第313話 商の進む道
「あっ‥」
あたしは起き上がります。気付いたらあたしは、
あのあと、あたしたちどうなったんでしょうか‥‥なんだか邑に帝国?とかの軍が攻めてきたところまでしか覚えていません。でも、あの夢?でしょうか、あれは全体的に雰囲気‥‥というか、文化が全く違うような気がしました。
「起きたっすか」
部屋に入ってきたのは
「ねえ隶、あたしたちは一体‥」
「詠唱が長引いて夜になったので任仲虺さまに言われて先に戻ってたっす。そのあと任仲虺さまによると、徹夜で延々と詠唱し続けたあと、明け方にいきなりぶっ倒れたらしいっす」
「そうだったんだ‥」
じゃあ、あれは夢だったのですね。‥‥夢にしてはできてる気がします。
「どうしたっすか?」
「あ‥うーん、あたし、ちょっと疲れてるのかも」
「徹夜してたっすよね。今はまだ朝っすから、もうちょっと寝たほうがいいっすよ」
「‥そういうわけにもいかないよ。生活リズムはすぐ直さないと」
思えばあたしは葛で10人の少女に向けて料理を作りましたが、あれ以来してないです。急に料理がしたくなります。
「徹夜したから今日は休むね」
そう付け加えて、ベッドから下りました。
◆ ◆ ◆
あくびをしながら食事室に来た子履は、あたしの姿を見るとすぐ口を手で隠します。かわいいから隠さなくてもいいのに。
「新しい葛伯から人手が足りないと言われて困ってるので、少しだけ手伝ってくるっす」と言って部屋から消えた及隶の作った軽食を口に入れながらも、子履の目はどこかぼーっと遠くを見ているようでした。
「どうしましたか、履様」
「摯は今朝の夢‥見ましたか?」
「何の夢ですか?」
「帝国と名乗る兵が、邑を攻めてくる夢でした」
「あれ、履様、起きてらしてたのですか?」
「摯の膝枕が‥その‥嬉しくて、黙っていました」
黙ってたんかい。こんなときにもあたしにべたべたくっつけるかを心配するなんて、子履らしいです。
「あたしも見ました。あれは何なんでしょう。魔法の属性も、風とかありましたし‥」
「服も変でしたね。まるで前世のヨーロッパみたいで‥」
「ヨーロッパといえば、建物とか食器とかは今でもヨーロッパ風なんですよね」
子履としばらく夢の話をして盛り上がります。その場はそれで終わりましたが‥‥でも、やっぱりあたしの頭の何処かでもやもやが残っています。後で及隶に冗談がてら聞いてみましょうか、などと考えているうちに帰りの馬車の用意が終わりました。
◆ ◆ ◆
昼の外は、冬だというのに暖かいです。いつも長袖で、漢服の中を温めながらもぷるぷる震えながら歩いていたのに、今日はそこまで極度に寒いという感じもしないです。肌寒い‥‥まあ、寒いですね。
「もうそろそろ春でしょうか」
「そうですね、暖かいです。まだ年は越してないはずですけど」
などと子履と笑い合っていると、そばにいた任仲虺が訂正します。
「いいえ、冷害が始まるまでの冬はいつもこんな感じだったそうです」
「‥あっ。そういえば昨日の魔法は効いてるんでしょうか?」
「効いているはずです。これまでの冬に、このような気候の日は一度もなかったはずですから」
そういえば確かに‥‥冬がこんなに暖かかったって記憶にないです‥‥いえ、冷害ばかりで感覚が麻痺しているだけでこれでも十分寒いですよね。
「暖かくなったから農家たちも喜んで種まきを始めそうですね」
「いいえ、気候は日によって変わりますし、冷害が何年も続いていることを考えると1日や2日暖かくなっただけでは農家は動きません。朝貢に間に合わせるためには、履さんの魔法を説明したうえで命令を出すべきでしょう」
「ぜひ、そうしましょう。商の食料も残りわずかですし、急ぎましょう。摯、今日も仕事をお願いできますか?」
「‥‥はい」
やれやれ、今日は休むつもりだったのにな。
でも、これだけ暖かくなれば、もしかしたらほうれん草くらいなら年内に間に合うかもしれません。希望が見えてきました。
◆ ◆ ◆
そのあと改めて調査して分かったことですが、魔法の効果は徐々に劣化していくので、1年おきに魔法をかけ直さなければいけないそうです。魔法の有効範囲は、葛の宮殿近くの邑を中心に、葛のほぼ全域と周辺の國の一部。もっとも周辺の國にかかるところはどこも森ばかりなので、農耕に使うのは難しいようですね。
あたしと子履が次にやったことは、商の國でも同じ魔法をかけることです。今度の呪文詠唱も徹夜でしたが、葛で見たような幻覚はありませんでした。
「國全体に魔法をかけるなんて最初に聞いたときはどうなることかと思いましたが、本当に実現させるとは‥‥」
子履の書斎で、あたしや子履と一緒に立っている徐範も、そううなっていました。簡尤も上機嫌です。
「農民たちはみな、真冬だというのに仕事に追われていますな。まったく、嬉しい悲鳴ですよ」
「しばらくはギリギリかもしれませんが、来年の秋になる頃には食料を気にしなくてもよさそうですな」
「でも問題が1つ」
と、簡尤は指を立てました。
「移民がどんどん農地を作ろうとして種が足りなくなっているので、食料の一部を種に回さなければいけません」
「民には当面、ほうれん草などの育ちの早いもので我慢してもらわなければいけませんね」
「
なんかこう‥‥簡尤や徐範とこの話をしている子履が、どことなく生き生きしているように見えます。食糧問題はずっと悩みのタネでしたからね。
こほんと、任仲虺が咳払いします。
「それもありますけど‥‥それよりも遥かに重要な問題があるでしょう」
「と、いいますと?」
「商はこのたび、作物を収穫できるようになりました。するとやはり、諸侯が黙っていないでしょう」
「‥‥そうでしたね」
商は食料の備蓄がもともと多く、周辺の國は何度もそれを無心しに来ていましたが、
でも今は状況が違います。
「これでようやく諸侯に食料を分けられる‥‥ということになりますよね?」
子履の目は輝いていました。子履は諸侯が使者をよこしてくるたび、いつも目を伏せがちに表情を暗くしていました。前世日本の価値観のある子履は、どうしても諸侯に食料を配りたくてたまらなかったのでしょう。
と思っていましたが、任仲虺は即座に首を振ります。
「その前に決めなければいけないことがあります」
「‥えっ?」
「履さん‥いえ、陛下。そろそろ立場を明確にしてください。夏に服従するか、それとも反旗を揚げるか。諸侯との交渉はそのあとです」
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