第312話【閑話11】冒険者の絆
「ふ~……今日も酒が旨い!」
ニックは今日も冒険者ギルドに併設された酒場のカウンターを陣取り、美味しく酒を飲んでいた。
「それぐらいにしとけよ。ちょっとペースが早いぞ」
「わぁってるよ!」
マスターの小言に返し、また「もう一杯!」と注文した。
冬場、それなりに稼ぎが安定した冒険者は二通りの行動を取る。一つは冬場でも働ける場所を見付け、冬の仕事をこなす。もう一つが、冬場の仕事を諦めて秋に蓄えたモノで英気を養う。どちらが正しいとは一概には言えないが、それなりに若くて上を目指す冒険者ならどんどん功績を上げる方を選ぶ傾向にあるだろう。
問題はそれなりに歳を食った冒険者だ。
自分の力量や限界が見えてきて、頑張っても女神の祝福が与えられなくなり、全てにおいて停滞してくる。そうなると無理して頑張っても上は狙えないのだから無理はせずに安定的な仕事しかしなくなってくる。冬場なんかは余計に無理して働く気がなくなるものだし、ゆったりと一日を過ごしたりする。
それを人は『老い』と関連付けたりもするのだが、それもまた一つの冒険者の生き方であるし、そういった冒険者にも重要な役割があったりする。
「よう! ニックの旦那。今日も朝から酒浸りかい?」
「うるせぇぞ小僧。一流の冒険者は冬には仕事はしないもんだ」
「ははっ! 相変わらずだな! ……実はな、最近ちょっと困ってることがあって――」
「あぁ? まぁ……それなら町の西にある――」
若い冒険者の相談に乗る。
誰が決めたわけでもないが、そういう役割もあるものだ。
若い冒険者は彼らから話を聞き、成長していき。情報や経験といった形のないモノも受け継がれ、時代は続いていく。
「大変だ!」
若い冒険者が冒険者ギルドに飛び込んできて叫んだ。
その様子が尋常ではなく、ニックは席から立ち上がって男の方に歩み寄って話を聞く。
「どうした? 喧嘩でもあったのか?」
「そんなもんじゃねぇ! 門の……門の前で戦闘が始まってる!」
その言葉に周囲の冒険者らがざわつき、周囲に緊張が走った。
ニックの表情が少し曇る。
場合によっては町中にも大きな被害が出るかもしれない。こういう場合、どう動くにしても素早く状況を判断して迅速に次の行動の方向性を決めなければならない。
対処出来る状況なら早急に対処した方がいいし、最悪の場合は町から逃げることも選択肢の一つになる。ここの判断を間違えたり遅かったりすると、この世界では生き残れないのだ。
「モンスターか? それともどっかの軍か?」
「モンスターじゃない! 貴族? かなんかが町の人間とやり合ってんだよ!」
「は?」
ニックは状況がまったく掴めなかった。
貴族が揉め事を起こすことはある。しかし大騒動に発展することはあまりない。貴族と争っても良いことはないし、どこかの段階で騒動は大きくならずに終わるモノだ。しかし今回は『戦闘』が起こっているらしい。それはまったく意味が分からない状況である。
「どれぐらいの規模だ?」
「数人とかじゃない! 百人以上は確実にいた!」
想像以上に大きな規模に、ニックは自分では判断しきれないと考え冒険者ギルドの受付を見た。
「ギルマスはいるか?」
「昨日の夜からお戻りになってません」
「どこにいる?」
「それが、分からないのです……」
ギルドマスターがいないと冒険者全体を動かすような決定は出来ない。
しかし時間は待ってくれない。
となると、今は個人でなんとか状況を見極めて立ち回るしかないだろう。
「少し様子を見てくる」
そう言ってニックは冒険者ギルドの外に出る。
遠くに聞こえる騒ぎの音。
周囲は人が普通に行き交っており、まだ混乱は起こっていない。しかし遠くで聞こえる喧騒に異常さを感じたのか、いつも以上に大通りに人が集まってきていた。
とりあえず問題の中心地に向かおうと考え門の方に向かおうとした時、その元凶らしき集団が門の方から現れた。
上等な胸当てや剣に身を包んだ護衛らしき男らが貴族の子弟らしき子らを引き連れ、時に雪に足を取られながらも道を走ってきたのだ。
「どけっ! 邪魔だ!」
「道を開けろ!」
彼らはそう叫び、なにかを警戒しているのか剣を振り回して進行方向の人間を近付けさせないようにしている。
その異常とも言える警戒度合いにニックは不信感を覚えた。
その時――
「あっ……」
騒ぎの見物にでも来たのだろうか、路地から走ってきた子供が大通りに飛び出してしまった。
しかも、よりによって貴族の護衛の前に。
「近付くなと言っただろうが!」
それに気付いた護衛の男が剣を振り上げ、振り下ろそうとする。
「なっ!」
ニックは驚愕する。
いくら貴族が特権を持っているとはいえ、いきなり子供に斬りかかるなどなかった。しかしそれが目の前で起きようとしている。
その刹那、ニックの心に様々な感情が渦巻き、頭の中では崩壊したコット村の映像が再生されていた。そして、ある冒険者から聞いた言葉をチラリと思い出す。
その瞬間にはニックの体は勝手に動いていて、これまでに感じたことのない神速で相手に接近し、雷鳴のような音を発しながら雷のような速度で抜剣して護衛の剣を受け止めていた。
「相手は子供だぞ! いきなり斬ろうとするヤツがあるか!」
「黙れ! 逆らう気か!」
ギリギリと軋む剣。周囲の驚きの声。
考える前に助けてしまったものの、この先どうすればいいのかニックにも分からない状況になってしまった。
しかも間の悪いことに王城の方から兵士達が走ってくるのが目の端に映る。
ニックは頭の中で舌打ちをし、打開策を考えようとするも、答えは出ない。
「なんの騒ぎだ!」
「我々は王太子殿下の護衛だ! 見ての通り殿下が暴徒に襲撃されている! 今すぐに暴徒を鎮圧せよ!」
「はっ!」
ニックは最悪中の最悪の状況に頭を抱えそうになるが、生憎と両手は使用中で頭は抱えられなかった。
「王太子……万事休す、か」
そう呟いた後、倒れている子供に「すぐに逃げろ」と言い、覚悟を決める。そして力任せに護衛の剣を跳ねのけた。
王太子一行相手に剣を抜いた時点で人生はほぼ終了と言っていい。
「まったく……いつからこんな国になっちまったんだろうな?」
愚痴をこぼしながら剣を構える。
何年も前からずっとマズそうなところはあった国だが、ここまでは酷くはなかった。
思い返せばアルッポのダンジョンが消滅した頃から余計におかしくなった気もする。が、一介の冒険者でしかないニックには詳しい因果関係は分からない。
兵士達がニックを囲むように配置され、異常さに気付いた町人が逃げていく。
「あ~……あれ、なんだったか。確かモモクリサン……」
さっきの瞬間、頭に浮かんだ言葉を思い出そうとする。
冒険者ギルドでよく話す若い冒険者から聞いた言葉だった。
若いくせに妙に落ち着いた少年で変な深い知識も多く持っており、いつもとは逆に教わることもあって妙にニックの頭の中に残っていた言葉。それは『桃栗三年柿八年』であるが。
ニックはその言葉を完全には思い出せなかったが、意味は思い出せた。
「確か、何事も成すまでにはそれなりの時間がかかる、とかそんな話だったな」
ニックはこの絶体絶命の中で妙に落ち着いていた。
なんだかもう吹っ切れたのかもしれない。
「成すまでに時間がかかるのなら、早く始めなきゃいつまでも変わらん、か」
「なにを意味不明なことを!」
襲いかかってきた兵士の剣を弾き、蹴り飛ばす。次の兵士の剣を捌いて軌道を反らし、また蹴り飛ばす。
「抵抗するか!」
「抵抗しなきゃ殺されるんでな」
知らなかったとはいえ王太子に剣を向けた時点で死罪である。抵抗しないだけ損だ。
だが、多勢に無勢。抵抗してもどれだけ意味があるのか分からない。絶望的な状況に変わりはない。
そうこうしているとニックの後ろで剣を抜く音が聞こえた。
「まったく……見ず知らずの子供を助けるために国に喧嘩売るたぁニックの旦那らしいぜ」
「だな」
「なんだかんだでお人好しなんだよね」
さっきまで冒険者ギルドの中にいた冒険者らが武器を取り出し、ニックの横に並び立っていた。
「おい……お前ら、勝ち目のない戦いなんだぞ!」
「まぁ、旦那には世話になったしな」
「あんたにならこの命、預けても構わねぇ」
「私も最近のこの国には我慢ならなかったんでね。もう未練はないさ!」
冒険者ギルドの中からゾロゾロと冒険者が出てくる。
ついでにブルデン爺さんも酒瓶を持ったまま出てきた。
「お、お前ら! 冒険者が国に逆らってただで済むと思っているのか!」
守備隊の隊長が剣をニックに向けながら叫ぶ。
それに呼応するかのようにニックも叫んだ。
「お前らはコット村で虐殺を行い、ここでまた住民を殺そうとした! もう、うんざりしてんだよ!」
その言葉に事情を知っている冒険者らは頷き、詳しい事情をまだ知らない一般人は驚いた顔をする。
「虐殺だって――」
「俺も聞いた。コット村はもう壊滅状態だと」
「流石にそれは――」
民衆の中に様々な感情が広がっていく。
その感情は様々なモノだったが、確実に国に対してはポジティブなモノではなかった。
すると、民衆の中から一つの声が上がる。
「俺は知ってるぞ! そこにいる王太子がラディン商会から賄賂を受け取って、ラディン商会が鉱石を買わなくていいようにしたんだ! だから鉱山は停止したし、だから俺達は失業したんだ!」
どこからともなく聞こえたその言葉に民衆の心は揺れる。
この町の住人なら景気が悪い理由が鉱山の停止にあることは百も承知。それは大きな問題で大変なことではあるが、詳しい事情を知ることがない一般人には天災と同じで諦めるしかないことでもあった。しかし、その元凶が目の前にいて、しかもそれが自らの私腹を肥やすために行われたとしたらどう思うか。
「王太子が賄賂を受け取った……」
「賄賂を稼ぐために鉱山を止めたのかよ」
「増税もこいつのせいじゃないか!」
言わずもがな、その場の全ての敵意が王太子に降り注ぐ。
それまでただの傍観者だった町の住民も、今にも襲いかかりそうな空気に包まれている。
「お。俺は知らんぞ! 知らんからな! 守備隊! 早くなんとかしろ!」
王太子が叫び、守備隊長が慌てて陣形を組み直すが、その場の形勢は完全に逆転していた。
「全隊、鎮圧せよ!」
そうして次の戦いが始まった。
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