第131話 文化祭の準備が始まりました

前世の学校では体育祭、文化祭がありましたが、この世界にも文化祭があるようです。というかこの日は斟鄩しんしんの民にとって数少ない休日の1つになっていて、文化祭は学園が主催でやるものではなく、斟鄩全体のお祭りの一部として組み込まれる形です。


が即位したのがその日周辺だと考えられているそうですよ」


建酉けんゆうの月(※グレゴリオ暦9月相当)ももうすぐ終わりそうな頃に、廊下で子履しりがそう言いました。今、あたしたちは文化祭の最初の打ち合わせをするために、学園の学生全員が集まる大きな会議室へ移動している途中です。と、そばをすっかり真っ白になっている任仲虺じんちゅうきがふらふら歩いていました。


仲虺ちゅうき様、大丈夫ですか?」

「だ‥‥大丈夫です、このくらい‥‥」


全然大丈夫じゃなさそうだったので、あたしはその肩を持ちます。任仲虺は「ありがとうございます‥」と、かよわい声で返事しました。なんだかついさっきまでの授業で莱朱らいしゅの本の読書感想文の発表会があったのですが、その時からずっとこの調子なのです。もしかして任仲虺は莱朱の本にアレルギーでもあるのでしょうか。


「‥‥‥‥よ、ようやく全部終わりました。文化祭に集中できますね‥‥」


任仲虺はそう言いながらも、まだあたしの体に体重を預けています。


◆ ◆ ◆


「この莱朱先生の本の記述に従って、西母さいぼの演劇をするのはいかがですか」


文化祭の出し物を決める会議で、真っ先に出たのがこれです。任仲虺は気を失ったように、隣の席の子履も傾きそうなくらいにもたれかかっています。

大きな黒板を前に、階段状の段差に長机が並んでいる、大学の講堂のようなこの大きい部屋ですが、あたしたち1年生は前側にまとめて座っています。2年生の人が何人か前に立って、会議の進行を担当しています。ちなみにこの中で一番身分が高いのは1年生でも2年生でも教師でもなく姬媺きびなので、特別に黒板の脇に立派な机がしつらえられて、姜莭きょうせつ趙旻ちょうびんに挟まれるようにそこに座っています。「公開処刑よ」という姬媺のぼやきが聞こえてきたような気がしますが周りは気づいてなかったので多分気のせいでしょう。


すぐに他の2年生たちも次々と意見を出します。


「莱朱先生の本に載っている九州きゅうしゅう各地の童話の中には興味深い話も多いです。ぜひその演劇をすべきではないでしょうか?」

「莱朱先生は女性の同性愛に関する考察も発表しています。その考察に沿った討論会をおこなうのはどうでしょうか?」


3連続で莱朱です。うん、莱朱どれだけ人気なんだよ。と思うと、あたしの横に座っていた子履の頭がぽんと肩に乗ります。見てみると、子履のまた隣りにいる任仲虺が、体をぎりぎりまで横に倒していました。


せつのお姉さんが死にそうっす」


あたしの膝にこちんまりと乗るようになった及隶きゅうたいまでもが心配しています。及隶、最近は姬媺とあたしの膝の上を交互に移動しています。姬媺も最初は及隶、特にほっぺたに異常なほど興味を示していましたが最近はそれもなくなって、子供好きのやさしいお姉さんという感じになってました。


「‥‥かわいそうですので、莱朱先生の絡まないアイデアを何か出しましょう」


子履がそう言うのであたしもうなずきます。それにしても莱朱って一体何なんでしょうか。任仲虺の親戚だったりするのでしょうか。ここまで過剰に反応されると、逆に気になるものです。


いろいろな意見が出て、黒板に書き込まれます。そして、挙手での投票が始まります。司会となる2年生が、項目を次々と読み上げます。

莱朱先生の演劇、莱朱先生の演劇、莱朱先生の演劇、莱朱先生の演劇、莱朱先生の演劇、次々と手が上がります。いやどれだけ莱朱先生人気なんだよ。


「メイド喫茶」


あたしは反射でつい手を挙げてしまいますが、子履も任仲虺も挙げてないので引っ込め‥‥ましたが、「はい1人ですね」と司会が言って黒板に書いてしまいました。え、あたし1人だけなんですか。文化祭の定番なのに。


、メイド服はこの世界にはありませんよ」


子履が小声で耳打ちしてきます。あ、ああ‥‥ああ、そうでしたね、みんなわからないから手を挙げないですよね、そういえばこの項目を提案したのはあたしでした。

と思っていると、司会が次の項目を読み上げます。


「水着喫茶」


男子を中心に手があがります。うわ男子気持ち悪い。スケベ心丸見えだよ。と思って子履を見ると、あたしから少し距離を取っているように見えました。いえそれはそれであたし傷つくんですが。


「迷路大会」

「殺し合い」

「パンツくんかくんか大会」

「クイズ大会」

「変質者コンテスト」

「ダンス」


いやいや変なのが1つ混じってるぞ。こうやって1つずつ1つずつ項目が消えていく中で、最後の1つの項目が読まれます。


「フードコート」


周りの人達も大勢が手を挙げています。子履も任仲虺も手を挙げます。なるほど、これが一番無難ですね。いろいろな出店が食べ物を提供するタイプの出し物です。さあ決まった決まったという雰囲気になっていましたが、司会が黒板の脇にいる姬媺に声をかけます。


そう伯さま、一度も手をお挙げになっていないようにお見受けしましたが」

「わたしは手を挙げたくありません。みんながやりたいものをやってください」


そう言ってひねくれたように腕を組みます。ああ、こんな力関係ですと姬媺の一存で決まってしまう場合もあるので、それを嫌がってしまったのでしょうか。司会が最初に姬媺にも平等に1票と説明したはずだったと思うんですが、それでも姬媺はこんなに目立つ席に座らされた時点で気にしていたのでしょうか。

司会が困ったようにそこへ歩み寄りますが、今度は姜莭が立ち上がって「フードコードに3票お願いします」と言いました。姬媺が「ちょっと、それ本心?」と抗議しますが、隣りにいた趙旻が「私もせつも陛下のことはお慕いしておりますから」とたじなめます。


結局その会議ではフードコートに決まりましたが、具体的なグループ分けや話は次の会議に持ち越しにすることになりました。


◆ ◆ ◆


姬媺の部屋で、及隶は姬媺の膝の上で猫のように寝ています。いや順応早すぎだろ。

あたし、そして姒臾じきもいます。珍しい組み合わせです。姜莭と趙旻はちょうどだったらしく不在です。


「なるほど、の魔法ね。姒臾の料理のことはわたしも秘密にしておくわ」


夏休み中に姒臾がしょうの料理人としてあたしの料理に協力してくれたことを伝えました。強い火でないと作れない料理があることを伝えて、それをフードコートの目玉にするのはどうかというあたしからの提案です。

グループ分けはくじで作るわけでもなく、学生たちがお互いの同意のもとに固まることになっていましたので、今のうちから囲い込みが始まっているのです。そんな中であたしが姒臾のほかに姬媺を選んだのはなぜかというと。


「姒臾様1人だけでは火の魔法を長時間維持するのは難しいので、曹王さまのお力もいただければと」

「なるほど、わたしと姜莭も火の魔法が使えるからね」


そうです。この曹の国の学生の中に、火の魔法が使える人が2人もいます。使わない手はないので早めに確保しなければいけません。


「他に火の魔法を使える方はご存知でしょうか?」

「2組の終古しゅうこがそうだったじゃないかしら」


あれ、終古も属性は火だったのですね。ここでも終古の名前が出ました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る