このたび、作品『召使いですがほんの冗談のせいでお姫様と結婚することになりました。えっあたし女だけど?』はテキストエディタ移行を機会に、以下の大幅改訂を行います。
変更内容が多岐にわたるため作業には数カ月を要します。そのため当面は変更済の箇所と未変更の箇所が混在することになりますがご容赦ください。
◯作品名を変更します
当作品はライトノベルのようなタイトルをつけていますが、実際に書いてみたところ時代考証が思った以上に入ってしまい、ちょっと硬めの話になってしまいました。タイトルの冒頭に「百合夏商革命」を追加し、そのほか細かい表現も今後変更するかもしれません。
◯国の領主の呼称を「王」から「伯」に変更します
三代においては、夏・商殷・周の支配者を「王」、諸侯を「伯」と呼んでいました。春秋時代の諸侯は「公」でしたが、戦国時代に勝手に「王」を名乗り始めたため、そのあとに成立した秦王朝では新たに「皇帝」という名称を作りました。呼称で上下関係を作るのに相当気を使っていたものと思われます。
当作品では、『戦国時代と同様に伯が勝手に王を名乗る、ただし夏王相手には伯と名乗る』設定にしていましたが、夏王朝と諸侯の区別が難しくややこしくなるため改めることにしました。それに伴い、これを説明する本作中の表現も削除・修正します。
◯夏王の呼称を「夏帝」に変更します
商殷の王の名を見ていると、帝辛(紂王)を含む最後の数名が「帝」になっているのが分かります。経緯について調べたところ、『夏は帝を名乗っていたが、商は称号を王に変えた/商殷の末代は王よりも力があることを示すため帝を名乗った』という記述が見つかりました。実際、禹を「禹帝」と呼ぶ資料も存在しました(帝王世紀)。
夏の王のことを「后」と呼ぶとする資料もありましたが、現時点で「夏后氏」以上の表記は見つからず(竹書紀年に『后桀』などの表記がある)、単に夏帝でいいと思います。
◯「貴族」「平民」の呼称をそれぞれ「士大夫」「庶民」に変更します
連載当初から思っていましたが、貴族・平民という呼称はヨーロッパ的なもので(中国にも貴族という言葉はあったようですが、それなら平民ではなく庶民と呼びたい)、古代中国をモチーフとした世界とはいえそこでこの名前を使うのは不自然ではないかと気にしていました。古代中国の言葉にあわせて「士大夫」「庶民」に変更します。
◯「中華」を「九州」に変更します
中華という言葉は、もともとは自分以外の民族の治める国(夷狄、遊牧など)を見下した表現です(当作品の第170話でもすでにこの思想が入っています。現代では意味が変わっているようですが)。問題はこの言葉がいつできたかです。
調べてみたところ、現代の中国領土全体をさす言葉として「中華」ができたのはかなり最近でした。それまでは、中國、夏(=ここでは国名ではなく『さかえる』の意味)、華夏、九州などという言葉があったようです。夏の字を含む書き方は当作品では混合されてしまうため九州が妥当と思います。
九州という言葉に差別的な思想が含まれるように見えないのは気になりますが、『史記』では九州を定めたのは禹とありますから、夏王朝の時代を舞台にした話であれば、九州という言葉が適切かと思います。
◯「国」を「國」に変更します
國は国の旧字であると現代では認識されているようですが、國という字を細かく分解すると、武器を持った人たちが集落の周りに堀なり仕切りなりを作って守る、という意味になります(戈(ほこ)=武器、口=集落)。それが時代を経て囯(※国とは異なり、点が入っていない)という字に変わりました。囯はかこいの中に王がいるという意味で、國と比べると王様を守るという部分が強く出ています。
当作品がモチーフとする夏の時代はそもそも万里の長城もなく異民族から侵入され放題で秦や漢ほど支配体制も強固でなかったことから、王様よりもまず各集落を守らないとやるせないということで、國という字がより実態をイメージさせるものと考えています。
◯「肆」の一部を「店」に変更します
中国では店は旅館とか泊まる場所をさしているらしいという文献を見かけたため肆という字を使いましたが、いろいろ調べた結果、まだ漠然とした状態ではありますが、少なくともレストランに関しては店(飯店)のほうがいいんじゃないかと思ってます。
書店などについては従来通り肆の表記を使います。
◯邑・國・王朝の定義を整理します
これまでこの3つの言葉の定義は曖昧なままで、夏王朝と諸侯を混合するような表現も多くありましたが、そもそも当時、特に三代は邑のネットワークによって諸侯や國が成立しており、その支配体制、そして國の定義そのものは、みなさんがよく知っておられる戦国時代・秦・漢・三国時代以降のものと大きく異なるようです。今回の改訂では、最新の調査結果を反映しようと思っています。
◯國(※ここでは集落の一種)のまわりを立派な土の壁が取り囲む設定を追加します
当時、邑や國を取り囲むものはもっと簡素であると考えていましたが、調べたところ新石器時代(竜山時代)にはすでに立派な土の壁が取り囲んでいたようです。
ちなみに当作品にも商丘、老丘、帝丘などなど「丘」のつく地名が多数出現しますし、「亳」という言葉ももともとは高いところにある都市という意味を持ちますが、当時は水害対策で高いところに住む集落が多かったようです。
◯キャラクターイメージや世界観が損なわれる複数の行為を見直します
特に、かなり気にしているのが第194~195話で家臣が主君を殴る描写でして、これは儒教社会では不自然なことではないかと思います(史実でも張良が劉邦の足を踏む話は見たことがありますが)。もう少し当時の世界観に合わせた行為にできないかと思っています。他にも同様の描写が見つかれば直します。
その他にも、姬媺が伊摯に謝罪した理由が突飛すぎると思っていますので見直したいと思います。
◯分かりにくい表現を修正します
自分の文章は同じことを何度も繰り返して読みづらくしているんじゃないかと気にしていますので、そういったところは見つけ次第直したいです。それ以外にも見つけたところから順に修正します。
◯重複する注釈を除去します
複数の話にわたって同じ単語に同じような注釈をつけている部分が多くありますが、前回の注釈から期間が空いていない場合など、頻繁な注釈を見つければ除去します。
◯誤った説明、設定の矛盾などを修正します
特に序盤では中国史の調査不足もあり誤った説明が多くあります。これを分かる範囲で修正してみます。
また、設定の矛盾とか、キャラクターの性格が変わってしまうなどもあるかもしれませんので、そこも気付き次第修正します。特に伊摯の料理人・料理長としての立ち位置も毎回変わっているような気がしますので、なるべく揃えたいです。
及隶の髪の色は水色という設定がありましたが、こういう作者が忘れているような設定も最新話の状況に合わせて変えたいです。
◯用語の統一を図ります
当作品では序盤に「侍女」「キッチン」という表記がありますが、「使用人」「厨房」に改めます。他にも最新話と異なる単語があればその都度揃えます。
序盤では伊摯の一人称が「私」になってたり、いくつか今と違う点も複数ありました。
◯一部キャラクターの行動や場面など細かいところを修正します
例えば第2話では子履の母にくわえて父もいるかのような表現がありましたが、これを母しかいなかったかのように修正します。これ以外にも、話の流れを見ておや?と思ったところは積極的に直すスタイルでいきます。
◯姫姓を姬姓に変更します
姬媺のことは当初、姫媺と表記しており、連載途中で変更したものの変更前の部分が多すぎるため放置していた経緯があります。こちらも見つけ次第直します。
◯商丘から亳への遷都はなかったことにします
複数の資料で、実は亳の場所が違います。
「
https://www.iobtg.com/C.Zhengzhou.htm」にある資料では、亳=商丘ということになっていますが、Wikipediaの中ですら亳は「河南省洛陽市偃師区の西」「河南省鄭州市」の2種類の記述があります。
中国語版Wikipediaによると亳という地名は実は3箇所にあって、「南亳」「北亳」「西亳」らしいです。うち南亳が商丘付近、西亳が洛陽付近で、商王朝の首都としてはおそらく西亳のほうでしょう。上記資料を単に組み合わせてしまうと、西亳と南亳を同じ「亳」と呼んで混合しているように見えるかと思います。
そもそも亳は、私の完全な想像でしかありませんが、「小高い土地にある都市」をさす言葉で、地名ではなく一般名詞だったのではないかと思います。一般名詞がいつの間にか地名、固有名詞として使われるようになった感じ。なので、商王朝の成立によって商丘が亳と呼ばれるようになったという可能性も捨てられないと思っておりまして、商丘から亳への引っ越しは史実では存在しない可能性のほうが高いと思っています。
当作品において引越しに関する記述は可能な限り削除し、引っ越してしまった後の都市名も商丘に戻しますが、やはり物語がこの引っ越しの影響を強く受けていますので、何らかの形で残さざるを得ないとは思っております。
◯昼食をなくします
古代中国ではすでに三食(朝食・昼食・夕食)になっていますが、これは戦国時代以降で、それまでは昼食がなかったようです。そもそも昼食が追加されたのは生産力の向上が背景にあるようで、特に当作品では冷害で食べ物が少ないという設定ですから、ますます昼食があるのが不自然に見えます。これくらい気にしなくてもいいとは思いましたが、全面改訂を機会に無しにしようと思ってます。
なおこの時代にはまだ米がなかったという資料はありましたが、改めて調べたところ発掘調査で異説が見つかっており、現状で無理に設定を変えることもないだろうと思ったため見送ります。(
https://www.jaicaf.or.jp/fileadmin/user_upload/publications/FY2019/okome_190412.pdf)ちなみに『史記』でも、禹の時代に稲が存在していたかのような記述が夏本紀にあり、『史記』に歴史書としての信憑性はそこまで高くないものの一つの目印にしていいと思います。
余談ですが当時の中国の米はまずかったようで、特に冷やしてしまうとおいしくないです。これも古代中国に弁当が存在しなかった理由の1つだと思います。
◯今回の修正で変更しない部分
・姬媺の国の名前が『曹』であること
当作品で『曹』という国を創作するには、2つの問題点がありました。(後から分かったことです)
1.春秋時代において、史実の曹は宋と仲が悪く、戦争したこともあります。ここで宋は商丘に都し、子履・子受=紂王の末裔である子姓が治めていた国です(中世に存在した宋王朝とは無関係)。そのような国同士が仲良くしている描写を今後入れる予定ですが、史実を考えると不自然です。
2.実際の夏末商初において、曹とほぼ同じところに『顧』という名前の国があったようです。これは『史記』殷本紀にはないものの他の文献にあったようで、夏に味方したため商湯=子履が滅ぼした国の1つです。曹を出したことで顧が出せなくなり、史実と辻褄が合わない状態になりました。
とはいえ曹の国は夏の国境と近く、夏と商の緩衝地帯として戦略的に非常に重要な場所にあり、そこを商に近い人が治めるという状況も物語として面白いかと思います。事前調査不足によって矛盾が2つも発生するのは気になっていますが、これからの話の大筋も大体決めてしまったのもあって、これはこのままでいこうと思います。
・諱呼び
当作品では、家族でもない他人の諱を呼ぶ描写が非常に多いです。中国の話を書くうえでは、実は非常に不自然なことです。ただこれは連載当初から決めていたことで、当時の人物の字(あざな)が伊摯・妺喜以外全員不明(その伊摯ですら字であるかは確定しておらず身分の名前とする説もある)という状況で史実の人物の字を創作するのが当時の人物のイメージを損ねるのではないかという懸念もあり、方針として『姓と一緒であれば諱を呼んでもよい』というルールを内部で作っています。
・九州=夏文明の影響範囲が実際より広い
実は発掘調査などで、夏・商殷文明の支配地域はたいへん狭く黄河周辺にしかなかったことが分かっています。もちろん会稽周辺など支配しようがないのですが、『史記』では禹は会稽山で死んだとされており、あくまで夏王朝は会稽も含めて支配していたことにしたかったようです。会稽は夏王朝の支配が及ばないと言い出したら、そもそも九州という言葉も使えなくなりますね。ここでは『史記』世代の考え方に沿って、九州のほとんどを夏や商殷の支配が及ぶものと設定しようと思っています。