第66話 情報収集と『雨』
「おすすめの葡萄酒を」
「はいよ、銅貨五枚だ」
あれから軽く町をぶらつき、町の中心に近い大通りで宿をとった。そして一階の酒場へと向かい、葡萄酒を注文したところだ。
その葡萄酒を持ち、カウンターの隅の方に陣取り、ちびりちびりと舐めるように飲む。
エレムに着いて乗合馬車から降り立った時、今から何をするべきだろうか、と考えた。
早速ダンジョンに入る?
いや、何の情報もないのにダンジョンに入るとか、そんな怖い事はしたくない。
じゃあ冒険者ギルドに行ってみる?
そう考えて空を見上げてみると、太陽が微妙な位置にあった。恐らくあと数時間で沈み始める。今から行ったら混んでそうだし、そもそも冒険者ギルドの位置が分からない。初めての町で初めての場所を探し歩いたら時間も余計にかかるはずだ。
と、色々と考えた結果、早めに宿を確保しておく事にしたのだ。
また少し葡萄酒を飲む。
うん、まぁ何だ……。ちょっとかっこつけて、おすすめの葡萄酒を、とか言っちゃったら、そりゃ高いのが出てくるよね……。いつも飲んでる葡萄酒が銅貨一枚の薄いやつで、これが銅貨五枚。五倍だよ!
……こうやって高いのを飲んでみると分かるけど、いつも飲んでた安い葡萄酒が明らかに水で薄められてると分かってしまう。味の濃さもアルコールの濃さも全然違うしさ。
もう一度、口に含み、味わってみる。
酸味も渋みも少なくて、甘口。飲みやすい。恐らく熟成はされていない。お酒を熟成させる文化がないのか、それとも熟成酒は金持ちに独占されているのか、それともこの店にないだけなのか。それは分からない。
でも、あまりクセが強いのが苦手な僕的には、これぐらいの味が一番飲みやすくて好きだ。
アルコールが濃いだけに酔うのが早そうだけど。
そんな感じで僕が葡萄酒テイスティングをしている間に、酒場に冒険者が集まってきた。
ちらっと横目で、不自然ではない程度に様子を窺う。
ほとんどの冒険者が剣か槍か弓を持っていた。稀にハンマーやメイスを持っている人はいるけど、杖を持っている人はいない。防具は革の鎧か、革と金属の複合型の鎧の人が多い。そしてやはりローブを着ている人はいなかった。
ちなみに、僕の装備は相変わらずだ。白いローブに鉄の槍、それに背負袋を背負って、場合によっては緑の外套を着ている。
ずっと着続けているせいか、白いローブは傷み始めてきた。しかしほぼ毎日浄化をかけ続けているおかげで汚れが一切ない。よく考えると、それは少し異常に見えてしまうかもしれない……。とは思ったけど、仕方がないだろう。
メリットを考えると、今さら浄化を使わない生活には戻れないしね。
そんな事を考えている間に冒険者達はそれぞれ集まって酒を飲み始めた。
「いやぁ今日は大量だったな」
「あぁ、上手くオークを見付けられて良かった」
「女神の祝福もあったし、明日からは下の階に行くか?」
「おいおい、忘れたのか? 下はアレだぞ」
「あぁ……そうだった。じゃあ暫くはオーク狩りか」
「オークは儲かるんだからいいだろ」
「まぁそれはそうなんだがな」
「焦らなくてもすぐに行けるさ」
「あぁ、そうだな」
「今日はエルラビいなかったね……」
「仕方ないよ。そういう日もあるって」
「エルラビ狩れないとほんと儲からないよね」
「トータルで見たらプラスなんだし、いいんじゃない?」
「……明日からもっと下行かない?」
「ダメだって。私達にはまだ早いよ」
「それもそうかぁ……」
「西の方がどうもきな臭いらしいぞ」
「本当かよ」
「えっ臭いの?」
「……さて、な……。俺も噂で聞いただけだしな」
「まぁ、ゴブリンのいない所に腰ミノは落ちないと言うし、何かあるのかもな」
「言わねぇよ……何だそれ」
「俺が今、考えた」
「スゲー! 天才か!」
「……何を言っとるんだ二人で……意味分からねぇ……いや、もういい、好きにしててくれ」
色々と参考になる話や、どうでもいい話を収集し、部屋に戻った。
もう少し噂話を集めていたかったけど、いつもより葡萄酒が濃かったせいか、酔いが回るのが早かったので仕方がない。
そして朝作った聖石を取り出し、サモンフェアリーを使う。
ここ数日、ホーリーアースを覚えてからは完全に日課になってしまっている。しかしダンジョンに潜るなら、あの大きな魔力消費はちょっと厳しくなるはず。なので暫くはあまり呼べなくなるだろうし、今の内に呼んでおくのだ。
カワイイは正義なのだから!
「わが呼び声に答え、道を示せ《サモンフェアリー》」
いつものド派手な演出の後、リゼが現れる。
『こんにちはー!』
「うん、こんにちは」
『あのね! 今日はね! 門の上でお昼寝したの!』
「へー……」
門……って、妖精の門だよね?
そういや門があるなら門の先には家とか町とか何かがあるんだよね?
何となく気になって、今日は僕の方から質問してみる事にした。お酒が入って気が大きくなったのかもしれない。
「妖精の村? と言うか、リゼが住んでるところってどんな場所なのかな?」
するとリゼは空中でクルクルと回りながら少し考え、そして答えてくれた。
『えぇっとね! ふわふわーで、ぴかぴか~で、お花があるの!』
「へーなるほど、そうなのか」
うん、そうね。
わ・か・ら・な・い!
でも僕にはそんな事、突っ込めないよ!
『それでね! お水がぷしゃーってなってて、お家があるの!』
「ほー、なるほど。それは凄そう」
何となく噴水的な物を想像した。合ってるかどうかは分からないけど。
しかし家があるのか。妖精の世界も意外と人間の世界に近いのか? ……いや、家と言っても色々あるだろうし……分からないか。
『あっ! そろそろ時間だ!』
あぁ……もう終わりか。
最後に何か、えぇっと何か言葉を……何か……?
「リゼ、えぇっと、あー……明日は……えー」
何を言ってるんだ僕は……。酔っているのか思考と言葉がまとまらない。
リゼは光に包まれながら、そんな僕の方を見て口を開いた。
『雨! じゃーねー!』
彼女は元気よく挨拶し、いつものように光と共に消える。
ほんと、消える時は一瞬だね。
しかし……。
「雨? ……雨?」
僕の疑問の声は、宿屋の壁へと消えていった。
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