまま机の上にある書類をアレコレ探り、その内容を確かめていた。


「なんと……」


 サディクは本棚にあった本も素早くめくり、その内容をざっと読み取っていく。

 読めば読むほどサディクの顔は険しくなっていき、その内容が好ましいモノではないと見て取れた。

 そうしている内、部屋の外でコツコツと足音が響いてきて、それが扉の前で止まる。そしてギイィと音を立てて扉が開いた。


「……」


 扉を開けたのはローブで全身を覆った仮面の人物。

 その仮面の人物は部屋の中にいたサディクに気付くなり杖を構えて戦闘態勢を取る。

 しかしそれに動じず、サディクは本を読みながら口を開いた。


「まさか大教会の地下でこんな実験をしているとは……想像すら出来ませんでしたな」

「……どうしてここにいる」


 仮面の人物が低くくぐもった声で問う。


「私もかつてはこの大教会でそれなりの役職を持っていた身。地下の隠し通路ぐらい把握しておるよ」

「……なぜ気付いた」


 仮面の男は部屋の中に一歩踏み込みながらまた問う。


「相変わらず質問が多い男だ……。そうだろう? メンデス。いや、今はメンデス教会長と呼ぶべきですかな」

「……」


 メンデスと呼ばれた男は暫く沈黙した後、ゆっくりと仮面を外した。


「久し振りだな」

「えぇ。こんな形で再会するとは思いもしなかったがね」


 サディクは本を閉じ、それを机に置いた。そして言葉を続ける。


「我々は時に忘れそうになる……神からいただいた恩寵をね。そうは思わんか?」

「……」


 サディクは天井付近に浮遊していた光源の魔法の玉を降下させ、右手の上に移動させる。


「我々、教会に属する者は当たり前に使っているこの光源の魔法も一般社会では使える者が少ない、それなりに珍しいモノなのだ。我々はこれが当たり前すぎて時にそのことを忘れてしまう」

「……なにが言いたい」

「見た者がいるのだよ。仮面の怪しい人物が色々と動いているのをね。そしてその怪しい者達は光源の魔法を当然のように使っていたという。いくつか証言を得たが、皆が口を揃えてそう言うのですよ」

「……」

「私は光属性持ちが集まる場所を一つしか知らない。そして、そんな人らが人知れず悪巧みをするとしたらこの地下の隠し通路しかないと考え、ここに来てみた。それだけのことだよ」

「そうか……」


 サディクは光源の魔法の玉を天井に戻し、メンデスに向き直る。


「さて、そろそろこちらが質問に答えてもらう番だろう」


 サディクは一冊の本を机から取り、それをメンデスに見えるように持った。


「人造聖女計画……。これはなんだ?」

「……」

「人には聞くだけ聞いて、自分は答えないつもりか?」


 メンデスは息を吐き、持っている杖の石突で地面をカツンと突いた。

 そして堰を切ったように喋り始める。


「聖女ステラの生い立ちは特殊だった。スラムに生まれ落ち、極貧の中で育ち、いつの間にか強大な力を持ち、人には成し得ないような功績を上げ、気が付けば聖女として覚醒されていた。そんなことはほとんど後世には伝えられておらず、口伝やこういった禁書にしか残されていないがな」


 メンデスは近くにある本棚を指し示した。


「私は考えたのだ。もし、聖女ステラの覚醒がその特殊な生い立ちにより成されたモノだとしたら、とな」

「バカなことを……。そのようなこと、あろうはずもない」

「本当にそうかな?」


 メンデスは部屋の中を進み、サディクの横を通り過ぎて部屋の奥にある扉の前に立った。


「聖女ステラが幼少期に毎日のように食べていたモノがある。それはこの地では安価で手に入り腹を満たせるが、軽度の毒性があり食べ過ぎると精神に異常をきたす。だが、それを大量に食べ続けていたはずの聖女ステラに異常は見られない。私はそこに秘密があるのではないかと考えた」


 メンデスは扉を開き、中をサディクに見せる。


「そして長い実験の結果、私は見付けたのだ。クラクラ茸の中に回復魔法の効果を増強出来る成分があることをな!」


 部屋の中にあったのは手術台のようなベットと檻。

 檻の中には生気のない顔の人間が転がっていた。


「回復魔法に影響する成分が出てきた以上、これは間違いなく聖女を創り出すための重要な要素の一つなのだ!」

「……お前は、なにも分かっておらんのだな」

「なに?」


 呆れたような、哀れみを帯びたような声を出したサディクにメンデスは苛立ちを覚えた。


「聖女とはそのようなモノではないのだ。回復魔法がどうとか、そういう問題ではない。あれは我々の知る回復魔法――光魔法とは完全に別物の存在。仮に一般的な回復魔法の効果を上げる効能がそれにあったとしても、そこに関連性はないのだよ……」

「なにを意味不明なことを――」

「それに、仮にその話が本当だったとして、それがなんだ? このような悪事に手を染めて聖女を作り出したとて、それがなんになるのだ?」


 メンデスは嘲るように鼻で笑う。


「甘いことを……。多くの人々を救うには多少の犠牲が必要な場合もある。スラムの人間が多少犠牲になるだけで崇高な研究が進むなら安いモノだろう? 実際、スラムで数人消えても誰も気にしなかったしな」

「スラムの人々が消えていたのはお前の仕業だったのか……」

「だとしたらどうするんだ?」

「決まっておろう。ここで止めるしかあるまい」


 サディクは持っていた杖をかまえる。

 それを見てメンデスは天井からぶら下がっていた紐を引っ張った。

 するとメンデスの後ろ側から仮面の男らがゾロゾロ出てきた。

 彼らはその手に様々な武器を握っている。


「私にはそれなりに賛同者がいてね。……久し振りに研究について話せて楽しかった。礼を言うぞ」

「大教会がそこまで腐っているとは……。だが、私がただ闇雲に一人で乗り込んできたと思っているのか? もう出てきていいぞ」


 サディクがそう言うと、サディクの後ろの扉から二人の人間が入ってきた。


「お前は……鉄拳のフービオ、それに鮮血のブライドンか」

「教会長様に二つ名まで覚えてもらえてるとは、光栄だな」

「俺もまだまだ捨てたもんじゃねぇな!」


 冒険者ギルドのギルドマスターであるフービオと、今は宿屋のオーナーであるブライドン。冒険者は引退したが巨漢の二人が入ってくるだけで威圧感が増した。


「大人しく投降しろ。痛い思いはしたくないだろう」

「お断りだ。こんなところで崇高な研究を終わらせるわけにはいかんのでな」

「そうかい。じゃあ仕方ねぇな……」


 そうして言葉のやり取りが終わり、静かに両者が戦闘態勢に入っていく。

 広くもない部屋の中でお互いがジリジリと距離を詰め――激突した。

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