第7話 子履を避ける作戦3:もう一度占う

翌朝、あたしは料理人の分際で使用人に紛れ、子履しりの料理を運んでいました。

料理を運ぶには順番があり、まずこの屋敷で一番身分の高い子主癸ししゅきの料理を持つ使用人が先頭に、その夫の分の使用人が2番目に並びます。子履の料理を持つあたしは3番目で、その後ろに子履の2人の妹、1人の弟、姒臾じきの分の使用人が続きます。他にも家族や親戚はいますがそれらは別の屋敷にいるのだそうで、いつもはお客様が来られない限り大体この7人です。といってもお客様は頻繁に来られるんですけどね。


さてあたしはまだ7歳で背も低く、そんなに大きいものは持ち運びできないです。ましてこぼしたり落としたりしてはいけない料理です。なのであたしと一緒に、及隶きゅうたいにもついてきてくれています。1人分の食事を2つのお盆に分けて運んでいます。

あたしの持っているお盆にはあたしの作った料理を載せてます。


部屋に入りました。4人がテーブルの椅子に座って待ち構えています。もちろんあたしと及隶は身長が低いのでテーブルの上まで手が届きません。テーブルのそばに木の階段を作ってもらいましたから、それに上って子履の前に料理を置きます。続いて及隶からもう1つのお盆を受け取って、それもあたしが置きます。子履はにっこり笑顔で、あたしのことを見ています。

こころなしか、子履の向こう隣に座っている姒臾があたしを鋭い目つきで睨んでいるように見えます。憎しみでしょうか、唇を噛んでいます。かつてお仕えしていたしん伯の息子でもありますから、あまり恨みは買いたくないです。あたしは適当に頭を下げて、階段を下りました。


◆ ◆ ◆


さて、今日もまた子履を避ける作戦を考えなければいけません。この状態を放置すると、さらに子履との距離が縮まって結婚が現実味を帯びてしまいます。


「まだやる気っすか?」


食事や皿洗いが終わって休憩になった後の厨房で及隶が呆れたように言ってきますが、あたしはまだやる気です。


「こんなことで人生を終えるわけにはいかないからね、うん。前回は失敗してかえって好感度上がっちゃったけど、次こそ嫌われるよ!」

「‥‥頑張ってっす」

たいも手伝ってよ!」

「‥‥分かったっす」


及隶はやる気がなさそうです。


「それで、次の作戦は何っすか?」

「占い師に頼んで、悪い結果を出してもらうんだよ!」


この世界では占卜せんぼくすなわち占いが重要視されているようです。結婚相手すら占いで決めようとするくらいですから、かなりの影響力を持っているはずです。つまり占い師さえ何とかできれば、子履や子主癸は結婚を諦めるはずです。

と思ってこの屋敷専属の占い師に会いに行きます。この世界では易者と呼ばれてるみたいです。庶民使用人用の宿舎の一部屋で暮らしているので、そこまで及隶と一緒に行きました。


「断る!」


あたしがドアをノックして部屋に入った瞬間、壁に向かって正座していた易者はいきなり振り向いて怒鳴りました。白髪を生やしている高齢の男性のようでした。


「えっ‥?まだ何も言っていませんが?」

「お前たちが来るのと用件は占卜せんぼくで分かっている。子履さまに関する占卜の結果を都合よく操作しろというものだろう。わしには易者としてのプライドがある。むろん、断る!」


うわ、あらかじめ分かってるとか予言者か何かかな?

あたしは士大夫に対してやるときのように、土下座しました。


「そこを何とかお願いします。あたしの人生がかかっているんです!」

「断る。占卜を何だと思っているんだ?思い通りに人を操る道具ではないのだぞ?」

「そこを何とか、何とか‥‥!」

「くどい、断ると言ったら断る。早く出ていけ!」


追い出されました。あたしはとぼとぼと廊下を歩いて厨房に戻ります。

料理人たちはすでに夕食の下拵えを始めていました。


「どうするっすか、センパイ‥‥?」


及隶が心配そうに、椅子に座って落ち込むあたしの顔を覗き込みます。

あたしはしばらくうーんうーんと唸っていましたが、ひとつ思いつきました。


「そうだ!」


何も占い師に頼めばいいわけではないのです。前世にも占いはありました。あたしが占えばいいのです。うん、そうしよう。

そのタイミングで、子履が遊びに来ました。


伊摯いし

「お嬢様、おはようございます」

「すみません、本日の様は嫉妬深いようで、相手をしていたら遅れました」


おそらく今日の朝食であたしが直々に来た件で揉めていたのでしょう。おとといの夜、昨日の朝といい、あたしは姒臾に嫌われてしまったような気がします。でも子履はそのことを気に留めている様子はありません。

そうだ、占いです。占いをでっち上げて、別れてしまいましょう。


「お嬢様、ちょっと占いをしてみますか?」

「はい、してみましょう。易者えきしゃにお会いするのですか?」

「いいえ、実はあたしも占いを嗜んでるんです」

「まあ、それは楽しみです!」


子履は一気に表情を明るくします。乗ってきましたね。ここまできたらしめたものです。


「相性占いをしてみましょう。お嬢様、早速ですが血液型を教えて下さい!」


あたしは力強くそう言いましたが、子履はなぜか首を斜めにしています。


「‥どうしましたか、お嬢様?」

「私の血液型は分かりません‥‥どの病院で教えてくれるのでしょうか?」


ん?思ってた反応と違う。

と思っていたら隣りにいる及隶も、あたしの袖を引っ張ってきます。


「センパイ、血液型って何っすか?」


あ。

あああ。

ああああああ。

この世界に血液型ってないんですね、確か。あまり科学が発達している様子はないので、血液型もまだ発見されていないのかもしれません。


「べ、別の占いをしましょう!えっと、星座占い、手相占い‥‥ああっ!」


そういえばそうでした。占いはスマホアプリに任せっきりでしたので、それがないといきなり星座や手相を見せられても答えられないのです。考えてませんでした。どうしましょう。うーん、どうしましょう。

あたしが手を組んで考え込んでいると、子履が優しく控えめな声で提案してきます。


「それでは、花占いなどいかがでしょうか?季節外れですが、庭では蒲公英ほこうえいの花が咲いていたはずでございます」

「蒲公英、とは‥?」


一緒に外に出て、子履がその花を取ってきました。タンポポのことでした。確かに花びらが多いのでどの結果になるか分からず占いになるのはいいのですが‥‥一番の問題は、占いの結果を操作できないことです!


「それでは、私たちが結婚したら幸せになれるか占いましょう」

「あっ」


あたしが悩んでいるうちに、子履が勝手に花びらをちきり始めました。


「幸せになる、ならない、なる、ならない、なる、ならない‥‥」


あたしはそのそばで、懸命に手を組んで祈っていました。最後「ならない」になれ、と何度も念じていました。

子履が花びらを1枚1枚読み上げていくのが、永遠にも感じられます。

やがて。


「なる、ならない、なる‥ならない‥なる!」


最後の1枚が取れました。


「私たち、幸せになれます。よかったです。途中から私不安で、不安で‥‥」


結果に感動してしまった子履が、純粋な喜びの顔をあたしに向けてきます。視線が眩しいです。


「は、はい、よ、よか、よかったですね‥‥」

「絶対、結婚しましょう」


子履があたしの手を力強く握ってきます。


「花占いって初めて聞きました、こうやって占うっすね!隶もやってみるっす!」


そう言って飛び出して1人で花占いを楽しむ及隶とは反対に、あたしは子履に手を温められながら呆然と固まっていました。

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