第130話 光の魔法の本を探しました

さて、それはさておき、魔法の使えなくなった子履しりのために学園の図書室で本を探さなければいけません。学校の図書室といえば、前世の高校では教室3~4個分のスペースくらいの規模だったと思いますが、この学園は西洋風だけあって、図書室自体が広いだけでなく2階もあります。もうこれ図書室ではなく図書館でしょうと言いたくなるくらいでしたが、学園の建物の中にあるんですよね。

本棚もばかでかいものが壁を覆い、そして読書用のテーブルを隔てて向こう側にもいくつも並んでいます。市民向けの図書館と言われても信じるレベルです。


「どうしたのですか、仲虺ちゅうき


子履が、やたらあくびする任仲虺じんちゅうきに声をかけます。ここ数日、任仲虺は夜にあまり眠れていないらしく、目の下にくまができています。「いえ、ちょっと‥」と笑ってごまかします。


「不眠なら方剤ほうざいもございますよ。四逆散しぎゃくさんの変法にある抑肝散よくかんさんが有名です。これはさん(※粉のような薬)で甘草かんそう(※生薬の1つ)も多く飲みやすいです。虚証なら煎じ薬の酸棗仁湯さんそうにんとう加味帰脾湯かみきひとう(※とうは煎じ薬をしめす)、また実証で気鬱なら半夏厚朴湯はんげこうぼくとう陰虚いんきょでなければ柴胡加竜骨牡蛎湯さいこかりゅうこつぼれいとうが有名ですね。それも効かないのなら、妺喜のあんの魔法で強制的に眠らせることもできるはずです」

「‥‥‥‥薬で努力します」


うわ、子履は漢方薬の名前にも詳しいんですね‥‥確かそういう薬は前世にもありましたよね。中国の古い時代の薬が今も残っているのはすごいと思います。と思ったら、子履の後ろにいる推移すいいも同じことを思ったらしく、聞いてきます。


「薬にお詳しいようですが、知り合いに医者でも?」

「あ‥そのようなものです」


わざとらしくごまかしてます。うわ、あぶなっかしいです。

推移はあたしたちとはあまり仲良くないと思っていたのですが、たまたま調べ物があったらしく廊下でばたりと出会って一緒に図書室に入ることになりました。


◆ ◆ ◆


あちこちの本棚から、それっぽい本を集めます。

こうの魔力は黄帝こうていも扱っていたらしく、『黄帝風聞録』『五帝春秋(※この世界では歴史を春秋と呼ぶ)』『創夏紀』など、三皇五帝の時代や夏のはじめの時代を中心とした歴史書、あとは『魔法入門』『魔法と五帝』のような魔法の専門書や魔法と歴史を結びつける学問の書籍を集めてきます。この世界では魔法学、魔法歴史学、魔法風土学などと呼ばれているらしいです。

あたし、子履、任仲虺、妺喜の4人で広大な図書室を探し回るのですから、なかなか大変です。こうなることは分かっていたので姚不憺ようふたんを誘ったほうがいいとあたしは言ったんですよね‥‥。


1階の大きなテーブルの一角に集合して、本を並べます。本を集めた後は、中身を読んで情報を整理する作業が待っています。午前から来てよかったです。昼食には2人ずつ交代で行くことになっています。

あたしたちはとにかく本の中を探しまくります。ページをばらばらめくってそれらしい記述を探しますが、光の魔法は前例が少ないらしく、なかなか見つかりません。


任仲虺、妺喜が昼食に行ってしまって、向こうに推移の姿が見えるとはいえほぼ2人きりになった図書室で、向かいの席の子履を見ると、紙に本の中身を転写しています。紙がけっこう埋まっています。あたしの紙にはほとんど何も書かれていませんから、子履の本には記述が多いということでしょう。

あたしも記述を探して、いくらか転写したところで任仲虺と妺喜が戻ってきたので、子履とそろって昼食に行くことになりました。


「光の魔法は記述量が少なく、大変です」


寮の食堂でピザとサラダを食べながら、子履がため息をつきます。


「光の魔法が使える人は数えるしかいませんからね」

「ああ、それなんですが、気になる記述を見つけました。『光の魔法は時に他の属性に擬態することがあり、みずからの真の属性に気づかないまま生涯を終える人も多いと思われる』と」

「他の属性に擬態‥‥そんなことがあるんですね。どうりで情報が少ないわけです」


基本、5つある属性において、他の属性魔法と重複するようなものはないはずです。しかし光が他の属性と重複するなんて、一体どういうことなんでしょうか。


「履様の読んだ本で、光の魔法でできることについて書かれてなかったですか?」

「それは分かりません」

「ますますわからないじゃないですか。他の属性に擬態するんだったら、五行の中のどれを試してもダメじゃん、他の属性との見分け方が分からないと区別できないですよ。もしかしたら最初から金の属性が使えなくなっただけかも‥」

「そうですね‥‥」


その資料をこれから探さなければいけません。あたしたちにできるのでしょうか。


務光むこう先生に聞いてみましょう」

「そうですね」


昼食を食べ終わるとすぐに職員室に走っていきます。


◆ ◆ ◆


「私もよく分からないですね」


職員室で、務光先生は読んでいた本をばたんと閉じると、首を振ります。ちらっと表紙を覗いてみると水色だったので例の本とは別物のようでした。


「光の魔法は過去に判明している使い手が2人しかなく、五帝の中でも帝ぎょうに疑惑はあるものの、確証に至っていないのが現状です。判明している使い手の少なさ、そして五帝時代にはまだ魔法学が発達しておらず研究者が少なかったこと、光の魔法が発見されたのがの時代に入ってからでそれ以前の時代については史料から推測するしかなかったこともあいまって、調査を難しくしています」


子履は「そんな‥‥」と肩を落とします。‥‥そういえば、妺喜は闇の魔法にわりと手慣れていますが、闇も使い手は確か少なかったんですよね。


「妺喜が‥喜珠きしゅが闇の魔法をわりと自由に操っているのですが、闇も使い手自体は少ないはずなのに記録が残っているのでしょうか?」

「私の想像ですが、闇の魔法でしたら、民衆に直接危害がくわえられるので具体的な被害の記録は克明に残るでしょう。しかし光の魔法は中身よりも民を救ったという事実に重きが置かれるので、記録されにくい、または抽象的な説明しかできないような魔法であると考えます。特にてい(※五帝や禹帝、またそれにあやかって帝を名乗った人々をいう)は徳をもって周りを従えるために、権威付けをしなければいけません。そのために光という属性をことさら強調しなければいけない背景もあるのでしょうね。光の魔法はひと目でそれとは区別できず、もともと他の属性と混合されやすいものである可能性も考えられます」

「な‥なら、光の魔法と他の属性を区別する方法は?」

「分かりません。私もこれくらいしか言えません」


そう言って務光先生は首を振ります。あたしと子履はお互いの顔を見合わせます。


◆ ◆ ◆


廊下を歩きながら、あたしはひとぎわ力の入った声で子履に尋ねます。


「履様は最初、自分を金属性だと思ったんですよね」

「はい」

「光の属性は、他の属性と混合されやすいと本にも書いてあったし、先生もそうおっしゃっていましたね」

「はい」

「あたし、履様の属性は光だと思います」

「その可能性は私も感じていますが‥‥私は五行の属性魔法を全て試してすべて失敗したのですから、光の魔法には何か特別な発動条件や呪文があるかもしれません‥」

「あっ‥そうか、そうですね」


自信なさげに、ただ呆然と前を眺めているだけの子履を見て、あたしはそのあとにつける言葉が見つかりませんでした。

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