第132話 火の魔法の使い手を揃えました

姬媺きびとの打ち合わせも終わらせてあたしと姒臾じきは部屋を出ます。ふと、近くに推移すいいがいたので話しかけてみます。


推移すいい様、出店でみせはお決まりですか?」

「はい。お菓子を作りますよ。腕のある料理人をどこから集めるかが鍵になりそうです」

「‥‥あれ?お菓子は自分で作らないのですか?」

「えっ?」


推移が立ち止まります。あたしたちも立ち止まります。


「‥‥料理は下人のやることでございますから、私たちはそれを売るだけでいいのでは?」

「えっ?」

「まさかと思いますけど、あなたたちは自分で作るおつもりですか?」


あ‥‥そういえばそうでした。文化祭の出し物として決まったのでてっきり自分で作ると思っていましたが‥‥この世界の考え方だとそうなってしまうんですね。


「‥まあ、それも否定しません。この学園は案外ゆるいところがありますから。でもあなたがそのつもりなら、同じグループの人と意識合わせをしたほうがいいのでは?」

「は、はい‥‥」


推移はそう言って歩いていってしまいました。‥‥ま、まあ大丈夫ですよね?姬媺にはもうきちんと説明したので、料理の手伝いということはすでに伝わっているはずです。

あたしたちも歩き始めますが‥‥あたしの足元の動揺を姒臾は見逃さなかったらしく、声をかけてきます。


「‥‥おい」

「どうしましたか、姒臾様」

そう王のところに戻るぞ」

「えっ?‥‥‥‥そうですね」


ということで急いで姬媺のところに戻ります。ドアをノックしかけたところで、中から姜莭きょうせつの声が聞こえます。ああーやっぱりと思って、あたしはノックします。


「曹王さま、失礼いたします」

「ああ‥‥」


姜莭と趙旻に取り囲まれて椅子に座っていた姬媺が、あたしから気まずそうに目をそらします。姜莭はあたしのところに歩いてきて、「申し訳ございません。私1人でもいいですか?」と尋ねてきます。うん、えっと姜莭はいいんですか。


「‥わかりました。よろしくお願いします」


2人ともだめだろうと思っていたところに1人だけでもよこしてくれたのですから、感謝する以外に返事がありません。


◆ ◆ ◆


姜莭は目つきの悪い子で、黙っている時は常にむすっとした顔です。趙旻と比べるとやや感情が言動に出やすいタイプで、姜莭を苦手とする人もいます。

終古しゅうこからも二つ返事で快諾をもらい、終古と姜莭に説明するために姒臾の部屋に誘います。姜莭と2人で廊下を歩いている時、あたしは前から気になっていたことを尋ねました。


「曹王さまがあたしと喧嘩した時に、姜莭様はあの壺をお持ちになったと思いますが‥‥」

「ああ、あったわね。鼓楽壺こらくこのことね」

「今の姜莭様の性格から考えると、あれを取り出さずむしろ曹王さまをいさめるべきだったと思うのですが、あれは何だったのでしょうか」


あたしと姬媺が出会いたてのころ、姬媺が斟鄩しんしん学園に平民を入れるべきではないと主張して敵対してきたことがありました。そのときに、あんの魔力のこもった不気味な壺を使って周囲の学生たちを操ってあたしに対抗しようとしてきたものです。


「‥‥あの時の私とびんは幼かったわ。ただ、陛下の言うことを聞きなさいとだけ親から厳命されていたから、その通りにしただけ」

「‥‥そりゃそうですよね、理解できます。親と王様の命令は絶対ですからね」

「でもあの事件が務光むこう先生にばれたあと、2人で呼び出されて説教されたわ。賢臣は諫言かんげん(※王のおこないをいさめること、またはその言葉)すべき、王の言葉をただ聞くだけが臣のつとめではないと」


‥‥前に子履しりも言っていましたね。優れた家臣が王の評判を上げるとか、そんなことを言っていたように思います。これのことではないでしょうか。


「そのこと、親には説明しましたか?」

「後出しになったけど、手紙を何度も出して、夏休みにも説明してようやく許してもらったわ」

「大変でしたね‥」

「旻はわりとすぐ許してもらったようだけど」


どう考えてもそうしたほうがいいのに、頑固な親を持つと子も大変です。

少し歩いてから、あたしはまた思い出します。


「そういえば、あの壺は禍々しい魔力が入っていたと思うのですが、何のために学園まで持ってきたのですか?」

「陛下が盗賊に襲われたときにでも使いなさいと言われて持たされたわ」

「なるほど‥」

「でもよくない使い方をしてしまったわ。あれは壊れて当然よ」


姜莭がそう言ったところで、姒臾の部屋に着きました。


◆ ◆ ◆


伊摯いし様はすごいですね。魔法を料理に使うなんて初めて聞きましたよ」


姒臾の部屋でひととおり説明し終わった後、終古が興味深そうにテーブルから身を乗り出しました。ああ、そりゃそうですよね、この世界では貴族が料理するという概念そのものがないので、平民主導の料理を手伝うなどもってのほかです。もしかして今まで火の魔法を料理に使った人は皆無なのでは?

と思ったのですが姒臾が首を振ります。


「3人だけだと無理だ。量が作れない」

「あ‥」


確かにあのやり方ですと、いくら大きなフライパンを用意しても3人前が限界です。20分で3人前作って10分の休憩を挟むとして、1時間で9人分です。調理できるのはあたしだけですが、仮に他に料理人を用意したとしても魔法を使える人もその分だけ用意しなければいけません。わずかな人しか食べられない料理であれば、何のための出店なのかもわからなくなります。


「何かの勝負をして勝った人にだけ出すのはどうだろう」


姜莭も首をひねります。言い出しっぺの姒臾もまじめに案を出してきます。4人で案を出し合いますが、どうにもまとまりません。


◆ ◆ ◆


さてどうしたものでしょうか。火の魔法を使う人をもっと確保できればいいんですけどね。及隶きゅうたいを頭にかぶりながらあたしは自分の部屋に戻ります。

「苦しいっす」とつぶやく及隶を抱きながらベッドを転がっていると、子履がドアを開けて入ってきました。


「どうしましたか、様」


あたしは及隶を自分の頭の上に戻して、ベッドから立ち上がって尋ねます。


「さきほど、姒臾の部屋に行きましたか?」

「はい、行きました」

「何か要求されましたか?私の話などしてないでしょうか?」


ああ‥‥あたしにとって姒臾は料理人です。確かに嫌なイメージはありますが、料理長として平等に扱わなければいけないと思ってますし、実際姒臾はまじめに仕事する人なので上司としてはむしろ評価しています。

確かにあたしも、一度殺されかけておいて無頓着すぎると思いますが、姒臾が仮に反省しているとしたら様子を見ておきたい派ではあります。でも子履にとってはそうではなく、もっと重大な問題なのでしょう。


「いいえ、姒臾も含めた人たちで集まって相談していたところです」

「他に誰がいましたか?」

「姜莭と終古です」

「珍しい組み合わせですね‥‥‥‥火の魔法を使う人ばかりではないですか。フードコートの打ち合わせですか?」


うわ、すぐばれました。確かにこの3人はお互い仲いいわけではありませんし、そりゃ共通点があればすぐそっちに結びつくでしょう。


「‥‥はい」

「ああ、この世界には石炭がありませんから、料理に強火が必要なのですね‥なら、この前に法芘ほうひの屋敷で出会った人の中につてがありますので、火の魔法の使い手を増やしたいのならそこから揃えましょうか?」

「はい、ぜひ!」


願ってもないことです。まさにあたし、今それで悩んでたところです。特に学生だけでやらなければいけないというルールはないですし、推移の話を聞く限り他のグループは普通に外部の人を呼んで料理するのでしょう。やっぱり持つべきは子履ですよ。うん。


「ついでに私もその出店のメンバーに入れてもらっていいですか?」


あ、やっぱり前言撤回です。

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