第301話 厄日

 なんだかんだありつつお仕事に向かう。


「色々あってもお仕事には行かなきゃならないんだよね……」

「キュ……」


 社畜のような言葉を吐きつつ、慰めてくれているのか呆れているのか分からないシオンを撫でながら道を進む。

 今日のお仕事は町より少し遠めにある廃坑の調査だ。

 貸し出された地図を見る。


「……この廃坑って前に来たことあったかな?」


 この冬の間、無数の廃坑を調査したけど見覚えのない場所だった。

 町に近い場所は頻繁に調査が入るけど、遠くの廃坑はあまり調査されない。単純に町から遠ければ問題が起きても危険ではないからなんだろうけど。あまり調査の手が入らない場所に行かされる身としてはそれだけ危険度が増すので嬉しくはない。


「問題が起こらなければいいけど……」


 そうやって立派にフラグを建築しつつ数時間後、廃坑に到着。マギロケーションを使いつつ中を探索していく。

 こうやっていくつもの廃坑を調査していると、鉱山の内部構造の規則性にも気付いてきた。内部はどこも基本的に同じ掘られ方をしているのだ。

 やっぱり縦横無尽に掘り進めてしまうと強度面とかで問題が生じ、崩落の危険性が高まるのだろうか?


「でも、死の洞窟のところの廃坑はもっと複雑だったような……」


 ボロックさんがいたあの場所。あそこは迷路のようになっていて、ドワーフもそこらに目印を書いていたはず。人間とドワーフでは穴掘りの文化が違ったりするのか、それとも時代が違うから技術面で違いがあるのか。いや、そもそもあの洞窟は廃坑であると同時に地下の町と町を繋ぐ連絡通路的な側面もあったし、複数の意図があって複雑化してしまっただけなのかも――などと考えながら廃坑を探索し、ようやく最深部の部屋に到着。

 そこにあったのは――


「机だ」


 変に立てたフラグが雑に回収されることもなく、最後の部屋には机とイスが散乱しているだけだった。


「どうしてこんな場所に……」


 今までの廃坑にはこんなアイテムは残されていなかった。

 横倒しになっているイスを持ち上げ強度を確認する。


「問題ないな」


 机やイスはまだ使えそうだ。

 恐らくこの廃坑が遠すぎたため、ここが廃坑になった時にも持ち帰られず放置されたのだろう。

 その後ここを探索した冒険者らも、こんな場所からわざわざ机やイスを担いで持ち帰ろうとは思わなかった。大体そんなところだろうか。


「ということで、机とイス、ゲットだぜ!」

「キュ!」


 誰も使わなくなったモノだし、僕がいただいても問題ないよね?


「それは新たなる世界。開け次元のホーリーディメンション


 ホーリーディメンションを開き、浄化をかけた机とイス二脚を運び入れた。


「レイアウトは、どうしようか?」

「キュ?」

「快適なお部屋ライフにはレイアウトが重要なんだよね」

「キュ……」


 アレでもないコレでもないと考えるも、結局は部屋の奥に設置することにした。

 机を運び入れ、イスを運び入れ、それに座ってみる。


「いいね!」


 長年放置されていたのにも関わらず、ガタツキもなく悪くない状態だった。

 雨風には晒されてなかったからなのだろうか。

 ただ、机もイスも年輪に沿って削れたのか少し凹凸があり、滑らかではない。


「まぁいいか。ついでにここで地図の描き写しもしちゃうかな」


 ギルドから貸し出された地図は返却しなきゃいけないので、新しい場所の地図を渡された時は適当に描き写すようにしている。

 手に入れたばかりの机とイスを使い描き写す。

 ちゃんとした測量なんてやってないのか、それともそんな地図は僕らみたいな冒険者の目には入らないのか、縮尺なんかは合っていない気がするので正確に記入する必要はない。ただ大体の位置が分かるように描けばいいだけだ。


「よしっ、出来た! じゃあ、帰るか」

「キュ!」


 もう一脚のイスに座っていたシオンが机に飛び乗り、そこから僕の肩に飛び乗ってフードの中に入ってきた。

 シオンがいつものベストポジションに収まったのを確認し、ホーリーディメンションを出て廃坑を戻る。


「早く帰ってブライドンさんが作った夕食を食べたいね」

「キュ」


 そんな話をしながら廃坑を戻り、出口に近付いてきた時、外に違和感を覚えた。


「……なにか、いる」


 廃坑の外になにかの反応があった。

 慌てて光源の魔法を消す。

 マギロケーションで把握した感じ、形は人型、大きさは三メートル以上。手足も体も太く、ゴリラのように感じられる。明らかに人間ではない。

 そのナニカが廃坑の出口付近に陣取っていて、外に出ることが出来なくなっている。


「アレは、なんだ?」


 この周辺にあんなモンスターが生息しているという報告は冒険者ギルドにはなかったはずだ。


「……いや、確か最近、正体不明のモンスターの報告があったか」


 その正体不明の謎モンスターがアレだとすると、少々厄介かもしれないな。

 どんなモンスターか分からないし、わざわざここでそんな謎モンスターと戦うリスクを取りたくはない。


「暫く様子を見よう」


 岩の陰に隠れながらその場で様子を見ていたけど、謎のモンスターがその場から動く気配はない。


「……シオン?」


 フードの中のシオンの様子がおかしいので触ってみると、少し震えていた。

 シオンが怯えている? あのアルッポのダンジョンでボスに対しても堂々戦ったシオンが?


「それだけヤバい相手……なのか?」


 シオンを撫でながら考える。

 でも、このままでは埒があかない。一戦、交えてみるか?

 いや駄目だ、勝てなければ終わってしまうかもしれない。

 しかし、だからといってここでずっとヤツが消えるまで待ち続けるのか? ホーリーディメンションがあればそれなりの期間、留まることは可能だけど――

 と、考えていて意識が逸れていたその瞬間、謎のモンスターが消えていた。


「は?」


 そしてその気配が数メートル先に迫っていた。


「ちょっ――」


 慌てて岩陰から飛び出し、距離を取りながら魔法を発動する。


「光よ、我が道を照らせ《光源》」


 廃坑の中に再び光が満ちる。

 そして僕が隠れていた岩がドカンと破裂した。


「くっ!」


 そこにいたのは、黒い影。黒い人型のモンスター。

 全身がどす黒っぽい嫌な色のオーラのようなモノに覆われていて不気味。

 腕が長くてゴリラのようにも見えるけど、大きさがそんなレベルではない。

 廃坑の高さが二メートルちょっとなので、そのモンスターは少し窮屈そうに体を丸めながらこちらを見ていた。

 その目は血のように赤く光っていて、普通のモンスターとは明らかに違う。異質で、ナニカが根本から違う気がした。


「グァァ!」

「なんだ、こいつは?」


 そう言っている間にもモンスターはドシンドシンと近付いてくる。


「やるしかないか」


 覚悟を決め、槍を強く握りしめる。


「光よ、我が敵を穿て!《ライトアロー》」


 まず小手調べにライトアローを放ち、後ろにバックステップする。

 手から放たれた光の矢はドカッと謎のモンスターに命中するも、一瞬で霧散した。


「効いてないか……」


 やっぱりライトアローでは火力不足らしい。

 次の魔法を準備しようとすると、謎のモンスターが一気に距離を詰めてきて右腕を振り抜いた。


「グォォォォ!」

「くっ!」


 それを後ろに下がりながら躱し、続いて飛んでくる拳の連打も避けながら槍を突き入れる。

 が、棒でゴム板でも突いているかのような感触が腕に伝わってくるだけだった。


「嘘だろ!?」


 なんだこのモンスター!? 今までの他のモンスターとはなにかが違う!

 よく分からないまま謎のモンスターに圧され、廃坑内を下がり続けながら攻撃を避け、隙を見て反撃を入れる。しかし攻撃が通らない。ただただ圧され続けるだけ。

 モンスターの攻撃を穂先で大きく弾き、バックステップで大きく距離を取って呪文を詠唱する時間を稼ぐ。


「神聖なる光よ、解き放て、白刃ホーリーレイ


 放たれた神聖魔法の光の閃光が謎のモンスターに突き刺さる。


「グオォォォ!」

「効いた!」


 ホーリーレイが右腕に命中。その傷跡から黒い血のようなモノがボタボタと垂れてきて地面に落ちた。

 が、その傷跡もすぐに治っていく。


「浅すぎるか!」


 それ以前に治癒能力が高すぎる!


「オォ!」


 謎のモンスターがまた接近してきて腕を振り回す。

 それを避けて槍で払い、避けて突く。

 しかしまったく効いた様子がない。

 何度も何度も繰り返し、隙を見てホーリーレイをぶちかます。

 しかしダメージが入っているのか分からない。


「グァ!」

「ぐっ!」


 躱しそこねた拳を左手の甲で弾くように逸らすが、その左手に激痛が走る。

 左手の甲がただれ、骨まで見えている。


「触っただけでこれかよ……ちょっと卑怯すぎやしないですかね?」


 なぜかは分からないけど、このモンスターに触れるだけで肉が焼ける――というより、腐食している?

 こんなモンスターが町に行ったらそれだけで小さな町や村なら壊滅しかねないぞ。どうしてこんなモノがそこらを歩いてるんだ? 凄いモンスターのバーゲンセール中か?


「光よ、癒やせ《ヒール》」


 簡単な回復魔法で応急処置し、戦闘に戻る。


「このままじゃ……」


 体に疲れが溜まり、魔力も減ってきた。

 しかし突破口が見付からない。

 攻撃を避け、弾き、槍で突く。

 極限の緊張感の中でどんどん精神が研ぎ澄まされていく。

 謎のモンスターの右の拳をギリギリで見切り、逆の拳を屈んで避け、槍で薙ぎ払う。

 また次の拳を避け、槍で突く。

 それらを何度も何度も繰り返していく内、思考が加速し、どんどん謎のモンスターの動きが見えるようになってきた。

 どんどん無駄な動きもなくなってきて、最小限の動きで攻撃を躱すようになってくる。

 最小限の動きで避け、どうせ当たってもダメージがなさそうだし脱力し最小限の動きで槍を振るう。

 頭の中で思考が高速回転する。


「ふぅ……」


 大きく息を吐き出す。

 体は高速で動かしながら考える。

 これからどうしようか。

 逃げるにしても逃げるタイミングがないし、廃坑の出口側を塞がれてるので逃げられない。

 戦って勝つしかないけど攻撃が通らない。

 これって詰んでるのでは? と考える。

 しかし、どうして触れただけで腐食したんだ? そんな二足歩行モンスターいたか?

 考えてみるけど思い付かない。

 そういえばシオンは大丈夫だろうか? フードの中に入ったままだけど。

 シオン、怯えてたな……。やっぱりこんな意味不明なモンスターはシオンも怖いのだろうか?


「あれっ?」


 なにかが思いつきそうだけど、出てこない。

 黒いモンスター。触れただけで腐食する。シオンが怯える……。

 頭の中がグルグルと回転する。そして閃いた。


「そうか! お前、アレと同じヤツなんだな!」


 そう気付いた瞬間、疲労が生んだ脱力状態から一気に覚醒して体に力が漲り、その勢いで気持ちを乗せて槍を振り上げた。

 ミスリルの穂先が青銀の軌跡を描きながら走る。


「グオォォオォオ!?」


 宙を舞う腕。

 飛び散る黒い液体。

 そのままの勢いでクルッと回転し、右手で謎のモンスターの体に触れる。

 そして――


「不浄なるものに、魂の安寧を《浄化》」


 右手から溢れ出した虹色のオーラが謎のモンスターを包む。


「オォォォォォ!」

「いけっ!」


 周囲全体が虹色のオーラに包まれ、全てを浄化していく。

 それからどれぐらいの時間が経っただろうか。

 一秒か、十秒か、一分か。分からないけど次に気付いた時、目の前には白い砂山だけがあった。


「やっぱり、か……」


 その場に崩れ落ちるように尻もちをつき、そのまま寝転がる。

 このモンスターは、死の洞窟で出会った黒いスライムと同種。……いや、同種かは分からないけど、根源的なモノは繋がっているモンスターなのだろう。

 物理的な攻撃はあまり効かないけど神聖魔法や、そして浄化は凄く効く。

 例の大きな黒いスライムも浄化で倒した。


「これ、浄化がなかったらどうすればいいんだろうな?」


 一般ピーポーにはもう絶望的な気がするけど、どうなんだ?


「キュ?」


 寝転がった瞬間にフードから転げ落ちたシオンが不思議そうな顔をしている。

 まぁシオンからしたら、例の大きな黒いスライムに卵ごと溶かされようとしていたのだから、似たような雰囲気を持つこのモンスターは怖かったんだろうね。


「さて、と」


 起き上がり、あぐらをかく。


「これ、どうするかな」


 目の前には浄化で出来上がった砂山があった。

 前回の黒いスライムの時はそのまま放置したけど、今はここに放置するのはマズい気がする。

 ここは定期的に人が出入りする場所だし、こんなモノがあったら不自然すぎるし、これでなにかしらの調査でも入って探られたら面倒だし。


「片付けるしかないか……それは新たなる世界。開け次元のホーリーディメンション


 ホーリーディメンションを開き、布袋とスコップを取り出し、かき集めた白い砂を中に詰めていく。

 シオンもザザッと前脚で白い砂をかき出して手伝ってくれている。


「はぁ、疲れてるのに……」


 最近は地下に潜ったり土や砂をいじったり、そんなことばっかりしている気がする。そろそろモグラにでも転職するべきなんだろうか?

 そうして砂を片付けていると、中から光の魔結晶が出てきた。


「うわぁ……。嬉しいけど、これで余計に面倒になるな……」


 これは間違いなく闇の魔結晶が浄化の効果で変質したモノだ。つまり、僕がここでこの謎モンスターを倒したという証拠がなくなったということ。

 まぁそれ以前にモンスターの死体が全て消えているのだけど……。


「じゃあ冒険者ギルドには報告出来ないか……」


 疲れた体に鞭打ち、白い砂の袋詰めを終わらせホーリーディメンション内に収納した。

 そうしてようやく廃坑の外に出る。


「今日は厄日なのか?」

「キュ……」


 なんだか今日は悪いことばかり起こる気がするぞ。

 町へ戻る道を進みながら思う。

 今日は本当に様々なことが起こった。

 ユニコーンには振られるし、変なモンスターには襲われるし、絶望的にツイてない。

 とにかく今日は、もう早く町に帰ってブライドンさんの夕食を美味しく食べて、ゆっくりベッドで眠りたい。今日は色々と大変だったし、奮発してワインのボトルを開けようかな。そう、ルバンニの町で買ったヤツ。それでささやかな祝杯をあげよう。それに追加で串焼きでも追加注文するのも悪くない。

 最後ぐらい良いことがあってもいいじゃないか!


「そうだね! シオン! 今日は帰って豪遊しよう! 今日は串焼きも追加するよ!」

「キュ!」

「じゃあ町にBダッシュで帰ろう!」


 ――と思いながら急いで町に帰ってきたのだけど……。


「あれ、は……」


 町の方向に黒い煙が見えた。

 急いで走り、目の前の小高い丘に登る。


「嘘だろ……」


 町から立ち上る黒い煙。そして火の手。

 明らかになにかが起こっていた。

 しかし、もうなにがなんだかサッパリ分からない。


「今日は厄日なのか?」


 その呟きだけが風に流されていった。

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