第23話 イケメンを子履に会わせました
さてさて、ついに
向かい合っているソファーの片方にあたしと姚不憺、もう片方に子履が座っています。相変わらず人形のように
なーんて考えていたら、子履がにこっと微笑みました。
「
「はい?」
え、来客の前で開口一番にあたしの名前を呼びつけるって失礼にあたりませんか?とあたしは首を傾げましたが、子履は何事もなかったかのように笑って言います。
「なぜ摯がそこにいるのですか?」
「えっ?」
「答えてください」
なんでしょう、なぜか妙な圧を感じます。これはあれです、
「えっと‥あたしは
「それにしては距離が近すぎませんか?」
「えっ?」
気がつくと、姚不憺はあたしのすぐ近くまで迫っていました。最初は握りこぶし2つくらいの距離をあけていたはずなのに、いつの間にかあとちょっとでぺったりくっつくという距離になっていました。えっ、姚不憺どうしてあたしに近づくんですか?
「それで‥その。摯」
何やら急にうつむいて、子履が言葉を濁します。
「‥‥分かってますよね?」
任仲虺のいる場ではもう少しくいくい来るところでしたが、姚不憺とは面識がないのでそれすら遠慮しているのでしょうか。などと思っている場合ではありません。
これ以上あたしがここにいると、子履がまたなんか爆弾発言するような予感がしました。あたしと子履が婚約していることを姚不憺が知ってしまうと、絶対話はややこしくなります。あたしが2人をくっつける工作もできるかどうか分かりません。あたしは素直に席を立って、子履の隣に移動します。座るなり、子履があたしの手の甲をぎゅっと握ります。
「‥‥私以外の人にくっつかないでくださいね?」
そう小声で言われます。
その子履のあたしを見上げるようなうるっとした瞳が、窓から差し込んでくる昼の景色を逆光にして、より美しく映えているように見えました。その詩的な光景に、あたしは思わずどきっとしてしまいます。
‥‥いけません。姚不憺に変な関係を悟られないようにしなくては。あたしは何事もなかったように「はい」とうなずいて、座り直します。
この距離なら子履は抱きついてくることもありますが、さすがに初対面の姚不憺の目の前では遠慮しているらしく、あたしからいくらか距離を置いて座っています。それを見て、あたしはひとまずほっとしました。
「茶をお持ちいたしました」
「‥子供に使用人をさせているのですね」
姚不憺が不思議なものを見たかのように半ば興奮気味で反応して、その茶を飲みます。
「はい。あの子と
「歳も近いですね。使用人のことを下の名前で呼ぶの、初めて聞きましたよ。仲がいいのでしょうね」
そうやって、はははと笑います。仲がいいも何も一方的ですし無理やり婚約者にされたわけなんですが、と言いたいのをくっとこらえます。
「はい。年頃の子が身近にいなくて、いつもこの子たちと遊んでしまうのです」
子履もにっこり笑って返事します。そのまま話し始めます。
横から見たところ、2人は問題なく仲良くなれているようでした。この調子で子履が姚不憺に恋してくれたら万々歳なんですが、そもそも女の子を好きになる女の子って、男の子にはどのような感情を持っているのでしょうか。基本的に女しか好きにならないレズ、女も男も好きになるバイがいるらしいのですが、どちらもあたしの感覚とは離れた世界です。そのような性的嗜好は、先天的なものでしょうか。それとも後天的なものでしょうか。どうもあたしには想像つきません。
あたしは女の子と友達として付き合うのは平気ですが、その先がどうも想像できません。試しに典型的で平均的な女性を頭の中に思い浮かべます。その人と友達以上の関係、例えばキスやセックスなどお互いの粘膜を触れ合う行為をするところを想像してみますが‥‥特にしたいとは思わないし、薄気味悪いとさえ思えてくるのです。
「摯」
いきなり子履があたしを振り向いて話しかけてくるので、あたしはびくっと上半身を反らしました。倒れかけました、危ないです。
「大丈夫ですか?びっくりさせましたか?」
子履が口を小さく抑えて聞いてきます。いつもより小さい口は、唇の存在がことさら強調されます。それが日光を反射して作るつやを見て、あたしは体が固まったように動かせなくなります。
「だ、大丈夫ですから離れてください」
「‥私は特に近づいてませんが‥」
子履は少々残念そうに腰を動かして、あたしからわずかに距離を取ります。
そこまでしなくていいのに‥と言いかけようとしましたが、あたしの中の理性が止めてきます。‥あれ?どうして理性なんだろう?
「大丈夫ですか?」
子履がまた聞いてきます。
「‥大丈夫です。えっと‥その‥ぼーっとしていました」
それを聞いて、子履よりも姚不憺が先に笑いました。
「子履さんはその使用人のことがよっぽとお気に入りなのですね、主人の隣で気を緩めるのを許可するなんて、相当ですよ」
「そういう関係なのですよ、ふふ」
子履はごまかすように笑います。あたしが姿勢を正すと、子履はまた声をかけてきました。
「摯は魔法をどのように勉強されたのか詳しく聞きたいです。魔法を使える庶民は多くいますが、器用に使いこなせるのはとても珍しいのです」
「そこまで器用なのでしょうか‥あたしはものを組み立てるような感覚で魔法を使っています」
このやり取りがきっかけで、あたしは2人の会話に深く入っていきます。
気がつくと、もう日が落ちかけていました。ドアのノックがします。及隶でした。
「恐れ入ります。
「あら‥もうこんな時間ですね。摯、行ってください。今夜の料理も楽しみにしていますよ」
「あ‥はい」
あたしは、この前
「センパイ、今日は走らないっすね」
慌てていないのを及隶にも指摘されます。あたしは小走りでそこまで行って、子履に頭を深く下げてから部屋を出ます。
◆ ◆ ◆
廊下を歩いている最中に思い出しました。あたしが部屋を出たら、子履と姚不憺は2人きりじゃないですか。どのような会話が繰り広げられるのか、ちょっと楽しみになってきました。と、見計らっていたかのように廊下の後ろから追いかけてきた使用人に指示されます。
「本日は
「わかりました」
泊まるんですね、姚不憺が子履と触れ合う機会も増えるでしょう。それにしても使用人もあたしには丁寧に話すようになりました。以前までは大きな声や早口で言われることもあったのですが、やっぱり子履と婚約したという話が屋敷に広まっているのでそれでしょう。相手を恐縮させないよう、あたしもできるだけ丁寧に返事します。よく考えれば、士大夫と婚約した人が普通に使用人をやっているというのも変な話かもしれません。
あたしはいつも通り料理を作って、及隶や他の使用人と一緒に子履の部屋へ運びに行きます。子履と姚不憺は部屋で2人きりでした。しめしめと思って料理を置いて、ぺこりと礼をして立ち去ろうとしますが‥。
「伊摯ともっとお話したいですが、ここに置いて構いませんか?」
なぜか姚不憺に止められます。てっきり子履といい関係になっていると思っていたあたしは耳を疑いましたが、姚不憺がにっこりと手招きをしていたので従うことにしました。
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