第313話【閑話12】そうして伝説へ…

「あれは……どうなっている!?」


 エムレ・サリオール伯爵は王都ソルマールを望む丘の上でそう叫んだ。

 王都は何故か混乱しているようで、王城からは黒煙が上がっている。


「現在、調査中ですが、何者かが王城を襲撃していると思われます」

「反乱、か」

「恐らくは」

「天は我らを見放さなかった、か……」


 サリオール伯爵は空を見上げ、目を閉じる。

 サリオール伯爵の進軍は分が悪い賭けだった。軍の規模は王家の方が上であるし、人質は取られているし、城攻めという本来なら不利な戦いを行うわけで、良い要素なんてほぼない状態。勿論、覆すための策は時間をかけて準備していたのだが、それを含めても勝率はそこまで高くはなかった。

 なのに今、天に導かれたとしか思えない好機が目の前にある。その場にいた誰しもが神の見えざる手を感じざるを得なかったのだ。

 サリオール伯爵は後ろに控える自軍を振り返り、叫ぶ。


「見よ! 天はソルマズ王家の悪政をしっかり見ておられたのだ! 天意は我らにある! 全軍、進め!」


 その言葉に全ての兵士が雄叫びをあげ、王都に向けて進軍していった。


 そうして王都ソルマールに様々な目的や理由で剣を取った者が集まり、それぞれの信念のために戦った。

 後の世では『革命の日』や『ソルマズの落日』などと呼ばれたその日は、ザンツ王国にとっては歴史が塗り替わる大きな転換点となったのだ。

 しかし、この日の出来事には不審な部分が多く、後世の歴史家の中には疑問視する声も多い。

 まず『聖女』と呼ばれたエレナリア・サリオールが王都のほとんどの住民や冒険者らを味方に付け、そこに父であるサリオール伯爵をも呼び、一日で大教会を断罪し、当時の王家を壊滅させたという話は流石に盛りすぎである、というのが大多数の歴史家の意見である。

 恐らく、サリオール伯爵が娘の影響力を上手く使い、民意を得て王家を滅ぼし、その後に大教会の改革を行ったが、王位簒奪の汚名を上手く薄めるために民衆にウケる劇的な展開のストーリーに歴史を修正したのではないか、というのが研究者の間で囁かれている話だ。

 だが、歴史というモノは人の数だけ存在し、歴史書では語られない真実があるもの。実際にどうだったのかは、その時に生きていた人にしか分からない。

 そう。別に暗躍するつもりはなかったのに何故か本人すら知らずに暗躍した感じになってしまう、という意味不明な状況に置かれた人物の話も歴史書には書かれない真実であるのだが、それはまた別の話として――

 こうして、伝説は生まれたのだ。

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