第8話 子履と魔法の練習をしました
今日、あたしは
「
あたしが土で、
「そんな、上手いなんてものじゃ‥まだ7歳ですし」
「いいえ、7歳でこれだけきれいな塊を作れるのは、士大夫の中でも珍しいです」
「そういうものですか‥」
「もしかして、粘土や木を手で組み立てたりいじったりするのが得意だったりしますか?」
確かにあたし、前世で粘土や積み木などで立体作品を作るのが得意で、図工や美術の授業でよく先生から褒められてはいたのですが、現世の魔法にも影響するのでしょうか。
「遠い昔にやった覚えはあります」
「でしたら、その時の感覚が魔法を使う時に反映されているかもしれませんね。魔法に必要なのは対象の具体的なイメージです。それが、
「そうなんですか‥」
「はい。普通の人は『椅子』と言われて、漠然とした形のものを思い浮かべます。ですが具体的なイメージが出来る人は、その椅子がどのような材質や構造を持っていて、どのような形状をしているのか、細部に至るまで考えています。椅子という『もの』ではなく『設計』を思い浮かべるのです。この点で、伊摯は
なるほど‥確かにあたしも前世で料理を作るときは、何を作りたいかだけでなくそれをどうやって作るかまでも考えていましたね。それがこの世界の魔法にも生かされているのかもしれません。
「それでは私は、このテーブルを
「金の魔法で扱えるのは金属だけじゃないんですね」
「はい。さすがに金属そのものにすることはできませんが、鉄の硬さくらいにはできます。この時代に鉄はオーパーツですけどね」
子履はそう言って、あたしが作ったテーブルに手をかざします。
ん?あれ?子履、今何て言った?なんか変なことを言っていたような気がする‥‥とあたしが考えている間に子履の魔法が終わってしまったようです。
「はい、このテーブルを壊してみてください」
「わかりました、うん、ふっ!」
あたしはそのテーブルを叩いたり蹴ったりしますが、びくともしません。
「すごいですね、壊れません」
「そうですか?試しに土の魔法を使って中から壊してみてください」
子履がこう言います。まだやる気です。あたしはテーブルに手をかざして、呪文を唱えてみます。
テーブルがぷくぷくっと膨らみ、弾けてしまいます。粉々になった土のかけらが周囲に散らばります。
あれほど硬いテーブルがこんな簡単に壊れるなんて。あたしは少しの間あっけにとられていましたが、子履が拍手します。
「すごいです、伊摯」
「あ、ありがとうございます‥」
「私も精進が必要ですね」
「いえ、そこまでは‥」
それから子履はもう一度手を叩きます。
「私、この前、
うん、学校に一緒に行くなんてことがあったら、ただでさえ近い距離がさらに縮むのは目に見えてます。
「あたしには料理人の仕事もありますので」
あたしは目をそらしますが、子履がじーっと、きらきらした純粋な目であたしを見てきます。あたしは7歳、子履は9歳、子履のほうが年上のはずなのに子履のほうが身長は低く、その目はあたしの母性をくすぐるもので、どうにも堪えきれません。
「‥‥‥‥わっ分かりました、料理は及隶に任せます‥‥」
「腕のある料理人は他にもいらっしゃいます。斟鄩へ行くまでの間、その者に料理を教えて下さいませんか?」
「はい、分かりました‥‥」
とほほ。しばらく忙しくなりそうですね。
「それから、後日学校で私の同級生になる予定のお方が遊びにいらっしゃいますので、伊摯もお付き合いいただけますか?」
うん、学校に行くのは決定事項になってしまったから今更抗うことはなさそうですね。
あれ?もしかしたらこれはチャンスかもしれません。
その男を見つけて、子履のことを好きになるよう仕向けてみたらあるいは‥‥!
あたし、決めました。
「はい、ぜひお願いいたします!」
「ふふ、ありがとうございます」
子履は素直にうなずいてくれました。
子履と別れて厨房に戻ります。
うん。あたしを同級生と引き合わせたが子履の最後です。子履は同級生のイケメンにくいくい迫られて恋をします。あたしは晴れて婚約解消して平民として平穏な料理人生活を送れます。なんという素晴らしい作戦ではないでしょうか。うん、完璧です。
「センパイ、顔が怖いっす‥‥」
及隶が怯えながらなんか言ってました。
◆ ◆ ◆
子履は屋敷にある自分の部屋へ入っていました。子供1人用の部屋なので
子履は自分の机に座って、引き出しの鍵を開けます。その奥に眠っている分厚いノートを取り出して、ばらばらめくります。
この世界では、文字は漢字だけが使われています。しかし、そのノートには漢字の他にも平仮名、カタカナ、アラビア数字がふんだんに使われていました。
「ふふ‥」
子履は鉛筆を取り出して、そのノードに日記を書き始めます。
いくらか書いた後でそのノートを閉じて、くすっと笑ってから静かにつぶやきます。
「料理の腕。あの言葉使い。そして、あの名前。間違いありません。伊摯は私の前世の‥‥」
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