第198話 それぞれの望みと意外な言葉

 公爵様のその言葉を聞き、思わず皆で顔を見合わせた。

 てっきり公爵様が褒美となるお金とかを一方的に出して、それを受け取って終わりだと思っていたのに……。う~ん、こういう可能性を考えてなかったわけではないけど、どれぐらいの希望を言えばいいのか難しいんだよね……。要求が高すぎると睨まれそうだし、低すぎると損をする。そもそもこの黄金竜の毛ってお高い寿司屋のマグロみたいに『時価』だろうから基準も難しくて、結局は相手次第な気がするし。

 さて、どうすればいいのだろうか……と思っているとサイラスさんが力強い眼差しで真っ先に希望を話した。


「でしたら、私を公爵様の騎士にしていただけないでしょうか?」


 公爵様はピクリと眉を動かし、そして机の上で指を組んだ。

 騎士。ファンタジーの中ではお馴染みの存在だけど、この世界、この国の騎士がどんなものなのかはよく分からない。でもなんとなく、身分がそれなりに高いというか、特別な存在であることは間違いない気がする。


「それは無理だな。騎士爵は簡単にやれるものではない」

「……そう、ですか」


 サイラスさんは残念そうにうなだれた。

 やっぱり冒険者の、それもクランに所属しているサイラスさんにとっても騎士という身分は魅力的なのだろうか?


「騎士の叙爵は公爵家の専権事項だが、その責任は任命した公爵家が負うことになるんだ」


 ダリタさんがそう説明しながら手をヒラッと振る。

 それはまぁ……そうなんじゃないの? 権限を与えた側がその責任を取るって普通のことだと思うけど。……あぁ、でも普通の国だと最高権力者の国王が騎士爵を与えるんだっけ? 確かイギリスのサッカー選手が女王から爵位を貰っていたような記憶がある。この国はその国王がいないから三公爵がそれぞれ与えているけど、だからこそ自分が騎士にした人が問題を起こすと他の公爵から攻撃されるんだろうし、それが面倒なんだろうか。

 なんだかこの国の政治は、そのあたり半端な権力の分散で色々と難しくなってる感じがする。


「そうだな……。今すぐ騎士にすることは難しいが、機会は与えよう。今後、なにかあればお前を使う。その時の働き次第で考えようではないか」

「あ、ありがとうございます!」


 公爵様の言葉にサイラスさんが大きく頭を下げた。

 それを見て公爵様がウンウンと軽くうなずき「では、他の者もそれでよいな?」と聞いた瞬間、シームさんがぶっこんだ。


「わたしは公爵様が食べてるご飯をお腹いっぱい食べてみたいです!」


 うわぁぁ! ちょっと! この人、欲望のままに本音をぶっちゃけてる! どうするんだこれ……一歩間違えたら本当にどうなるか分からないぞ! と思っていたけど公爵様は予想以上に寛容なようで「そ、そうか……まぁいいだろう」と、困惑気味に答え、チラリと執事の方を見た。

 執事が大きくお辞儀をした後、扉から出ていく。そしてそれを見たシームさんが小さくガッツポーズをしながら「やった!」とつぶやいた。

 はぁ……とりあえず公爵様は気分を害さなかったようだ。一安心一安心……。

 でも、これはこれで良かったのかもしれない。あのままだと順調に騎士になるルートに僕も乗ってしまっていた気がする。現時点では騎士になった場合のメリットとデメリットがよく分からないから判断出来ないのに、ここで『いや、騎士にはなりたくないッス』なんて言えない雰囲気になってたし。

 さて、僕はなにをお願いしようか?


「……私は、本が読みたいです」


 僕が迷っている間に隣のルシールがそう言った。

 実にルシールらしい望みだ。そして僕も情報は欲しいし、これは良い案かも。


「そうか、本か。……いいだろう、公爵家の書庫への出入りを許す。ただし、持ち出しは禁ずる」

「ありがとうございます」


 ルシールが頭を下げると公爵様がフッと小さく笑った気がした。

 どうやら公爵家の書庫を開放してもらえるらしい。他に願いも思い付かないし、僕もこれに乗っておこうかな?

 と思って「僕も書庫の本を見たいです」と告げると予想外の言葉が返ってきた。


「お前も、か……いや、ダメだ」

「えっ?」


 思わず声を出してしまい、ルシールと顔を見合わせる。彼女は驚いた顔をしていた。僕も同じような顔をしているはずだ。

 えぇぇ……これは、どういうことだろう? まさか僕だけ断られるとは……。僕がなにか公爵様の気に障るようなことをしたのだろうか? それとも他に――と考えて、一つの可能性がチラリと頭をよぎる。

 これはもしかして、公爵様はルシールのことを『知っている』のか?


「お父様?」

「書庫にある書物の中には簡単には見せられないモノもある」

「では、何故ルシールにはお許しになるのです?」

「……とにかくダメだ。他のモノにしろ」


 チラリとダリタさんの方を見ると、彼女はこちらを見ながら小さく首を横に振った。

 ……なんというか、凄く微妙な空気感。ルシールも皆も少し困惑したような顔をしている。でも、ここで食い下がってもデメリットが大きいというか、こちらから提供出来そうな交渉材料がない。ここは大人しく黙っているしかない、か。

 とにかく他になにか提示しないと……そうだ。


「では、騎士団の練習を見学させていただけませんか?」

「それならいいだろう。ダリタ、案内してやれ」

「分かりました」


 肩の力が抜けてホッと息を吐く。

 他に良い案が思い浮かばなかった。やっぱりどれぐらいまで要求出来るのか分からないから難しいんだよね。無難にお金でもよかったけど、どうせならお金で買えない情報や経験を得たいし。と考えていると、以前サイラスさんが『騎士団に剣術を教えている一族がいる』という話をしていたのを思い出し、興味が湧いた。

 僕が今まで見てきた冒険者達は実戦の中で技を磨いてきた人がほとんどだった。若い頃に親や先輩冒険者に剣の握り方や振り方を教わったことはあっても、本格的に武術を学んだ人はあまりいないらしい。

 日本にいた頃を思い返してみると、僕が家で習った剣術の技、その殆どの技術が、相手の剣を避け、弾き、そしていかに自分の剣を相手の急所に当てるかに集約されていたのだけど、そういった技術は相手が同じ土俵で戦える『人』であるから成り立つのであって、例えばスタンピードの時にランクフルトに現れたグレートボアを倒すための武術の技なんて恐らく存在し得ないのだ。圧倒的な質量とパワーに耐久力、それに対抗するにはレベルを上げて自らもパワーと耐久力を上げるしかない。だからこの世界の冒険者はあまり武術を学ぼうとはしていないのだと想像している。

 けど、対人戦闘をする機会が多い騎士団は対人武術を学んでいるという話だ。

 それを直接、見学出来るのは大きいと思う。

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