第272話 欲張りセット一人前

「確認しますが、教会には所属されていない、ということでよろしいですか?」

「はい」

「では、どこまでの回復魔法を使えますか?」

「ラージヒールですね」

「良いですね」


 受付嬢はふむふむ頷きながら書類を確認している。

 話が途切れたので、少し気になっていることを聞いていく。


「教会関係以外で回復魔法が使える人って、どれぐらいいるんです? そんなに貴重なんですか?」

「使える人はそこそこいるはずですよ。ヒーラーと名乗れるぐらい実用的に使える人となると少ないですが、この王都にも……具体的な数までは言えませんが、それなりにいると把握しています」

「……それって貴重なんですか?」

「それはもう貴重ですよ! 高ランク冒険者だとヒールぐらい覚えてしまう人もいますが、大体は小さな切り傷を治せるぐらいですし。ちゃんとしたヒーラーは王家や貴族に召し抱えられているか、大手クランや中級以上のパーティに所属していますから」


 なるほど。つまり、いるにはいるけど既にどこかに所属している人が多いと。


「それで……ランクアップをするには一定以上の貢献をこのソルマール冒険者ギルドにしていただき、そのランクに相応しい実力を証明していただく必要があります。そこでご提案なのですが、定期的にここで冒険者の治療をしてみませんか? 勿論、ルークさんの空いている時間で大丈夫ですので」

「治療、ですか?」


 職業柄、冒険者は怪我をしやすいはず。でも、ポーションという超常的な薬も存在しているし、それでも治療が必要なら教会に行けばヒーラーは必ずいるので――あぁ、そういえば南の村ではご高齢すぎて使えなかったんだっけ? でも、あれは小さな村だからで、ここは王都なんだし教会に行けば確実に治療は受けられるはずだし、僕がわざわざ出張って冒険者の治療をする意味が見出だせない。


「それなりに稼げている冒険者ならポーションも常備可能でしょうし、教会での治療も受けられます。しかし低ランク冒険者は治療を受けられないことも多く、最悪、亡くなることもあります。なのでこの冒険者ギルドではギルドマスターの意向でヒーラーの冒険者には冒険者ギルドでの治療を要請しており、多くの皆様にご協力いただいているのです」

「なるほど……つまり、お金的には?」

「はい……。少々お安くなってしまいます。ですがギルドへの貢献は大きいと認識しておりますので、普通に冒険者として活動されるよりは大きな評価が得られると考えていただいて構いません」


 顎に手を当て考える。

 つまりお金は稼げない代わりに評価が稼げる仕事か。現時点では特にお金には困ってないし、むしろ評価の方が重要。今の僕にとっては悪くはない提案だと思う。

 今まではダンジョン攻略とかモンスター討伐をメインに活動してた――というか、するしかなかった。護衛任務とか薬草採取みたいな、ギルドや依頼主からの信用が必要な依頼は掲示板にはほぼ張り出されず指名依頼として特定の冒険者に直接打診される形になってたから。

 今はこの、ダンジョンもなくて、しかもモンスターの数が減るから冒険者の仕事も減るという冬の時期に長期滞在が決定している状態。先のことを考えたらギルドからの信用は得ておいて損はないはず。それに、長期滞在確定故に断ってギルドから悪い印象を持たれるかもしれないデメリットも大きい。


「このソルマール冒険者ギルドでは他の冒険者のヒーラーにも同じようにお願いをしておりますし、実際、多くの方々には快諾していただいてますが、本業があったりクランやパーティに所属されている冒険者はそちらの活動がメインになりますから、常に人材は足りていない状態なんです」

「なるほど」


 これまでの冒険者ギルドでこういう話は聞いたことがなかったし、これはここのギルドならではの施策なのだろうか。でも、ヒーラー側にとってもランクアップを狙うなら悪くはない提案でもあるし、低ランク冒険者にとっては良い環境だと思う。ここのギルドマスターは色々とちゃんと考えている人なのかも。

 それから詳しい条件などを聞いた後、提案を受けると返答し、階段を上がって資料室に向かった。

 資料室に入り、いつものように棚にある本を端から調べていき、見たことのない本は軽く目を通し、次にモンスター情報のエリアを見る。


「えーっと……ホーンラビット、これか」


 ギルドの掲示板に多く張り出されてた依頼のターゲットがこれだ。


「額に角が生えている小型のEランクモンスター。体毛は灰色。冬になると毛が生え変わって白色になる個体もある。か」


 説明を読んでみても大体想像通りのモンスターだった。

 エルラビットとの違いはやっぱり角で、低ランク冒険者が角で脚なんかを刺されて怪我をすることがあり、当たりどころが悪ければ大怪我をする的なことが書かれてある。

 これは日本の猪とかと同じだよね、突進で運悪く脚の太い血管をやられると想像以上の重い怪我になるみたいな。

 木の板を棚に戻し、ロックトータスとか気になっていたモンスターの情報を確認。そして次を見てみると……。


「ん? イエティ?」


 木の板を手に取る。

 イエティとは人型のCランクモンスターだけど、情報によると近年は目撃されなくなったらしい。乱獲されすぎて絶滅でもしたのだろうか?


「そもそもモンスターに絶滅とかあるのかな?」


 よく分からないけど、そういうこともあるんだろう。

 木の板を棚に戻し、資料室を出て階段を下りる。

 ギルド一階には冒険者の姿が増えてきていて、そろそろ冒険者が依頼を終えて戻ってくる時間帯に入りつつあることを示していた。

 さて、今日の予定は大体終えたけど、もう一つ重要な用事が残っている。宿についての調査だ。

 とりあえずギルドに併設されている酒場に行き、カウンターでマスターにラガーを注文し、周囲を探って情報収集しやすそうな人を探る、と――


「ん? お前は――」

「えっ?」


 カウンターで隣にいた男性がこちらを見ていた。

 はて? この人とはどこかで会っただろうか?

 パッと見た感じ、彼は黒髪で細身の猫系の獣人。初対面な気がするけど、見たことがあるような気がしないでもない。


「前にアルノルンで会ったよな?」

「アルノルン……」


 アルノルンでは様々な人と出会ったので候補は無数にある。クランのメンバーとか公爵家の中で会った人とか……。んんん! 分からないぞ、これ!


「アルノルンの冒険者ギルドでお前が冒険者登録してた時に話したニックだ」


 アルノルンの冒険者ギルドで冒険者登録……あぁ! そういえば!


「思い出しました! 受付のエリナンザさんを説得してくれた人ですね!」

「説得、というか、俺は俺が思うことを言っただけだがな」


 僕が二回目の冒険者登録のためにアルノルンの冒険者ギルドに行った時、受付で対応してくれたエリナンザさんに登録を止められそうになり、困っていたら助けてくれた人だ。


「そういえば、あれから見かけなくなったとは思ってたんですけど、この町に移動してたんですね」

「あぁ……いや、俺はこっちの生まれでな。ただ気まぐれで戻ってきただけさ」


 マスターがカウンターの向こうから「はいよ、ラガーだぜ」と、カップをコトリと置いた。


「まぁ、酒も来たんだ、とりあえず乾杯といこうじゃないか」

「そうですね!」

「再会に、乾杯」

「乾杯」


 それから暫く彼と話し込んだ。

 彼がアルノルンから離れた後の町の話。グレスポ公爵との戦いの話。黄金竜が襲ってきた話などなど。勿論、言いにくい部分はボカしてだが。

 彼と会ったのはほんの一回だけの短い時間だったけど、互いのことを覚えていて、同じ町にいたという共通点があっただけで話は弾み、意外と盛り上がった。今まで一つの場所に定住せず移動を繰り返す日々だったから他の町で知り合いと会うなんてなかったけど、こうやって会ってみると凄く楽しく嬉しいモノだと凄く感じた。

 この先、冒険者を長く続けていれば、こういう機会はもっともっと増えていくのだろうか。

 新しい町で新しい仲間や友人と出会い、そして別れ。また別の町で新しい人々と出会い、また別れ。次の町でも出会いと別れがあり、いつかは再会もある。そうして人生が続いていく。

 そう考えていくと少し楽しい気分になり、僕もやっとこの世界の一員になれた――なんてちょっとカッコつけたことを考えたりもしたのだった。


「……!」

「なんだ?」


 ニックさんが冒険者ギルドの受付の方を見てそう呟いた。

 なんだか周囲がザワザワしてきたので僕もそちらを向く。

 そこには同じ服装。学校の制服のようなモノを着た若い男女が六人で言い争いをしていた。


「あれは、なんです?」

「さあな。服装からして学院の生徒なのは間違いないが……」

「学院……とは?」

「この町にある王立学院。この国の金持ちのボンボンらが行く場所さ」

「へー」


 そんなモノがあるのか……。流石は王都、という感じだろうか。

 などと考えつつ彼らを観察していると、一方の男性三人、女性一人の側の内、中央にいた偉そうな男がもう一方の女性二人に指をビシッと指し、吠えた。


「もうお前にはうんざりなんだよ!」


 そう言われた二人の女性の内、一人が「ひあっ」と小さく叫び声を上げ、ビクッとしながら後ろに一歩下がる。するともう一人の女性がそれを後ろから抱き止めた。

 男は言葉を続ける。


「いいか! 今日限りでお前を学院のチームから追放し! 冒険者パーティからも追放し! お前の家との契約も破棄し! お前との婚約も破棄する!」

「そんな……」

「そして、俺はこのスミカと婚約することにした! 彼女はお前のような無能とは違い、素晴らしい女性だ」


 男はそう言い、横に立っていた女性を抱き寄せた。

 女性の方もまんざらでもないようで、男の方を見上げながらキラキラ潤んだ瞳で「イラ様……」なんて囁いている。

 そしてここにいる冒険者らの大半が、いきなり始まった寸劇喜劇の意味が分からないのか、頭が着いてこないのか、ポカンとした顔をしている。かく言う僕も状況が意味不明で混乱しているのだけど。


「もうお前の顔は見たくない! 二度とその顔を見せるなよ! 分かったな!?」


 そう吐き捨て、男は仲間と新婚約者らしい女性を連れて冒険者ギルドから出ていった。

 そして周囲に静寂が訪れる。

 誰もなにも言わないし、動きもしない。

 カウンターの中で鍋がコトコト呟くだけ。


「行こう、エレナ」

「……」


 もう一人の女性に手を引かれ、エレナと呼ばれた女性が覚束ない足取りのままギルドカウンターの中に入っていき、奥の扉の中に消えていく。

 バタンと扉が閉まる音が聞こえ、それでやっと誰かの息を吐き出す音が聞こえ、冒険者達がひそひそ話を始めた。

 周囲で「あれはどこの――」とか「婚約だって――」などと聞こえてくる。

 カップに残っているラガーをグイッと飲み干す。

 もう、なにがなんだか意味不明でよく分からないけど――


「追放追放&破棄破棄……。欲張りセットかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る