第202話 思わぬ場所で日本人の痕跡
「ここは……右ですね」
先頭を歩くミミさんが地図を見ながら先導してくれている。
この洞窟は昔、坑道だっただけあって中が複雑に入り組んでいるので地図がないと迷ってしまう。
以前、ボロックさんにドワーフの地図記号的な印の読み方を教えてもらったけど、あれは出口と奥の方向を表しているモノだし、あれを辿ってもドワーフの里に行けるとは限らない。
「モンスターがいます」
ミミさんが暗闇の先を見ながら立ち止まった。
「数は?」
「三体、ファンガスでしょう」
「そうか」
ゴルドさんはそれだけ聞くと、スタスタと歩いていってしまう。
他の皆もそれを聞き、なにもないかのように進んでいく。
ファンガスか、懐かしい……ドワーフの里にいた頃は主食であり、そしてメインディッシュだった……。やっぱりあまり思い出したくない記憶かもしれない。
しかし、ミミさんはどうやって暗闇の中のモンスターを把握したのだろうか? 暗闇の先はなにも見えず、音も聞こえなかったと思うけど。
「ふんっ!」
前方ではゴルドさんがファンガスに回し蹴りからの裏拳とストレートの三連コンボで剣を抜くまでもなく三体のファンガスを倒していた。
ミミさんが言った通り本当に三体のファンガスがいた。ゴルドさんも他の人もそれを疑う素振りもなかったし、ミミさんにそういう能力があることは理解しているのかも。
「魔石だけ抜いて先に進むぞ」
「そうですね」
フィールドにいるモンスターを倒した場合、その死体が他のモンスターの餌にならないように埋めたりして片付けるのがベストだけど、それが無理な場合は魔石だけは抜いておくのが原則ルールみたいになっている。魔物の体内に魔石を残すとアンデッド化する場合があるからだ。
それから何度かファンガスを倒しながら洞窟を進んでいたけど、その度にゴルドさんらが瞬殺してしまう。しかしこの中で一番の新人である自分がなにもせずに楽をしていて良いものなのか?と思ってきて、若干居心地が悪く感じてきたので前に出て戦闘に参加してみようとしたところ、思わぬところから声がかかった。
「おう、魔法使いは前に出るんじゃねぇ」
モス伯爵だった。
なにか反論しようかと思ったけど、伯爵相手には得策ではない気がして素直に「はい」と答えて引き下がることにした。
そういえば、僕はソロでずっとやってたしパーティでも前に出て戦っていたけど、完全な後衛職として扱われたことはこれまでなかった気がする。なんだか少し新鮮な気がするけど、それはこの世界では『魔法使いは軽装しか無理!』みたいなRPGあるあるルールはないため、魔法が使えても守備力を上げるために鎧は着るし。『杖がなければ魔法が使えない!』といったファンタジーあるあるルールも存在しないため、魔法が使えても剣や槍を持つのが冒険者の間では常識となっていたからだ。つまり冒険者の間では前衛後衛という概念があまりなく、誰でも多少は前で戦えないとダメだと思われている。でも、上位の魔法使いの中には完全に後衛に特化している人がいたり、軍隊などでは前衛と後衛を分けて運用するため、魔法使いが後衛に特化してる場合もある的な話は聞いたことがある気がする。なので騎士団に所属しているモス伯爵がそういった認識であるのはおかしくはないのだけど――と考え、気付いてしまった。
僕って鎧は着てるけどローブ姿だし、腰に短剣があるとはいえ槍が壊れてからは杖を持ってるし、これって明らかに後衛仕様だよね? モロに魔法使いですよ!ってな感じの! これは完全に後衛タイプの魔法使いだと思われても仕方がないのでは?
そういえばこの前、騎士団の練習を見学した時もこの格好だった。モス伯爵からすれば『魔法使いの子供が騎士団の見学に来た』という認識になるだろうし、下手したら『魔法使いが暇潰しに冷やかしに来た』的なネガティブな感じに受け取られていてもおかしくない。そう考えるとあの時のモス伯爵の態度が冷たくそっけなかったのも理解出来る。
「そりゃ『戦いを挑まれるイベント』は起きないよね……」
練習を見に行ったら『お前もやってみろ!』的な展開になって練習試合が始まる、みたいな定番イベント。
僕が普通の冒険者の格好をしていたらそういう展開もあったかもしれないけど、この姿の僕相手じゃ仮に勝ったところで魔法使いの子供を剣術の練習試合でボコボコにしただけになる。それは流石に名誉マイナス一〇〇点で恥になるだけだ。それは流石にやれない。
このすれ違いを解消した方が良い気がするけど、どう言えばいいのかが分からない。そもそも僕の考えすぎな気もするし、難しいなぁ……。
そうこう考えながら歩いて数時間。周囲の空気が湿り気を帯び、やがて大きな水の音が聞こえてきた。
「そろそろですね」
通路を右に曲がると道の先に見える物凄い勢いの水しぶき。
「凄いな……」
「本当にここを通るのか?」
懐かしい。なんだか帰ってきた感があるよね。
以前、ここを通ってきたから知っているけど、あの水しぶきは滝壺で、あの先にボロックさんが住むドワーフの里があるのだ。
「この先の滝は一定周期で水が止まり、道が出来るようになっています。計算によればそれは日が変わる頃のはず。それまで各自、休憩していてください」
そう言ったミミさんはメイド服のポケットの中から巾着袋を取り出すと、その中から物資を取り出し始めた。
どうやらあれがミミさんの魔法袋らしい。魔法袋には決まった形はないらしいけど、僕のとは随分形が違うんだよね。
皆それぞれ地面に座ったり寝転んだりして休憩しているので僕も背負袋から外套を出して地面に敷き、その上に座った。
「遠い~」
シームさんが地面にドカッと腰を下ろしながらそう言った。
確かに、もうアルノルンを出てから一〇時間以上は経っている気がする。
「資料によると、まだ半分も来ていない」
「えぇ~そんなぁ……」
ん~確かに、まだドワーフの里にすら着いてないし、まだまだ先だよね。
それよりも。
「資料によるとって、そんな資料あるの? ここって極秘じゃなかった?」
そう聞くとルシールは少し考えるように首を傾げ「極秘資料を読んだ」と言った。
なんだか気になるような、深く聞かない方がいいような……。とりあえず「そうなんだ……」と返しておく。
ふと聞き慣れないカチッという音がして顔を向けると、ミミさんが四角い箱の上に鍋を乗せ、箱の側面についている丸い突起物を指で押し込んでいるところだった。
そして箱の上部から吹き出す炎。
「あれはっ!」
急いで駆け寄り、観察する。
一辺が三〇センチぐらいの四角い金属の箱で、高さが一〇センチぐらい。上部には五徳のようなモノがあって火が吹き出している。これは――
「ルークさん、どうかしましたか?」
「あのっ、ミミさん! これは!?」
「これですか? 魔道具の一種で『コンロ』と呼ばれています」
「コンロ?」
これは日本語か? もしかして、転移してきた日本人が開発したのだろうか?
「どこでもすぐに火が使えて便利なのですが、魔石の消費も多く一般的には使われていないので、珍しいかもしれませんね」
「これ、誰が開発したのか、ご存知ですか?」
そう聞くとミミさんは少し考えた後「そこまでは分かりませんね」と答えた。
名前的に開発者か、もしくは名付け親が日本人で間違いないはず。こんなところで同じ転生者の痕跡を見付けるとは……。
「スープが出来ましたので、取りに来てくださいね」
気が付くと、コンロの上の鍋の中から美味しそうな匂いが漂っていた。
「旨そうだ!」
「外で温かいスープをいただけるのはありがたいですね」
ダリタさんとトリスンさんが持ってきたカップにスープを注いでもらっている。
僕も背負袋の中からカップを取り出し、ミミさんに注いでもらう。そして手渡された黒パンをスープに浸して口に放り込んだ。
もしかして、コンロを開発したのはマサさん達の誰かなのだろうか? その可能性は否定出来ないけど断言も出来ない。転生する前のあの白い場所には僕達の他にも日本人がいたらしいし、そもそも僕達の前に転生してきた日本人がいる可能性も普通にあるのだ。
でも、調べてみる価値はありそうだ。
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