第57話 推移と大犠
さて、
無理に
ですがこの人選は失敗でした。
推移が少しでも人気のない道へ行こうものなら、推移よりも前に子履の姿が消えます。あたしと2人きりでいるのがまだ恥ずかしい様子なんですよね。
あたしと子履2人で作戦の打ち合わせも満足にできず、あたしの部屋に
「もう
「
うん、そういう悲しそうな顔をするのはやめてもらえますか。あたし断れなくなってしまいます。仕方ないのであたしは周囲の推移の知人友人に聞き込みをして、子履には張り込み調査をしてもらうことにしました。ですがそれも結論から言うと、よかったのか悪かったのかよく分かりませんでした。
どういうことかといいますと、分担を始めて1日目の夜に、子履が顔を真っ赤にしてあたしの部屋に来たのです。
「どうしましたか、履様」
「‥‥‥‥そ、そ、その‥‥口づけ、って、いいなぁ、なーんて‥‥」
それだけ言ってそそくさと部屋を出ていってしまいます。一体何なんでしょう。
訳がよく分かりませんでしたが、その数日後、
早速役割を交代しようと思って、その日の夜に子履の部屋に行きました。子履はすっかりできあがってしまったらしく、そばに
「あの‥」
「そ、その、は、初めてなので舌はやめてください‥‥」
「いえ、そういう話ではなくて‥」
「違うのですか‥‥あ‥っ、き、今日は小指1本だけにしてもらえますか‥‥?」
うん、話が噛み合いません。ていうか子履、何を想像しているんですか。いくらなんでも発情早すぎます。あたしはため息をつきます。やっぱりキスは子履には刺激が強すぎです。
「そうではなくてですね‥役割を交代できませんか?あたしが推移様を見張ります」
「あっ、あ、う‥そ、そうですね‥‥そうしたほうがよろしいですね‥‥」
子履も内心では悟っていたらしく、すんなりOKしてくれました。
それにしても、推移と大犠は付き合っていたのですね。衝撃の事実です。聞き込み中にも「2人は婚約している」という話があったのですが、もうあそこまで関係が進んでいたとは。
それなら方法はあります。推移ではなく大犠のほうを説得するのです、実際、大犠は妺喜のことを何とも思っていなかったようですし、チャンスはあります。
◆ ◆ ◆
というわけで、大犠を学園の裏に呼び出してみました。
「やあ、
「
「
「あの、それで本題ですが」
てなわけで、これまでの経緯を話してみました。
「なるほど‥俺から推移に話してみるよ」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
うん、すんなりいきました。あとは推移がすんなりうなずいてくるのを待つだけです。
◆ ◆ ◆
あたしは子履と一緒に、寮に戻る小路を歩いています。春らしく、日に照らされて輝く小花の上をちょうちょが舞っているのが見えます。雰囲気があっていいです。小路の周囲の草原では何人かの学生が話したり、
うん、春らしいです。前世の日本では春になると変な人が出るとも噂されていましたが、この世界ではそういう概念はないみたいですね。
「すっかり春でございますね、履様」
「はい、そうでございますね」
うん。‥‥うん?
あれ?
今、一瞬だけ違和感がしましたが、少し考えて分かりました。あたし、事務以外の話題を自分から子履に話しかけてしまったみたいです。貴族になりたくなくて子履を避けるようにしていたのに、自分からすすんで話しかけてしまっては‥‥。
あたしはおそるおそる子履を見ます。子履は何も気にしていないように、平然とした顔で周囲の様子を見ていました。それがよく分からないけど、何とも腹ただしいものでした。
「‥それで?」
子履がふと、小声でぼそっとつぶやきます。その頬は、心做しか紅潮しているように見えました。ちらちらとあたしの様子を伺っているようです。
「それで、とは‥‥?」
あたしがそう聞き返すと、子履はうつむいて、口を固く結んでしまいます。それでも何か言いたいことがあるように、時折あたしをちらりと見ていました。
返答を急かさないほうがいいのでしょうか、と思ってあたしは静かにその横を歩きます。草原を過ぎて、木の茂る地帯に入りました。森といえば森ですが、そんなに広くはなくすぐ通り過ぎてしまうくらいの面積です。
ふと、その先の寮の食堂の廚房の裏に人がいるのが見えました。少し先を歩いていた子履が、ぴくと立ち止まります。よく見ると、推移と大犠でした。大犠が推移の頬に触って、そして自分の顔を近づけて。推移も目を閉じて、唇を突き出して。
気がつくと、あたしは小路から外れて、木の根っこの近くに仰向けに倒れていました。そして、すぐ目の先には、あたしを押し倒した子履が顔を真っ赤にさせて、おぼつかない呼吸で、あたしを見下ろしていました。
「履様‥?」
子履の心拍が響きます。その熱い吐息が、あたしの頬にかかります。
あたしは頭が真っ白になってましたが、何度もぱちくりまばたきをして、状況の整理に努めます。えっと、あの②人のキスを見た子履が「見てはいけません」と言って反射的にあたしを押し倒して、それで‥‥。
目の前の子履も、何かを迷っている様子でした。すっかり混乱してしまったのか、あたしの頭の両横に置かれた手が震えて土を弾く音が耳に入ってきましたが、それも少しずつ弱くなっていきます。
やがて子履は起き上がって、あたしの股間の上に柔らかい尻を押してから立ち上がります。
「はぁ、はぁ‥‥け、怪我はございませんか‥?」
「‥ございません、大丈夫です‥」
あたしは立ち上がると、腕で口をこすります。それからちらっと子履を見ます。子履はあたしと視線を合わせたくないようで、斜めを向いていました。
なぜだか分からないけど、あたしの心が何かを失ったかのように、一気にぽっかり大きな穴を開けた気分です。このまま目の前の子履が遠ざかっていくような、それを捕まえたくなるような。
‥‥いいえ、あたしは男と結婚するんです‥‥。女の子同士の恋愛を否定はしないけど、あたしにそんな気はないです。ないですよね?と自分に言い聞かせます。
「‥戻りましょう」
「はい‥」
子履は素直にうなずきますが、あたしに背中を見せません。あたしに対して横を向きますが、そこから先は体を回しません。それが何とも残念で、悔しくて、後悔したかのような錯覚にとらわれました。
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