第145話 偽物の火酒と本物の火酒

 それからのんびりと日が傾くまで村の中を見学して過ごした。久しぶりの日光浴で天日干しされたような気分だ。ギラギラと輝く太陽に焼かれたけど、それも心地よかった。やはり人間には太陽が必要なんだと思う。地下でも問題なく過ごせるドワーフは根本的に普人族とは何かが違っているのかもしれない。


 ちなみに、この村には冒険者ギルドはなかった。

 理由はよく分からないけど、周辺のモンスターが弱いとか、そういう理由だろうか。よく思い返してみると、この村に来てから冒険者っぽい人は一人も見ていない。そういう事もあるのだろう。

 次にギルドを見付けたらやっておきたい事があったのだけど、まぁ仕方がない。次の町で考える事にする。


 日が沈む前に宿屋で部屋を取り、その隣の酒場で夕食を注文する。といっても昼にも来た場所だけど……。この狭い村には酒場が一つしかないので仕方がない。

「シチューとパン二つ……エルキャタピラーステーキはナシで」

「はいよ……旨いんだけどなぁ……」

 聞こえないフリをしながらシオンを膝に乗せる。

「飲み物のおすすめは?」

「エール。あとはドワーフ用の火酒もあるが、いらねぇだろ?」

 酒場のマスターは僕の顔を確かめるように見てからそう言った。

 ドワーフ用の火酒、か。火酒といえば蒸留酒――つまりアルコール度数の高い酒の事だとは思うけど、どんなモノなのだろう。というか既に蒸留技術が存在してたんだね。

 この世界で初めて聞く火酒に興味が湧いた。

「その、ドワーフ用の火酒ってどんなモノなんですか?」

「どんな、って……俺も確認のために飲むぐらいだしな……」

 そう言いながら酒場のマスターは後ろの棚から大きな陶器の瓶を取り出した。

「これはベルゲンの火酒と呼ばれてる。口の中に入れると……なんというか、全身がグワッと熱くなるような味だな、うん」

 そう言いながら彼は何ともいえない顔をした。

 どうやら普人族のマスターはあまりドワーフ用の火酒が好きではないらしい。

「……じゃあそれを一杯下さい」

「おいおい、普人族でもこれが好きな奇特な奴はいるがよ、若いので好きな奴はいねぇぞ。……まぁ、それでも飲むってんなら止めねぇがよ」

 マスターは瓶のコルクをキュポンと抜き、木製のカップにベルゲンの火酒をトクトクと注いで僕の前に置いた。

「ほらよ、銀貨二枚だ」

 意外とお高くてビックリしたけど、今更引けないのでおとなしく支払ってカップを受け取った。


 ゴロゴロと喉を鳴らすシオンを左手で撫でつつカップを手に取り匂いを確かめる。

「……うっ」

「キュキュ?」

 鼻を突くアルコールのムッとする匂い。そして何かの草――ハーブらしき匂い。それに独特な甘い匂いもある。これは、何だろう? この時点で既にジンやウォッカのような比較的シンプルな蒸留酒ではない事が確定した。

 覚悟を決めて少しだけ口に含んでみる。

「……ぐっ」

「……キュ?」

 舌に感じる痺れ。鼻に抜けるアルコールの風味。ハーブの苦味。かすかな甘味。そしてワンテンポ遅れてやってくる痛み……これは、辛味?

 うん、これって毒だよね? 毒だよね?

 ……これは経験した事がない。焼酎とかウイスキーとか、地球にある有名所の蒸留酒の味ではない。根本的に何かが違うナニカだ。


 また少し口に含む。

「……」

 口の中に広がる苦味、そして辛味。

 ……うん? これ、苦味とか辛味で刺激は多いけど、もしかすると思ったよりアルコール度数は高くないかもしれない。焼酎とかよりアルコールっぽさが少ない気がする。

 しかしそのままちびりちびりと舐めるように飲んでいると、次第に口の中と喉奥が焼けるように熱くなってきた。まるでウォッカを飲んだ時のようだ。


「普人族にそいつはキツいだろ? おとなしくエールにしておけ」

 声の方を見ると、三つ隣の席に座っていた中年のドワーフがこちらを向いていた。僕が顔をしかめながら火酒を飲んでいるのを見かねたらしい。

「……ええ、もう火酒は止めておきます」

「それがいい。まぁ、そいつは火酒とは呼ばれちゃいるが、ただの火酒もどきだ。味は二流も二流……。もし本物の火酒が手に入ったなら、その時は飲んでみたらいい」

「火酒、もどき……?」

 って何だろう? この火酒は偽物という事なのだろうか。

「あぁそれはな、本物の火酒を再現しようとして作られた物なんだぜ。本物の火酒はどこかにあるドワーフの国でしか作れないらしい。このあたりじゃ中々お目にかかれない酒だぜ」

 そう言ってドワーフは手に持つカップをググッと飲み干し言葉を続けた。

「本物の火酒は……別物だ。滑らかな舌触り。雑味のない味。カッと熱くなる喉。……こんな火酒もどきとは別物だ」

 まるで愛しい恋人の事を見つめるようにドワーフはどこか遠くを見ていた。

「おいカッツォ、それ以上は営業妨害だぞ」

「うるせぇ、事実だろうが」

「事実でも言う必要ねぇだろ」


 ドワーフと酒場のマスターの口喧嘩を聞きながら考えをまとめた。

 火酒と呼ばれる酒がこの世界に存在している。しかしそれはドワーフの国? でしか作れないのだという。

 この『ベルゲンの火酒』は『本物の火酒』を再現しようとして作られた酒らしい。しかしアルコール度数がそこまで高くないように感じた。そしてそれを補うようにハーブやらスパイスか何かで刺激をプラスしているように感じる。

 もしかすると蒸留技術がドワーフの国にしかなく秘匿されている、とかなのだろうか?

 何にせよ、いつかその『本物の火酒』とやらを味わってみたい。そしてドワーフの国にも行ってみたいものだ。

 そう思いながら、いつまでも出てこない夕食と、それを作るはずのマスターの口喧嘩を眺めつつ、シオンの喉を撫でた。

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