第15話 最初の魔法

 大きめのドアを押し開けて中に入る。

 中に入ると正面には無人のカウンター。左手側に酒場のような空間があり、カウンターの中では、髭を生やした大きな男が何かをかき混ぜながら湯気と格闘しているのが見える。

 恐らくその“何か”から漂ってきているのであろう、香ばしい匂いと、焦げた木の匂いが鼻孔をくすぐる。


 キシリキシリと床板を踏み鳴らしながら正面のカウンターへと向かい、カウンターにあったハンドベルをカランカランと数回鳴らす。

「はーい。今行きます」

 その声から数秒後、カウンターの奥にある扉から若い女性が出て来る。

「お待たせしました。お泊りですか? 夕食付きで銀貨二枚ですよ」

 聞きたい事を聞く前に話してくれた。低ランカー向けの宿で銀貨二枚と考えると、おおよその物価が見えてくる。

「それじゃ三泊でお願いします。夕食はいつから食べられますか?」

 と聞きながら銀貨六枚を出す。

 ちなみに、銅貨一〇枚で銀貨一枚。銀貨一〇枚で金貨一枚のようだ。これは雑貨屋で金貨を支払って確認してきた。

「ごめんなさいね。日没前には出来ると思うから待っててね。出来たら声をかけるから。部屋は二階の突き当りね」

 頷いてから階段を上がる。

 細い廊下を進み、突き当りにあった部屋の扉を開けて入り、中から閂のような鍵を掛けた。


「はぁ……」


 自然とため息が出た。

 ため息をすると幸運が逃げるとか言うけれど、それでも出てしまう。

 今日は精神的に疲れてしまった。今日一日だけで一生分の貴重な経験をした気がする。

 あの白い空間でのキャラメイクや色々なやり取り。

 この世界の住人とのファーストコンタクト。

 見たモノ、聞いた事、触れた事、全てから情報を集めようとして。

 そして変な行動をしないように。

 ずっと集中していた気がする。

「こんな神経使わないといけない状況って好きじゃないんだけどなぁ」

 一人になって緊張の糸が切れたからか、何となくつぶやいてしまう。

 もっと……こう、何と言うか、ゆったりまったりとね……したいものなんだけど。

 こんな世界に来てしまった以上、難しいのだろうか。


 部屋を見回す。

 二畳ほどの小さな部屋にベッドがあり、壁に木の板がはまった窓がある。ただそれだけの部屋だ。

 立っていても仕方がないのでベッドに腰掛ける。

 ちょっと気になって、ベッドに掛けてあるシーツをめくると藁のような物が見えた。木枠に藁のような枯れ草を敷き詰めてシーツを掛けているだけのシンプルなベッドのようだ。これが田舎の村だからなのか、それとも安い宿だからなのか、現時点では分からない。文明レベル的にはこんなものなのだろうか。


 一息ついて“例の白い場所”で取得した自分のアビリティを思い出す。

 一つ一つ、取ったアビリティを思い出し、そして考える。

 うーん……これはちょっと、これから大変かもしれない。

 あの場所でアビリティの設定をした時は、ゲームと同じ役割の“ヒーラーに必要なアビリティ”をメインにした。あの時は、パーティの皆でこの世界に行く、という意識になっていたからそうしてしまった。それに謎の力で意識を誘導された所為か、普通なら選ばないような選択もしてしまっている。

 でも今のこの状況だとソロで色々出来る方が望ましい。理想は前衛としてバリバリ戦える能力……僕自身の元から持ってたアビリティが後衛タイプだからそれは難しかったのかもしれないけど、それならせめて攻撃で活きやすそうな能力で攻撃魔法使い型の方がよかった。

 ヒーラーの役割とか回復魔法とかは好きだけど、ゲームではなく、現実となってしまったら話が変わってくる。ヒーラーというのはパーティの補助をするのが役割だし仲間がいてこそのお仕事だ。何も分からないこの世界で一人ぼっちの今の状況では一番不向きと言える。


「んー……早めに仲間を探すべきなんだろうか」

 でもなぁ……。何も分かってない現時点で誰かと組むのは怖い。

 それにこの世界は日本のように安全とは思えない。ちゃんと相手は見極めて選ばないと騙されたりするかもしれないし、その騙された一回が命に関わる可能性もないとは言いきれない。そしてそうなった場合、今の僕には抵抗する手段が乏しい。


 いや、そもそもヒーラーではあるけど、今は回復魔法が使えないわけで……。

 ヒーラーですけど仲間に入れて下さい。でも回復魔法は使えませんよ。なんて言ってる奴を誰が相手にするのか。お前ふざけんなよ、とぶっ飛ばされても仕方がない。

 この世界のシステム的に魔法は魔法書で覚えるものらしい。他にも方法があるのかもしれないが、現時点では分からない。とにかく回復魔法の魔法書を手に入れないとヒーラーとしてのスタートすら出来ないわけで……。

 何か微妙に詰んでるような気がしないでもない。


「はぁ……」


 またため息が出た。

 疲れている体を横たえて寝てしまいたいが、そうもいかない。今寝ると夜が大変そうだし、まだやる事がある。

 背負袋から光源の魔法書を取り出す。

 そう、これから魔法を覚えるのだ。そう考えると疲れで下がっていたはずのテンションがむくむく上がってきた。

 魔法書の使い方だが、それは雑貨屋の店主に聞いてある。その方法は簡単。


 開いて読むだけ。


 実に本らしい本の使い方だね。

 さて、とりあえず光源の魔法書を開いてみる。

「うーん……。なんだこれ」

 光源の魔法書の中に書いてあったのは、魔法陣やら知らない言葉やら知っている言葉やら、だが意味が理解出来ない。

 とりあえず次のページを捲って読み進める。意味が理解出来ないけど、どんどん読み進める。

 最後のページを読み終えた時、魔法書が淡く光ったと思ったら急に白い炎を吹き出して燃え上がる。

「うおっ!」

 ビックリして手を離してしまい、ベッドに本が落ちたが、シーツに燃え移る気配がない。

「……なんだこれ」

 恐る恐る触ってみるけど熱くもない。

 うーん、よくわからない。

 そして一〇秒ほどで全て燃え尽き、灰すら残らなかった。

 これはもう、そういうモノだと理解するしかないのだろう。


 数秒間、本が消えた場所を見ていたが、ハッと気がつくと頭の中に光源の魔法の知識が残っていた。

 やはりこれはもう、そういうモノだと理解するしかないのだろう。

「それでは……。やりますか!」

 手を胸の近くまで上げ、手のひらを上に向け、何となく手に集中し、力ある言葉をつぶやく。


「光よ、我が道を照らせ《光源》」


 その瞬間、お腹の奥のほうから何かが手の方へと流れ、手のひらから一〇センチほどの白い光の玉が現れて宙に浮かぶ。

 その光は部屋の中を眩く照らし、この世の闇を祓うかのように輝き続けた。

「……っつ!」

 僕は今、感動しているのかもしれない。

 簡単な魔法だけど。ただ光を放つだけの魔法だけど。これが、僕がテスラに来て最初に覚えて、そして使った魔法だ。


 そして、後に大魔法使いルークと呼ばれる男が最初に覚えた魔法なのであった!







「お客さ~ん。壁も床も薄いんですから、変な事を叫ぶのは止めて下さいね~」


 と、部屋の外から女性の声がする。

 僕は「ハ、ハァイ……」と小さく答えるのが精一杯だった。

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