百合夏商革命~召使いですがほんの冗談のせいでお姫様と結婚することになりました。えっあたし女だけど?

KMY

第1章 伊摯、子履の料理人になる

第1話 冗談を言ったら結婚することになりました

★現在、物語全体を大幅に改訂している途中です。当面の間、改定前の部分と後の部分で話の整合性が取れない状態になりますことご了承ください。

改訂は第1話から順に行い、数ヶ月続く見込みです。現在どこまで改訂が進んでいるかは、「貴族」→「士大夫」/「夏王さま」→「夏帝/夏后氏」などの用語で判別できます。

https://kakuyomu.jp/users/kmycode/news/16818093074579306522



あたしは姓を、名をといいます。虚歳きょさい(※日本の数え年と同じ)で7歳です。茶髪ショートの女の子で、よく活発だと言われます。

あたしは今、給仕として有莘ゆうしんという士大夫したいふ(※大体貴族のこと)の一族に仕えて、料理人をしています(※『有』は助辞であり、特に意味を持たない)。


あたしには、日本で女子高生をやっていたという前世の記憶があります。でもこの世界は、前世とは違うようなのです。


第一に、魔法というものがあるようなのです。あらゆる物質や魔法は「火」「水」「木」「金」「土」の5つの属性を持っているらしいのです。あたしはとりわけ土の魔法が得意みたいで、地面に小さく穴を開けたり、小さい人形のようなゴーレムを作ったりしました。

この世界で魔法を使えるのは士大夫に限られているようですが、なぜかあたしは庶民しょみんなのに使えるようで、こっそり隠れながら使っています。


第二に、この世界は前世でいう欧米と中国の文化が混ざっているようなのです。人々の着ている服は中国の時代劇に出てくるようなデザインに似ていますが、とてもシンプルです。日本の着物に少し似ていて、ゆったりした服です。建物は日本の大正時代のような、ちょっと古いヨーロッパのようなデザインと言ったほうが近いかもしれません。壁はレンガですし、みんなテーブルや椅子に座っていますし、馬車もイギリスにありそうなおしゃれなデザインです。


第三に、あたしのいるここの周りには(※黄河こうがの古い呼び方)、こう(※長江ちょうこうの古い呼び方)を中心として大量の國があり、それらの支配地域をまとめて九州きゅうしゅうと呼んでいるようです。そして、大量の國を取りまとめるリーダー的存在の國があって、それは「」と呼ばれているようなのです。最初はなつ?季節かな?と思っていましたが、どうやらこれが國の名前らしいのです。日本人にとってもなじみのある「夏」という字をそのまま國の名前にしちゃうのは、お茶目な人たちですね。現にこの世界にも四季があるので紛らわしいと思います。


有莘氏はしんという國を治めています。これももちろん、夏という國の家来という立場です。

ここでいう國は前世の「国」とは意味が違うようで、まずむらという支配単位があって、周辺よりも大きい邑を大邑たいゆうまた國と呼んでいるようです。なのでこの世界では、國は地名と同じような使われ方をされることがあります。そして、夏に近い國ほど偉いという考え方もあるようで、これを五服ごふくといい莘は上から2番目の侯服こうふくにあたります。


あたしは平民ですが、この有莘氏のもとでけっこう幸せな生活をさせていただけてると思います。今、大きな厨房で料理を作っています。


「人参が足りません!」

「そこの籠にあります!」


料理人はいくつかのグループに分かれ、あたしはその中でも子どもたちの集まるグループのリーダーをしています。全体を取りまとめる料理長という役割もありますが、料理ができあがるまではいらっしゃいません。


「リーダー、皮むきってこうすればいいですか?」

「はい、その小さいナイフを使って慎重にお願いします。怪我のないように」

「はい!」

「すみませんリーダー!」

「今行きます!」


あたしはあっちこっちに引っ張られててんやわんやです。

なんとか料理ができました。料理長のチェックを受けてから、次々と士大夫の人たちのところへ配膳しに行きます。あたしは周りの人達よりも料理がうまいらしく、それなりに信頼はされているようです。毎日毎日これの繰り返しです。

あたしは高校生以降の記憶がないので日本で会社員を経験したかは分かりませんが、日本の学校の文化祭が毎日あるような気持ちです。とにかく忙しいのです。でもこの世界には自動車やバスといった便利なものもあまりなく、よく歩いて運動するのですから、前世よりは体力がついていると思います。


ある日配膳を手伝っていると、ふと廊下で使用人たちの会話が耳に入ってきました。


「今日はお客様がいらっしゃるそうですよ」

「粗相のないようにしませんと」


あたしの仕えている有莘氏はそれなりに身分のある豪族です。夏の王族や他の豪族とのつながりもあるのだとか。なのでよくお客様がいらっしゃるのです。わりとよくあることです。


配膳を終わらせて、暇ができました。食事中に呼び出しを受けることもありますから屋敷の敷地からは出られませんが、あたしは勝手口から庭に出ました。外にはきれいな草原が広がっていて、草が風にゆられていました。木もあります。太陽に照らされて、きれいな青色に輝いている草原です。

あたしはいつも通り、木陰に入って草原の上に寝転がっていました。あたしの顔を照らす木漏れ日が、いつになくきれいです。あたしはよくこうやって、疲れを癒やすのです。


「‥‥!!」


ふと、木の後ろにある茂みが動いているのに気づきました。風のせいかと思いましたが、違うようです。虫ならこんなに大きい音は立てませんし、人間でしょうか。

あたしはその茂みにそっと顔を突っ込みました。


「うわっ」


茂みの中に人間がいました。背中まで伸びた、やわらかくしなやかで真っ黒な髪は、太陽の光を反射して美しいつやを作っています。それが風に揺られていて、人間の妖しさと奥ゆかしさを際立たせていました。立派な服を着ていますがあまり見ない顔なので、お客様の子供が迷子になったのでしょうか。

それにしても、美しい女の子です。あたしは茂みを掴む手を止めて、その子を眺めていました。


「きれい‥」

「‥っ」


身分の差を忘れるほどに美しい見た目でした。後で思うと、一目惚れだったのかもしれません。

あたしが思わず声に出すと、少女はびくっと頭を手で塞ぎ、体を丸めました。


「‥私を母上に突き出すのですか?」


何かトラブルがあって母親から逃げたようです。迷子ですから親を探さなければいけないのですが、あたしは目の前にいるその少女を見て、なにか別の感情を持ってしまったかもしれません。その少女に手を差し伸べました。


「あたしとここでお話しますか?」

「‥‥‥‥はい」


少女は力なくうなずきました。


あたしと少女には身分の差があります。本当はあたしが低いところに座らなければいけないのですが‥目の前の少女がどこかさみしげな表情をしていたので、ついその隣に座ったうえに、背中をさすってしまいました。


「大丈夫ですか?」


少女は嫌がる様子もなく、しばらくあたしに背中を撫でられて目をつむっていました。


「‥‥私はあのお方と結婚したくありません」

「婚約者をお探しだったのですね」

「‥‥はい」


少女はうつむきながら、ぼそりと小さい声で感情を紡いていました。

この世界では、士大夫は早いうちに婚約者を探さなければいけないことになっています。この少女もその1人でしょうか。まだ幼く世界のこともよく知らないのに結婚のことを考えさせられるって、この世界の士大夫たちは不憫に思えてきます。


「誰でもいいので‥他に結婚できる人がいればいいのですが‥」


少女は、ちらちらとあたしを見ています。

その目があまりにつぶらでかわいすぎたからかもしれませんが‥‥あたしは少しだけ陽気になってしまいました。


「いっそ、あたしと結婚します?」


身分の差や距離感を完全に失念した、女子高生同士のお互いを和ませる冗談のような発言でした。あたしは言った後でしまったと冷や汗をかきました。


「ああっ、大変失礼しました、今のは冗談のつもりでした」


慌てるあたしを、少女はじっと見つめています。口元がかすがにゆるんでいます。笑っているのでしょうか、呆れているのでしょうか。

少女は、あたしの手をそっと触りました。


「本日ここに来るにあたって、占卜せんぼくを行いました。その結果、本日最初に求婚された相手と結婚することになりました」

「‥‥えっ?」


咎めてくると思ってましたが‥え、何、この空気は何でしょうか。その返事、何ですか?え、あたし求婚したつもりはないんですが。


「あなたのお名前を教えて下さい」

「えっと‥姓は伊、名は摯と申します」

「ふふ、伊摯いしというのですね。素敵なお名前ですね」


少女がかすかに笑っていたので、あたしは再度訂正を入れます。


「おっお言葉ですが、あなたは士大夫であたしは庶民でございます、しかも女の子同士ですから‥」

「関係ございません。この世界では、同性愛は普通にあります」

「いえ、ですが‥」


確かに同性愛は普通にありますが、結婚へ至る例はないですよね。

その時、茂みの外側から何人もの召使いたちがうろうろしている足音が聞こえました。おそらくこの少女のことを探しているのでしょう。

静かにしていればやり過ごせるでしょう。あたしがそう思ったのもつかの間、少女は立ち上がりました。


「えっ、今ここで動いては見つかってしまいます‥」

「いいえ、大丈夫でございます。あのお方以外の人と結婚することになり、満足です」

「いや、違います、あれはただの冗談でして‥‥!」


少女はそっと、焦るあたしを振り返ります。顔には笑顔をたたえていました。


「私は姓を、名をといいます。商丘しょうきゅうの地にあるしょうの國のはく(※長女)でございます。お見知りおきを」

「あっ、待ってください‥」


子履しりと名乗った少女は丁寧にお辞儀をすると、あたしの制止も聞かず、上品な足取りで茂みを出ていってしまいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る