第235話 天から射し込む一筋の光明
「……具体的にどれぐらいお支払いすればいいモノなんですか?」
「金貨一〇〇〇枚」
「一〇〇〇枚……」
それは流石に払えない。物理的に。
近くの席から「そいつはボッタクリすぎだぜ!」などとヤジが飛ぶ。
「まぁ金で考えるならってぇ話だ。金はいくらあっても困らねぇが、ここにいるヤツらなら金はそれなりに稼げるからな。金じゃあ交渉材料としては弱い」
「……だとすれば『物』ですか?」
「そうだ。珍しい薬、素材、武具。それに情報も。後はそうだな……酒や食べ物でもいいぜ! とにかく珍しいモノは金があっても手に入れられねぇからな! 金以上に価値がある!」
そうか、この世界は移動手段が限られているから遠方のモノが手に入りにくい。仮にお金があっても、それを遠方から輸送してくれる商人との繋がりがなければ難しい。冷蔵冷凍技術も食品の保存方法も限られているこの世界だと隣町の食品なんかでも手に入りにくいかもしれない。
そういや日本でも昔は地方の名産品が公家や大名の間で嗜好品として珍重されたという話があったけど、こちらの世界でも特定の地域でしか採れないようなモノは別の地域の人々には喜ばれるのだろう。
別の地域のモノか……。なにか持ってたかな? と、少し考えると思い当たるモノがあった。
「これはどうです?」
「こいつは……」
ヒボスさんは僕が差し出した布袋から白くて薄い長方形の物体を取り出す。
「ファンガスを乾燥させたモノです。炙るとイケますよ」
そう、動く巨大エリンギことファンガスだ。ボロックさんと出会った例の洞窟に生息していたキノコ系モンスターで、あの場所での主食になっていた。
ファンガス自体は弱いモンスターだったけど、場所が場所だけに狩っている人もボロックさんだけだったし、これをあげたクランマスターの反応からしてもこの地域では珍しい可能性が高い。
「これはどこで手に入れたんだ?」
「それはちょっと言えませんね」
あの場所は本当に言えないし、今はもう行けなくなっているはずだ。
「そうか……。まぁいいだろう。取引成立だ!」
「ありがとうございます!」
そしてガッツリと握手を交わし、葡萄酒で乾杯した。
「で、このダンジョンの話だったか?」
「はい。このダンジョンについて、主に六階以降の話を聞きたいです」
「さて、どこから話すか……」
ヒボスさんは少し考えてから葡萄酒を呷り、話を続ける。
「そうだな。まずこのダンジョンは攻略されてねぇが、総階層が一〇階前後らしい」
「ふむふむ」
「理由はモンスターのランクの上がり方だな」
ダンジョンは深くなるほどモンスターが強くなるので、階が進むごとにどれだけモンスターが強くなるかで大体の総階層数は予想出来るらしい。
「七階で出るモンスターはブラッドナイトとワイト。ワイトは魔法使い型のアンデッドで魔法を使ってきて厄介な相手だが下級魔力ポーションをたまに落とす。俺はその階までしか見たことがないからな。その先は知らん」
「なるほどなるほど」
情報をしっかりとメモしていく。
七階の情報を聞けたのは大きいぞ!
下級魔力ポーションを落とすモンスターが存在しているかも、という話は聞いていたけど本当だったみたいだ。
「俺が知る限り、最近このダンジョンに潜っている冒険者の中で一番深く潜ったのが八階だ。それ以上は厳しいらしい。噂では歴代最高記録が九階らしいが、九階の情報はまったく流れてこねぇな」
「そうですか……」
八階と九階の情報をどうやって集めるのか、今から考えておいた方がいいのだろうか?
まぁ、かなり先の話だろうから気長に考えてゆっくりやっていこうかな。
「後は……そうだな。八階に出るモンスターがアンデッドで、どうやらダンジョンのボスもアンデッドらしいってことぐらいか」
「九階の情報がないのにボスは分かるんですか?」
「裂け目のダンジョンはボスと似たタイプのモンスターが各階に配置されやすい。逆に言えばよ、こんだけアンデッドが出るダンジョンならボスは十中八九アンデッドで決まりだぜ」
「なるほど!」
荒い紙に簡素な鉛筆でガンガン情報を書き込んでいく。
なるほどなるほど。整理しよう。
このダンジョンは恐らく総階層数が九階から一一階ぐらいで、ボスはアンデッド。六階、七階、八階もアンデッドが出るし、その後の階もアンデッドが出る可能性が高いと。それで八階がなんらかの理由で鬼門になっていて、攻略が滞っている感じかな。歴代最高記録を作ったパーティが九階までらしいし、やっぱり九階にも問題があるのだろう。
六階に行けば下級ポーションが手に入り、七階に行けば下級魔力ポーションが手に入って、かなり儲かりそうだね――
と、考えたその瞬間、頭の中に電流が走るように一筋の可能性がよぎる。
それは本当に突拍子もない話で、雲をつかむような話で、現実味がない話。しかし暗闇の中に射し込む一筋の光のように、その可能性は確かに目の前にあって、輝いている。手を伸ばしても今は届かないけど、たしかにそこにある光。
このダンジョンはアンデッドダンジョンで、この先の階もアンデッドが出る。そしてボスまでアンデッドな可能性が高い。
僕にはアンデッドなら一定確率で即死させられるターンアンデッドという魔法がある。
つまり――
「もしかして、僕ならクリア出来る?」
この、ダンジョンを。
「ん? なんか言ったか?」
「あぁ、いや! なんでもないですよ!」
慌てて誤魔化しながら情報収集を続けていく。
しかし、本当に可能なのだろうか? 僕がこのダンジョンをクリアするなんて。
……いや、現時点では不確定な要素が多すぎる。まず九階からのモンスターがアンデッドかどうかが不明。ボスがアンデッドかどうかも確定ではない。そもそもボスにターンアンデッドなんて効いてしまっていいのだろうか? それってチートもチートで完全にラインオーバーじゃないか? それにボスに即死攻撃が効かないのは古今東西どこの世界のボーイ達にも一般常識だ。もしターンアンデッドが効かないとすると、その瞬間、失敗が決まる。
それにそれに、もう一つ。こちらも常識。
そう……『ボスからは、逃げられない』だ。
もし、本当にボスから逃げられなかったらどうする? そしてターンアンデッドが効かなかったら? その二つが重なったら完全に詰みだ。終わってしまう。
だがしかし、それらは結局、ゲームの中の話から僕が想像してしまうモノであり、この世界でも現実になるかは分からない。分からないけど、それが現実になってしまうと終わり。それに賭けるのは命になる可能性が高い。
まるで霧の中、崖沿いの道を進むような怖さがある。
しかしその先に確かな光を見てしまった。
まいったな……。
でもよく考えてみると、これは千載一遇のチャンスなんだよね。僕にとってアンデッドはお得意様。アンデッドのダンジョンだからクリア出来る可能性がある。ダンジョンは世界中に無数存在しているけど、別に全てのダンジョンがアンデッドのダンジョンではないのだから。
ここでダンジョンをクリア出来れば名を売れる。名が売れることで広がる世界があることは、ここ最近よく理解出来てきた。この世界に来た頃はそんなことにはまったく興味がなかったけど、今は違う。この世界での『名』とは一般人が持てる信用の証だと理解出来たからだ。
名があるから入れる場所があり、知ることが出来るモノがあり、やりとり出来る相手がいる。
リスクを取ってでも名を得る価値は大きい。
最終的には僕自身と、そしてシオンを守るためにも『力』を得る必要があると考えていた。
それが今、この時なのでは?
「ちょっと、本気で目指してみるかな」
そして拳を強く握り込んだ。
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